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意味のない結婚生活

 メクレンブルク大公家にとついで三年経ったある日、私は夫シモンより呼びだされる。

 彼は舞台女優の愛人イゾルテ・グリームの肩を抱きつつ、顎先をツンと上げ威圧するような様子で話しかけてきた。


「ギーゼラ、お前はいつまで我がメクレンブルク大公家に寄生するつもりだ?」

「どういう意味ですの?」

「自分が大事な務めを果たしていないことを、わかっていないようだな」


 シモンが呆れたように肩を竦めると、イゾルテはくすくす笑い始める。

 私にはシモンの言う務めも、イゾルテがどうして笑っているのかも、まったく察することができなかった。


「愚か者のお前に、特別に教えてやる」


 奥歯をぐっと噛みしめ、これから行われるであろうシモンからの制裁を覚悟する。


「お前はメクレンブルク大公家に嫁いできて三年、子どもを産むことができなかった!! つまり、お前はこの家に存在する意義などない!!」


 シモンの言葉は鋭い短剣のように胸に突き刺さる。

 彼は意気揚々とした様子で続けた。


して三年、子なしは去れ!!」


 そう宣言すると、シモンは離縁状をテーブルに叩きつけてきた。

 たった三年、子どもが生まれなかっただけで離縁が成立できるのか? 

 その疑問に関して答えるならば、現状、貴族社会では認められている。

 貴族の結婚は子孫を繁栄させることであるので、三年も子が生まれないというのは結婚の意義がなくなる。そのため離縁の理由として認められているのだ。


 この三年――特にシモンと結婚してからの一年は特に長かった。

 彼との結婚は再婚だったのだ。

 初婚は三年前、シモンの兄ルーベン様と婚姻を結んだ。

 夫だったルーベン様は心優しく、聡明で、聖教会を統べるメクレンブルク大公の座に相応しい御方だった。

 けれどもそんなルーベン様は体が弱く、常に寝たきりで、初夜さえままならないような状態だったのである。

 一生懸命看病したものの、容態は一向によくならず、結婚から一年後に持病である不治の病が悪化し、亡くなってしまった。

 メクレンブルク大公家の人々はルーベン様の死は私のせいだとなじり、死神だと決めつけたのだ。

 そんな謂われのない誹謗中傷などどうでもいいくらいの喪失感に苛まれる中、義父であるメクレンブルク大公より信じがたい打診を受ける。それはルーベン様の弟君であるシモンとの結婚だった。

 なんでも私はメクレンブルク大公家の内情を知りすぎていたようで、外に出すわけにはいかないという。

 私に拒否権などあるわけがなく、ルーベン様の喪が明けた一年後にシモンと結婚することになる。

 しかし彼には恋人イゾルテがいて、初夜さえ執り行われなかった。

 子どもを宿す機会さえ与えられないまま、こうして理不尽に離縁を突きつけられたのだ。


「子を産めないと言われましても、わたくしは――」

「ええい、お前の言い訳なんぞ聞きたくない! 早く署名するのだ!」

「お義父とう様はなんと? この件についてご存じなのですか?」

「もちろんだ!」


 シモンの父君であり現当主でもあるメクレンブルク大公も、私とシモンの離縁について把握し、許可しているという。


「ならば、従うほかありません」

「みっともなく縋らずに、早く署名するように。お前の意思なんて関係ない。もう離縁はメクレンブルク大公家の意向で、神のおぼし、すでに決まったことなのだ!!」


 神まで出すとは……。シモンの意志は固く、私があれこれ言っても無駄なのだろう。

 従う他ないと思ってペンを手に取り署名をすると、シモンは奪うように離縁状を手に取る。


「イゾルテ、これでお前と結婚できるぞ!」

「ふふ、嬉しいわ。何年待ったことだか」


 シモンとの結婚はたった一年である。そこまで長くもないだろう。

 一年前より以前に結婚できなかったのは、イゾルテが貴族出身ではなかったからだ。

 私と離縁したからと言って、結婚が認められるのかと疑問だったが――。


「春に生まれる子は、メクレンブルク大公家の人間になれるのね」

「もちろんだ」


 イゾルテは愛おしそうに、自らのお腹を撫でる。

 どうやら彼女はシモンの子を妊娠しているらしい。

 シモンの目論みがだんだんわかってきた。

 私が妊娠できないのを理由に離縁を叩きつけ、別れたあとはイゾルテとの間にできた子どもを盾にして結婚しようという魂胆なのだろう。

 呆れて言葉もでなくなる。


「それから、宗旨しゅうし変えもするんだ」

「改宗までしろと言うのですか?」

「ああ、そうだ。お前の顔なんて、二度と見たくないからな!」


 信仰の証である真珠の首飾りを、シモンは引きちぎる。

 真珠が雨粒のようにぱらぱらと散らばっていった。


 物心ついた頃から、神の教えと共に生きてきた。

 何もない私から信仰すらも奪うなんて……。

 もうこれ以上付き合っていられない。むしろいい機会だったのだ。

 シモンは使用人に「おい!」と偉そうに声をかけると、旅行鞄が差しだされる。


「お前の私物だ。これを持ってさっさと出て行け」


 シモンは鞄を放り投げると、鍵をしていなかったからか中身が飛びだしてきた。

 鞄には奉仕活動のさいに着ていた簡素なワンピースと靴、それから日記帳のみ入っていたようだ。


「あの、わたくしが実家から持ってきた持参品は……?」


 メクレンブルク大公家に嫁ぐ際、宝飾品や土地の権利、銀器のカトラリーセットを預けた。それらは私個人の財産で、持ち主が亡くなって初めて嫁ぎ先の財産となるのだ。

 途中で離縁した場合、持参品は返してもらえるのが我が国の慣習である。


「ああ、あれは慰謝料として受け取っておく」

「慰謝料、ですか?」

「まさか忘れたとは言わせないぞ!! 兄上はお前のせいで亡くなったんだから、この死神が!!」

「ルーベン様は――」

「兄の名を口にするな!! 兄の天に昇りし魂がけがれるだろうが!!」


 きっと彼に何を言っても無駄なのだろう。

 ぎゅっと唇を噛みしめつつ、散らばった私物をかき集める。


「一刻も早く、出て行け!!」


 メイドが私の左右を囲むと、腕を取ってずんずん進み始める。

 まるで罪人のように連れて行かれ、裏口から突き飛ばされた。


「きゃっ!!」

「もう戻ってくるなよ!!」


 シモンは威嚇するように鞄を地面に投げつけたあと、私という存在を拒絶するように扉をバタン! と勢いよく閉める。

 扉の向こう側から聞こえる、イゾルテの勝ち誇ったような高笑いだけが耳にこびりついて離れなかった。 

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