(2)
姉は、昔から変わらない。
よく気がつくし、控えめで、文句を言わない。
――少なくとも、周囲からは、姉をよく知らない人からは、そう見えるらしい。
けれど私は知っている。
本当は、不機嫌になると黙り込むし、予定と違うと勝手に拗ねる。
でもそれを「自分は我慢してるだけ」だと、姉自身は思っているみたいだった。
姉は、正直に言うと、少し“会話が噛み合わない”人だった。
相手が求めていない場面で持論を展開したり、質問と全然違う答えを返したり、
「どうしてそんな言い方をするの?」と聞かれても、きょとんとした顔で黙るだけ。
それでいて、「私は悪くない」という空気だけは、しっかり漂っていた。
たとえば、子ども会のイベントで「飾り付けを作ろう」となったとき。
みんなで相談して決めた色を無視して、勝手に全部変えてしまった。
理由は、「そっちのほうが見栄えがいいと思ったから」。
話し合いを無視したことを誰かが注意すると、「でも、可愛いでしょ?」と返す。
本人は、わざわざ自分が“より良くしてあげた”と本気で思っていて、
何が悪いのかもまったく理解していなかった。
……正直、言葉が通じないと感じた瞬間だった。
親は最初、姉を「ちょっと頑固な子」とだけ捉えていた。
けれど次第に、「言っても理解しないなら、厳しくするしかない」と態度を変えた。
そして姉は、「私ばかり叱られる」と思い込むようになった。
◇
そういった振る舞いのせいで、姉は周囲から浮き始めた。
呼ばれたお茶会でも失言をして、他の方を怒らせたり……。
親はついに、姉がお茶会へ参加するのを禁止した。
――うちは客商売だ。評判が悪くなるのは困る。
代わりに、私が顔を出して謝罪して回った。
けれど、それを姉は「友達を取られた」「自分を除け者にしている」と思っていたらしい。
それを知ったのは、使用人から教えられた時だった。
◇
姉は、よく相談をしてくる。
「これ、どうしたらいいと思う?」
「私、間違ってないよね?」
でも、返事をしても、ほとんど聞かない。
助言したとおりに動いた試しは、ない。
「私、こういうの得意じゃないから」
「流行り物には詳しくなくて…」
何でもやりたがって、参加しようとする割に、姉は自分の意見を言わない。
そのくせ誰かが良い意見を言えば、自分もそう思っていたと言いだす。
これらのことを、他人の顔を立て、気配りをしてあげていると思っているらしい。
自分が不快なことには敏感だけど、他人が不快に思っていることには気づかない。
わざとならまだマシなのかもしれない。
姉は本気でわかっていない。
それでも私は答える。
黙っていると、「機嫌が悪いの?」「私のこと嫌いだから?」と責められるから。
姉は、自分では責任を取らない。
けれど、「これは私がやったのに」「誰も見てくれてない」とこぼすことには敏感だった。
そのたびに私は、誰にも見られないところで、後始末をしてきた。
◇
去年のバザー、私も手伝いに入った。
本来は姉の担当だった(私は別の係を任されていた)。
けれど当日、開始時間を過ぎても姉が来ないと聞き、そちらへ向かった。
準備が終わらないまま、お客様が入り始めていた。
係の二人と私でテーブルを整え、飲み物を並べた。
誰も姉のことを表立って悪くは言わなかった。
ただ、無言で、淡々と、目の前の作業を片づけていた。
姉が来たのは、最初の混雑がひと段落したころだった。
「遅れてごめんなさい。何か手伝うことある?」
そう言って、笑っていた。
係の人たちは「大丈夫」とだけ答えた。
姉と一緒の係になりたがる人がいなくて、無理を言って組んでもらったと、後から聞いた。
申し訳なくて、本当に恥ずかしかった。
姉を打ち上げに呼ぶなら自分たちは出ない、と係の人たちが言い、姉は呼ばれなかった。
帰宅すると、姉は私を恨めしそうな目で見てきた。
◇
両親も、姉を持て余していたと思う。
何故通じないのか、どうしたらいいのか。
姉は、自分のしたことが巡り巡って今があるということすら理解出来ないのだろう。
姉の中では、姉は真面目で優しい健気な自分なのだろうから。
◇
婚約者のレオン様が困っていたことも、私は知っている。
彼女の気持ちを察してあげられないと、何度も苦笑していた。
それでも最後まで、姉のことを悪く言わなかった。
私はただ、一歩下がって、その場の空気をつなぐ役目をしていただけ。
それが「奪った」と言われるなんて、思ってもみなかった。
◇
姉は、今日、出ていった。
「全部捨ててやる」って言って。
誰も引き止めなかった。
――それが答えだということを、姉はきっと理解できない。
……私は、何も言わなかった。
あの人にとって、私はいつも「要領よく奪っていく妹」だから。
何を言っても、そう受け取られるだけなら、言葉はもういらない。
自分がしたことではないのに、代わりに謝罪して、
姉がしたことで噂されたり嫌味を言われたり、
なのに何でも奪っていくと恨みがましい目で見られ、
あなたが自分は可哀想だと嘆いているその裏で、
――私は、ずっと、我慢してました。