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襲撃の話

いよいよお父様との話し合いです。

アデルが現状を確認して前を向くために必要なステップです。


 「さてアデル、今日は私と話をするのだが、何の話をするのか分かるかな?」


 転生の事は話さない様に、その上で記憶喪失と思ってもらって、記憶の食い違いがあっても、不自然にならない様に、上手く話ができるといいけど。


 私がアデルである事に、間違いはないのだから、これから普通に暮らしていける様にしたい。


「はい、お父様。私が川に落ちて怪我をした事は、メアリから聞きました。でも、私、覚えていないのです」

「そうか、では、アデルがデアフォルフォンスに出かけた事は覚えているかい?」

「…デアフォルフォンスとは何でしょう?」

「女神の泉の名だ」


 頭の中に、大きな東屋の中で、女神像の足元から湧き出る泉に、足を踏み入れる情景が浮かんだ。


「はい、泉に足を浸した事は覚えています」

「その後に起こった事は?」


 私は走馬灯を思い返してみるが、記憶は泉に足を浸した所で途切れている。


「いいえ、泉に足を浸して…。気付いたらベッドの上でした」


 お父様とお母様が、顔を見合わせてアイコンタクトしている。


「お父様、私が覚えていない間の事を教えてください」

「だが、その話をする事で、アデルが辛い思いをするのではないかと心配しているのだよ」


 お母様が私の手を握ってくれる。私はその手を握り返してお母様に、大丈夫、という意味を込めてニッコリと笑う。そして、手を握ったままお父様の方を向く。


「大丈夫です、お父様。だって私は覚えていないのですもの。もし、思い出したとしても、お父様とお母様が一緒に居る今なら、大丈夫だと思うのです。ですから、お願いです。教えてください」

 私は、お父様を見つめて、助けを求める気持ちで訴える。

「私は、自分が誰なのか忘れていました。昨夜の頭痛の後で、家族の顔、側仕えや護衛騎士の顔、自分の部屋の事は思い出す事ができました。でも、お父様の立場、ここが何という場所なのか、たくさんの事を忘れています。もともと知らなかったのかも判らなくて、とても不安なのです」


 私の手を握ったお母様の手に、力が入る。


「うむ、判らなくて不安だという気持ちはわかる。では、こうしよう。今回の事件のあらましを話そう。それを聞いてアデルが思い出した事を教えてくれ。その上でアデルが聞きたいと思う事があれば、質問に何でも答えよう。それでどうかな?」

「はい、お願いします」


 私は、姿勢を正してお父様の話を聞く。


「あの日アデルは、側仕え二人、護衛騎士三人と一緒に、馬車に乗って王都郊外にあるデアフォルフォンスに、プルガーバプティーモスを行うために出かけた。その事は覚えているかな?」


 私は走馬灯を思い返してみるが、その知識はない。そこで気付く。

 走馬灯は、アデルの言動や見聞きした事を音声付きの映像として見せるが、知識に関する部分は流れてこなかった。


「言葉の意味がわかりません。プルガーバプティーモスとは何ですか? 私はその事を知っていましたか?」

「ふむ、プルガーバプティーモスは王族だけが行う洗礼のための(みそぎ)だ。貴族や平民は7歳になると、国内各地にある礼拝堂で洗礼を受け、六つ柱の大神からご加護を授かる。だが、王族の洗礼は少し特殊でな。洗礼の前に3回、デアフォルフォンスで(みそぎ)をする事になっている。(みそぎ)のことは、ディーやシルにも尋ねていた様だったから、アデルはもちろん知っていたよ」


 ディー兄様やシル兄様に尋ねていたと聞いて、再び走馬灯を思い返してみるが、その情報は無かった。


 やっぱり知識がごっそり抜け落ちている。


「そして、(みそぎ)を行なって城に帰る時に、賊の襲撃を受けた」


「襲撃っ?」

 私は、驚いて大きな声を出してしまう。


「ああ、そうだ。泉がある東屋から出た所で、待ち伏せされていた」

 お父様は、私の顔色を伺う様子を見せてから、言葉を続ける。


「護衛騎士3人に対して、賊は5人。1人がそなたと側仕えを守り、2人が賊に対応して賊を全て捕らえた。だが、突然、大きな猪がそなた達に向かって突進してきたため、護衛騎士がそなたを抱えて逃げた」


「猪?」

 お父様は、私の声に反応せず、苦い顔で話を続けた。


「しかし、猪が急に向きを変えて襲ってきたため、騎士のとっさの判断で、そなたを川の方に押し出し、騎士は体制不充分のまま猪の直撃を受けてしまった。その隙に逃げようとしたそなたは、足がもつれた様に倒れ、そのまま川に落ちたそうだ。

