(3)
最初に紹介されたとき、リネアさんは静かな人だと思った。
控えめで、相手に合わせてくれる、物腰のやわらかい女性。
ああ、この人となら夫婦として、婿入りしても馴染めるかもしれない、と思った。
でも、実際に会う回数が増えるたびに――
“合わせてくれる”と思っていたその態度が、“判断を避けている”のだと気づいてしまった。
「どうしたいですか?」と聞いても、「皆さんの案が素敵です」と笑うだけ。
「これをお願いできますか?」と頼めば、「わかりました」と引き受けてくれても、何度も聞き返されて、最後は違うものになっている。
そして、うまくいったことがあれば、「私も最初からそれがいいと思ってました」と、必ず口にする。
……本当に、そうだったのだろうか?
◇
私との縁談が持ち上がったのは、私の父と彼女の父が旧知の仲だったからだ。
最初の数ヶ月、私は自分が緊張しているせいだと思っていた。
距離感がうまくつかめず、会話もどこかぎこちなくて。
けれどある日気づいてしまった。
彼女は、ずっと同じ言葉しか言わないのだ。
自分の意見は口にせず、でも反対もしない。
反論しないのに、賛成でもない。
こちらの提案に頷いていたかと思えば、後日「そんなつもりではなかった」と拗ねる。
私は、何かを言うたびに、慎重に言葉を選ぶようになった。
彼女を怒らせないように。
誤解されないように。
感情の波を立てないように。
けれどそれは、婚約者として、健全な距離の取り方ではなかった。
◇
妹のミレイユさんは、彼女とは違って、会話のテンポがわかりやすかった。
必要な情報を整理して、的確に答えてくれる。
それでいて、私の意見を尊重してくれる。
……それだけのことが、ずいぶん楽に感じられた。
最初は、気のせいだと思った。
でも、気がついたら、私は色々な相談を彼女にするようになっていた。
それがリネアさんの目にどう映ったのかは、今となってはわからない。
◇
リネアさんは、ある日突然、すべてを“捨てる”と言った。
「私がいなくなっても、後悔しないでくださいね」と、笑って。
……私は何も言わなかった。
反論もしなかったし、引き止めもしなかった。
それが、彼女にとっての答えだったのだろう。
そして、私にとっても。
◇
誰も彼女を悪く言わない。
皆、一定の距離を保ちながら、淡々と日常を続けている。
今でも、あの人の「私はずっと我慢してました」という言葉を思い出すと、
少しだけ胸が痛む。
でも、あのとき、本当に我慢していたのは――
私のほうだった。




