ディー兄様の婚約者候補
アデルは魔法に興味津々ですが、なかなか上手くいきません。
ノリが悪いんでしょうか。
トールトスディス王国では季節が夏に差し掛かり、ノビリタスコラの夏休暇が近付いていた。
ノビリタスコラの夏休暇は6の月第二週の一週間で、前後の休日を含むと14日の休暇になる。とは言え、この世界の交通事情を考えると、長期休暇と考えるには中途半端な長さである。
その為、家が遠方で寮に入っている生徒のほとんどが、夏休暇に帰省せずに寮で過ごしている。
こうした生徒達の交流の場とする為に、各地の領主は王から賜ったタウンハウスで茶会や晩餐会を催すのが恒例となっている。
この様な催しは自領の生徒だけでなく、王都の自宅から通学している生徒や中央の有力者等を招待する事で知られている。
成人するまで社交の場に出る事が出来ない生徒達にとって、領主が主催する茶会や晩餐会は、社会に出る前の人脈づくりの場として大いに活用されていた。
この様なイベントを主催する側の領主達にしてみれば、自領を担う次世代の育成の一環であるから、自然と力が入るのである。
一方王家では、国王ではなくノビリタスコラに在籍している王子や王女が茶会を主催してきた。
大規模な茶会を主催する練習の場とする為、国王も王妃も国政に携わる貴族達も含めて、敢えて口出しをしない。
従って現在、ディーヴァプレとシルヴァプレの二人は、お互いに協力しながら茶会の準備で多忙な日々を過ごしていた。
その頃、アデリエルは何をしていたのかと言うと、こっそり隠れて実験をしようと目論んでいた。
「鑑定」の魔法の検証が無事に終わった後、私はこっそり魔法の実験をする機会を窺っていた。「鑑定」以外の漢字で魔法が発動するのか試してみたくてウズウズしていたのだ。
今のところ、私が一人きりになれるのはトイレの中とベットの中だけだ。
もしもトイレの中で実験が出来たとして、私が一人でトイレに長く籠って居ようものなら、セブラン辺りが心配して突入して来るのが目に見えている。
だからトイレは除外、これ常識。
あとはもう一つの選択肢、就寝後ならば側近達が部屋を出てしまえば一人きりになれる。
ところが寝付きが良い私は、一旦ベットに入ってしまうと朝まで熟睡してしまって夜更かしが出来ないでいる。
実験なんて夢のまた夢。
寝ているだけに?(笑)
焦っても仕方がない。
寝る子は育つと言うし、これはこれで良し!
いつの日か、私がベットに入って側仕え達が部屋から出た後まで起きている事が出来る日が来たら、早速、実験しよう、と思っていた。
ところが、意外と早くその時は来たのである。
ある日、たまたまメアリが早く帰らなくてはならない日があって、少しだけ就寝までの手順がいつもと違ったら、側近達が下がった後も眠くならなかったのだ。
私は周囲が静まるのを待ってこっそりベットから出る。
扉の外にはセブランが護衛しているし、隣室には側仕えが控えている。当然、大きな物音はたてられない。
ベットから出た私は、細心の注意を払いながら静かに暖炉の前まで歩いて、そのまま床に座り込んだ。
今は夏だから、暖炉は綺麗に掃除されていて中には何も無い。
私は、用意していた紙を丸めて暖炉に放り込んだ。前世の知識で火を燃やすには燃やす物と酸素が必要だと知っていたからだ。
私は丸めた紙をじっと見つめて頭の中で「火」という漢字を思い浮かべた。
しかし、何も起こらない。
試しに頭の中に「水」や「風」の漢字を思い浮かべたけれど、やっぱり何も起こらない。
はーっ。やっぱダメかぁ。
そんな甘くないよね。
期待した私がバカだったよ。
大きな溜息をついた私は、力無く暖炉の中の丸めた紙を拾う。
前世で知っていた火は、映画やアニメで見る魔法の火とは違うと思っていたけどこの世界では案外同じなのかも知れない。魔法があるくらいだから理屈そのものが違うのだろう。
アニメで見た魔法のファイヤーボールは、火の玉を飛ばしてたけど、あれは何が燃えているのだろうか。燃料も魔法で作り出しているのかな?