 川は浅かったが、倒れた時に石で切ったか、アデルは腕に傷を負ってしまった。猪を倒した騎士が、すぐにアデルを川から引き上げたが、君はそのまま気を失い、側仕えに応急処置を受けた後、帰城した。これがあらましだ」


「わた…私、そんな大変な目にあったのに、全然覚えていません。ビックリです」

「アデル、お父様の話を聞いても、思い出せそうにないのかしら?」

「…はい、全く何も! お母様、私すごく驚いています。それに、全然実感がありません!」


「アデルが何か思い出せるのであれば、事件解決のヒントになるかと思ったんだがダメか」

「事件解決?」

「そうだ」

「お父様は先ほど賊は全て捕らえたと…。ハッ、主犯がまだ捕まってないとか?」

「おっ、アデルは鋭いなぁ。そのとおりだ」


 お父様が頭を撫でてくれる。うふふ、嬉しいなぁ。今世の父は、長生きしてくれるといいなぁ。顔が緩んだ私を見ながら、お母様が微笑んでいる。


 ああ、幸せだなぁ。


 アデルの記憶と私の感情がリンクする。あ、そうか。まだ子どもだから知識より感情が優先された記憶になっているのか。


「お父様、何も思い出せなくて申し訳ありません」


「アデル、無理に思い出そうとせずとも良い。そなたにとっては辛く恐ろしい出来事であったに相違ない。無理をしてそなたが損なわれては、元も子もない」


「そうですよ、アデル。忘れてしまった事は、新しく覚え直せば良いのです。例えば、ここはトールトスディス国の王都トールトスディスです。古い言葉で、神の庭という意味なのですよ」


 やっぱり聞いたことのない国名だな。ここは地球ではない異世界というものなのかもしれない。前世では、読書が趣味だったのでライトノベルも何冊か読んだけど流行りの転生ものにありがちな設定だ。まさか自分が異世界転生するとは思ってもみなかった。


 そうだとしても、ここは私が現実に生きて行く世界だ。


「お母様、私はこの国の事をもっと知りたいです」

「まぁ!」

「ほう、ならばアデル。そなたも10歳になれば、ノビリタスコラという名の貴族の学校に通わねばならぬ。洗礼式が終われば、早々に入学に向けた学習を始める。

それを楽しみに待つが良い。

 まずは洗礼式だ。みそぎはあと一回残っているが恐ろしくはないか?行けそうか?」


「大丈夫です、お父様」

「でもアデル、デアフォルフォンスに行けば、襲撃の事を思い出してしまうかもしれないのですよ。私も一緒に…」

「アデリーヌ、それはならぬ。アデルが一人で行かねば意味がない」


「お母様、大丈夫です。あまり過保護にすると私、ダメな子になってしまいます」

「まあ、アデルったら…」

 お母様が、クスクス笑い出す。


「良かろう。三回目の禊には、そなたの護衛騎士に加えて、私の近衛騎士を何名か付けよう。何事もなければ良いが、備えは充分にした方が良い」

「はい」


「重症を負ったアデルの護衛騎士が復帰するまでは、近衛騎士を付けるので、そのつもりでいるように」

「えっ! 重症? そういえば今日はマティアスとマルクを見ていません。まさか2人とも重症を負ったのですか?」


 お父様が、しまった、と言わんばかりの顔になって答える。

「ああ、いや、猪の直撃を受けたのがマルクだったのだが、その時に肋骨が折れて肺に刺さってしまったのだ。マティアスは、軽傷であったが、負傷した事に間違いはないので、休暇を与えた」


「肺に肋骨が! それでマルクは助かったのですか?」

「ああ、治癒魔法で肋骨と肺の傷は治ったが、他の外傷もあり失った血が多かったので、復帰までしばらくかかるだろう。そなたが心配する事はないぞ」


「でも、私を守るために二人が…」


 普通は死んじゃう様な怪我なのに、もう治ったって…。

 治癒魔法って…。

 心配するなって言われても…。


「アデル、貴女を守る事が二人のお仕事で、守られる事が貴女のお仕事です。その事に関して貴女が心を痛めては、二人の護衛騎士としてのプライドを傷つける事になります。二人が復帰した時には労って褒めてあげなさい。決して謝ったりしてはいけませんよ」

「はい、わかりました。お母様。」

「よろしい」


 シュンとなった私をお母様が、優しい子ね、と言いながら抱きしめてくれた。


次は、アデルの世界の神様の話です。

秘密の話の一端に触れる事になります。

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