酷い食事について
時間をかけて、出された料理はすべていただく。
堅いパンは奥歯でかみ砕き、どろどろのスープは呼吸を止めて飲み込む。
お皿の端に避けていた緑色の黄身を持つ卵も、なんとか食べきった。
食欲が減退するカラーだったものの、味は普通の卵だったので助かった。
エーリク様は五分ほどで料理を平らげ、私がゆっくり食べる様子を眺めていた。
神を信仰する一族は、豪勢な食事を口にするのは一年のうちに一度か二度である。それ以外は基本的に粗食だ。
詳しく言えば朝は野菜たっぷりのパン粥、昼は茹でたジャガイモにペラペラのベーコンが一枚、夜はパンとスープ、といった感じである。
シンプルな味付けかつ、粗末で質素な料理は食べ慣れていたはずなのに、オルデンブルク大公家で用意された料理は体が拒絶していた。
「料理はどうだったか?」
「どんなふうに言えばいいのか……その、なんとか食べることができました」
「口に合わなかった、ということなのか?」
「食べ慣れていなかっただけかと思うのですが」
「そうか」
なんでもエーリク様の食事を見た兄夫婦から、誰かの食べ残しのような食事だという悪口を言われたことがあったという。
「他人にこの食事を振る舞ったのは初めてだったゆえ、気になったのだ」
「そうだったのですね」
先ほどの食事を朝昼晩と食べていると話していたような。
それも気になることだが、最大の疑問をぶつけさせていただく。
「あの、緑色の黄身をした卵はなんなのですか?」
「ああ、あれはここで飼っている鶏が産んだ卵だ」
ちなみに殻が黒くなるのは、直火で調理しているのでそうなってしまうのだとか。
「珍しい品種なのですか?」
「いいや、ごくごく普通の鶏だが」
「だったらなぜ、黄身が緑色になるのでしょうか?」
「まあ、食べる物が由来しているのかもしれないな。これから餌の時間だが、見てみるか?」
「……ええ」
転移魔法で鶏舎に向かう。
「お前みたいな貴人に案内するような場所ではないのだがな」
「いえ、鶏のお世話は神学校時代にやっておりましたので、慣れております」
「そうか」
神学校時代の鶏舎よりもこぢんまりとした小屋には、三羽の鶏が飼育されていた。
ここも魔法で管理されているようで、魔法陣がいくつも描かれている。
食事のようで、鶏達が餌箱の前へと集まってきた。
「そろそろだな」
エーリク様がぽつりと呟いた次の瞬間には、餌箱に餌が満たされる。
食堂で鶏用に自動調理されたものが、時間に合わせて提供される仕組みになっているようだ。
いったい何を食べているのかと覗き込んだら、驚きのラインナップだった。
葉野菜が練り込まれたふわふわのパンに、彩り豊かなサラダ、肉団子みたいなもの――先ほど提供された食事よりも、はるかにおいしそうなメニューを与えていた。
「あ、あの、こちらの食事はいったい?」
通常、鶏の餌は穀物などを砕いて作る飼料が与えられる。
それなのに、人が食べてもよさそうな物を与えているのはいったい……?
