(1)
妹のほうが可愛いのは、仕方がないと思っています。
見た目も性格も、愛されるタイプだとわかっていますから。
だから私は、ずっと我慢してきました。
お母さまも、使用人も、周囲の人たちも、いつも妹にばかり笑顔で話しかけます。
私は、話しかけられることすら少なくて、挨拶を返すだけで終わる会話ばかりです。
でも、気にしないようにしてきました。
だって、私がお姉ちゃんだからです。
昔は、「どうして妹ばかり」と思ったこともありました。
でもそのたびに、「わがままを言わないの」と叱られました。
それからは、感情を押し殺して、黙って笑って、我慢するようにしました。
お茶会の誘いも、気づいたら妹だけに届くようになっていました。
「予定が合わなかったのかな」とか、「たまたまかも」と思おうとしましたが、
私が友達だと思っていた子たちは、いつの間にかみんな妹の友達になっていたんです。
◇
家業の商会の仕事も、私は真面目にやってきました。
私は長女ですから。いずれ婿取りをして、この商会を継ぐ立場なのです。
とくに事務仕事は、最初こそ不慣れでしたが、ひとつずつ覚えて、丁寧にこなしてきたつもりです。
納品書の確認、帳簿の照合、棚卸しの控え……。
最初は指摘されることもありましたが、見直して、次からは気をつけて、確認にも時間をかけていました。
なのに、また後日「違ってます」と言われました。
何度も同じようなことが続いたので、「どこがどう違うのか教えてください」とお願いしましたが、
返ってきたのは「もう結構です」の一言だけでした。
それから私は、事務の担当を外されたんです。
その後、代わりに妹がその部署に入ったと聞きました。
……なんだか、背中が冷たくなったのを覚えました。
これって、もしかして――嵌められたのかもしれないと思ってしまいました。
最近は、納品の確認作業でも、空気が変わってきた気がします。
現場の従業員たちが忙しく動いている中、私も「手伝いますね」と声をかけていました。
でも私は、まだそこまで詳しくないので、「皆さんのほうが経験豊富ですし、私が教わる立場ですよね」って、ちゃんと下手に出ています。
跡取り娘だからって、偉そうにはしていません。
それなのに、次第に私が声をかけても、皆さんの態度はよそよそしくなっていきました。
気づけば、みんな妹とは普通に話すのに、私のことは避けるようになっていました。
……私、何かしたんでしょうか? なぜなんでしょう?
頑張ってきたつもりです。
誰よりも気を使って、商会のために動いてきたつもりなのに。
だんだん、この場所が“自分の居場所じゃない”ように感じてきて――
正直、怖いです。
◇
去年の町のバザー。
人から避けられているかもしれない、というのは、自分でもなんとなく気づいていました。
妹に友達を取られ始めた頃から、親しい人と呼べる相手はいなくなっていました。
正直、参加しづらかったです。
けれど――地域の活動は大事ですし、
私自身のことを知ってもらえたら、少しは空気も変わるかもしれないと思って、勇気を出して参加しました。
役目はお茶係でした。
お客様に笑顔でお茶を差し出して、お菓子をきれいに並べて、「楽しんでいただけてるかな」と気を配りました。
誰かが頑張っているところを邪魔しないように、自分にできる範囲で動いて、場を支えました。
目立つ仕事ではないかもしれませんが、大事なことだと思って、私はしっかりやろうと頑張ったんです。
――けれど、そのあとの打ち上げには、私は呼ばれませんでした。
「え? どうして?」と思いましたが、誰も何も説明してくれませんでした。
妹はちゃっかり参加していたみたいで――あの子、本当にそういうところがあるんです。
後から入ってきて、いいところだけ持っていくというか。
ほんの少しの働きで、全部自分の手柄にしてしまう感じです。
……そういうのって、私、ちょっと苦手なんです。
……何もかも、妹に取られていく気がします。
◇
婚約者のレオン様のことだって、そうです。
うちの婿養子になる話は、ちゃんと進んでいました。
お互いの両親も了承してくれていましたし、あとは時期の問題だけだったんです。
最近、妹とよく話しているのを見かけます。
笑顔で、親しげに。まるで、私の存在なんて最初からなかったかのように。
あの子、何か吹き込んでいるんじゃないかって思ってしまいます。
そうじゃなければ、こんなに急に距離ができるはずがありません。
……私の人生って、ずっとこうなのでしょうか。
頑張っても報われない。
要領のいい妹が、全部持っていくんです。
◇
だから――もう、限界なんです。
我慢しても、我慢しても、報われません。
褒められるのはいつも妹。
頼られるのも、選ばれるのも、全部妹。
私がしてきたことなんて、誰も見てくれていませんでした。
◇
「なんで我慢してるの?」
取引で時々店に来ていた彼に、いつからか、ぽつりぽつりと愚痴をこぼすようになっていました。
私のことも、妹のことも知らない人だったからこそ、つい本音を話してしまったのだと思います。
その彼に言われた一言が、ずっと胸に残っています。
◇
だから――決めました。
全部、私のほうから捨ててやります。
もう、知りません。
家族も、商会も、レオン様も。
私の価値に気づいても、もう遅いんです。
◇
……私、ずっと我慢してました。
誰にも言わずに、黙って、控えめに、健気に、頑張ってきたんです。
それが認められないなら、私がいなくなってどれだけ困るか、思い知ってください。
私、いなくなりますね。
――後悔、してください。