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「いやね、悪い子じゃないんですよ、あの子は。リネアちゃん。
……ただ、ちょっと、こう……うまく言えないけど、“噛み合わない”っていうのかな」
長年この街で店をやってりゃ、誰がどんな人間かなんとなくわかってくる。
あの商会のお嬢さん、跡取りになるって話は昔から聞いてましたよ。
年のわりに落ち着いてて、丁寧で、よく気のつく子だってね。
でも、まあ……それが通用するのは、挨拶くらいまでだったかな。
話すとね、少しずつズレてくるんですよ。
問いに対する答えが違うとか、こっちの言葉が伝わってないとか。
意見を聞いても何も言わないし、かと思えば後になって「本当はこう思ってた」とか。
言ってくれなきゃわからないのに、それを“察してほしい”って顔をする。
責められてるような気がしてね、正直、だんだん距離を置くようになった人も多かったんじゃないかな。
私は昔、地域の若い子向けにやってる仕入れ勉強会で、リネアちゃんを見たことがあるんですよ。
妹さん――ミレイユちゃんも来てて、こっちは本当に聡くてね。人の話をよく聞いて、質問も的を射てた。
リネアちゃんは、そのときもほとんど黙ってて……たまに口を開けば、「私、そういうの苦手なので」って。
別に無理に発言してほしいわけじゃないけど、
困ったのは、後で「私だって本当はこう思ってました」って言ってくるところ。
……それならその場で言ってほしかったよ、ほんと。
あの家はね、お母様がしっかりした方で。
よその人間には感じよく接するけど、身内には厳しいんです。
お父様は温厚だけど商売では妥協しない。
そんな中で、リネアちゃんは……多分、空回りしてしまったんでしょうね。
でも、空回りを「努力」と思い込んで、失敗しても「私のせいじゃない」と感じてる。
周りは手助けするけど、毎回その後始末まで全部させられて。
それでも本人は、「やってあげてる」つもりなんですよね。
「可哀想だけど、扱いづらい」
「悪気がない分、タチが悪い」
誰も口に出さないけど、そういう空気はありましたよ。特に年齢が近い子は、はっきり言うからね
「イライラするから関わりたくない」って。
町のバザーのときもね。係の人たち、本当はやりたくなかったって後で聞きました。
それでも、家族は頑張ってたと思いますよ。
妹さん、よく頭を下げてた。裏で尻ぬぐいして、姉のことを一度も悪く言わなかった。
使用人のミアなんかも、「あの子はわざとじゃないんです」って、よくかばってました。
……出ていったって聞いたときはね、驚きましたよ。
でも、誰も止めなかったって話を聞いて、
「ああ、もう限界だったんだな」って。
どこかで幸せに暮らしてくれればいい。
それだけは、ほんと、そう思います。
◇
リネアお嬢さまは、わるい方じゃありません。
いつもお声がけしてくださるし、お手伝いもしてくださる。
けれど……そのたびに、皆、困っていました。
何というか、言葉は通じているはずなのに、会話にならない、というか……。
お嬢さまは、「やる」と仰ってくださっても、やり方をお尋ねにならないのです。
お伝えしても、「それよりこうしたほうが」などと持論を返されてしまって。
そして、失敗してご家族から咎められると「頑張ったのに、ひどい」から、何故か妹のミレイユ様の話になって、ミレイユ様のせいかと言われ……皆何のことかわからず段々と関わらないほうがいいという雰囲気になっていました。
私はずっと悩んでいました。
どう接すればいいのか、何を伝えれば通じるのか。
怒らせたくて言う人など、ひとりもいなかったのに――
なぜか、いつもお嬢さまは「自分ばかりが損をしている」と感じていらっしゃるようでした。
お嬢さまがいらっしゃらない場所では、ミレイユ様が謝っておられました。
レオン様との婚約話の間にも、妹さまは何度も、空気をつなぐように話を向けていらっしゃいました。
それを「奪った」と思ってしまわれたのなら……とても、つらいことです。
ご家族は、ずっと我慢していらしたのです。
私たちも、ずっと黙っていました。
でも、それがやさしさだとは、今でも思えません。
けど、どうすればいいかもわからなかったんです。
きっと、リネアお嬢さまは――
ずっと、間違ったまま、正しいと思い込んでおられたのでしょう。