「医者から栄養不足を指摘されたゆえ、足りない栄養を鶏に補ってもらい、産んだ卵を食べることによって、健康を維持している」
なんでそうなるのかーーーー!? と叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。
「これらの食事は鶏に害がないよう魔法で制御されており、鶏は安心して食べることができる。ただ、野菜中心となる影響なのか、黄身が緑色になってしまうのだ」
「さ、さようでございましたか」
思わずがっくりとうな垂れてしまう。
「その、足りない栄養をご自身で食べて補おう、とは思わなかったのですか?」
「思わなかった。たくさんの栄養を取るとなれば、メニューを変更しなければならないだろうが」
卵に栄養を含ませたら、メニューを変更しなくても済むという。
実に合理的な理由だった。
「ついでに聞かせていただきますが、なぜ、あの料理ばかり召し上がっているのでしょう?」
「毒の混入を警戒し、完全な自給自足をしているゆえ、メニューを固定しているだけだ」
「毒……ですか?」
「ああ」
詳しく聞いてはいけない話だろう。そう思って部屋に戻るよう促そうとしたのに、エーリク様は詳しい話をし始める。
「実を言えば、長年兄に命を狙われていた」
なんて言葉を返したらいいのか、わからずに「はあ」と気の抜けるような返事をしてしまった。
エーリク様は気にもせずに話を続ける。
「兄は自分自身を蔑ろにしていた父を殺すだけでいいと考えていたようなんだが、義姉との結婚をきっかけに考えを変えたようで」
エーリク様をも殺してしまえば、オルデンブルク大公の爵位も手に入るはずだと、暗殺計画を企てるようになったようだ。
食事に毒が仕込まれているのは日常茶飯事。
暗殺者に命を狙われるのも一度や二度ではなかったという。
「十年前、父はあっけなく死んでしまった」
その後、エーリク様は自らの命と爵位を守るために、自分一人の力で生きなければならなかったようだ。
「使用人の中にも敵は大勢いた」
「だから、追いだされたのですか?」
「そうだ」
思いがけないオルデンブルク大公家の裏事情に胸が締め付けられる。
「孤立無援な僕を助けてくれたのは、魔法の師匠でもある王太子殿下だった」
兄や義姉の魔の手から守ってくれたようだが、王太子殿下の庇護も長くは続かなかったという。
「持病が悪化して、寝たきりの生活になってしまったんだ」
「そう、だったのですね」
その後、エーリク様はたった一人で兄夫婦と戦い、領地へ追いやることに成功したという。
「先ほど兄夫婦は最低限の暮らしをしていると言ったが、実際は領地にある塔に監禁している」
騎士隊に突き出すことも考えたようだが、二人とも悪知恵が働くようで、エーリク様の知らないところで暗躍されたら困る。
そんなわけでエーリク様の管理のもと、領地の塔に閉じ込めることにしたらしい。
「兄夫婦を追いだすのに、十年もかかった」
解決に至ったのはごく最近のようだ。
その間、毒を回避する自給自足の食事を食べ続け、暗躍を警戒し、使用人を遠ざける暮らしを続けていたという。
毒の混入を回避するための食事については、変更するのも面倒なので、そのままでいたようだ。
自らを取り巻く騒動が解決したエーリク様は、次なる問題に目を向けるようになれたという。
「これまでは自分の命を守ることで精一杯だったが、これからは王太子殿下の力になりたい」
医者も匙を投げるような不治の病だったようだ。
「生死を彷徨うような日々を送っていたようだが、ある日、聖人インゴルフ・ローゼンヴィンケルが現れて、王太子殿下の苦しみを和らげることに成功したらしい」
それからというもの、王妃を初めとする王族達の信頼を得た聖人インゴルフは、王宮を頻繁に出入りするようになったという。
「魔導医が治せない病気を、胡散臭い聖人が治せるわけがないのに、皆、奴を信じ切っている」
エーリク様が聖人インゴルフの関与に気付いたときには、王太子殿下への面会は叶わなくなっていたようだ。
「あの詐欺師は夜な夜な王宮で怪しい集会を開いていて、寄付金をたんまり集めているようだ」
なんとしてでも聖人インゴルフの暗躍を阻止したい。
ただ、彼の身柄は聖教会が保護し、魔導会の代表であるエーリク様はなかなか関与できないという。
「それで、わたくしの力が必要というわけですね」
「そうだ」
聖人インゴルフについては、私も胡散臭い存在だと思っていたのだ。
ルーベン様も彼を拒絶していたので、何か不審に感じるところがあったのだろう。
何はともあれ、エーリク様は路頭に迷いかけていた私を助けてくれた。
彼の期待に応えなければ、と思ったのだった。