だとしたらファイヤーボールって物凄い高等技術なのではないのか?
だって、魔力で作り出した燃料を加熱して火をつけて空中に浮かせて飛ばす訳でしょう?
作り出す燃料次第で威力が変わるよねぇ。
小さい火ならマッチとか蝋燭とか、大きい火ならガソリンや灯油かな?
うわっ、ダイナマイトとか怖えー。
ここまで考えた私は、再び大きな溜息をついてしまう。やはりこの世界の理屈、特に魔法についてはちゃんと学ばないとダメなのだろう。
見るともなしに暖炉の方を見て、蝋燭の火を思い浮かべる。暖かみのある灯火を見るのは昔から好きだったなぁと考えていたら、暖炉の中に想像していたとおりの火が灯った。
無論、そこには蝋燭はない。
えっ!とビックリした拍子に火がフッと消えた。
えっ! なんで?
幻覚?
いや今火がついたよね。魔法?
呪文は唱えてないよ。てか、呪文知らないし…。
ちょっと落ち着こう、私!
私は深呼吸を3回してから、改めて考えてみる。
そう言えば以前、ディー兄様が魔法の定義を教えてくれたよね。
確か、魔法は人間がイメージできる事を具現化するものだっけ?
あれ?
でも魔法って魔力操作が出来ないとダメなんじゃなかったっけ?
あ、でも私は体内の魔力は使わないんだっけ!
え? どういう事?
落ち着いて考えても解らないものは解らない。意外と頭が固い私には、圧倒的に想像力が不足していて前世の理論的な考え方に縛られている。
うーん、やっぱり難しく考え過ぎなんだろうな。
イメージはしっかり出来てもそこから先の理屈が分かんない。
分かんないと納得できないんだよぉ〜。
私は集中して蝋燭の火をイメージしながら暖炉の中を見つめる。
魔力よ、集まって! 火になって!
すると、陽炎のように暖炉内の空気が揺らめいて、虹色の何かがスーッと集まる様に見えたかと思うと、ポッと小さな火が灯った。
わっ! できた!
てか、できちゃったよ、どうしよう!
今度も驚いた拍子にフッと火が消えた。しかも、魔力の動きらしき物が見えた。
この事実に呆然となった私は、自分が起こした現象が理解できずに思考停止してしまう。
想定外にも程がある。
ふと気付くと、結構な時間が経っていたらしく体が冷え切っていた。ブルッと身震いをしてそそくさとベットに入ると暖かさにホーッと吐息を吐く。
何が何だかサッパリ分からないけど、コッソリと隠れてやった実験だから誰にも尋ねる事はできない。
できない事とできる事が判っただけで良しとしよう。
布団の温かさに身を委ねて目を閉じると、あっという間に眠りに落ちてしまったのだった。
翌朝、朝食を済ませてノビリタスコラに出かけようとしていたお兄様方から
「夏休暇中にお茶会をするから手伝って欲しい」
とお願いされた。
お父様から出された王子としての課題らしい。
昨年はディー兄様が一人で主催したけど、今年はシル兄様と合同で主催するから規模が大きくなるのだそうだ。
私にお手伝いを頼むのは、招待客の中に私の側近候補が含まれるからという理由らしい。どうせなら、私の側近として動く練習の場にしたらどうかと提案してくれたのだ。
メアリに相談したら、特に問題はない、という事だったので、有り難くお手伝いを了承した。メアリは私にとってもホスト側の良い練習になると考えた様だった。
そうは言っても私の経験値はゼロに等しいので、アリエルおば様にも相談しなければならないだろう。
私のマナー講師であるアリエルおば様は、王女としての社交経験と公爵夫人としての社交経験を兼ね備えたとても頼りになる先生なのだ。
この機会にお招きする側の作法や立ち居振る舞いを伝授していただこうと思う。
寝落ちしてしまった昨夜から続いて、魔法の事をぐだぐだと考えていたけれど、いくら考えても知識不足の今の私では結論は出せない。考える事を諦めてしばらく放置しようと思う。
いずれひょんな事から答えが転がり落ちてくるかも知れないし、ノビリタスコラに入学すれば正規の魔法を学ぶ事が出来るのだから慌てる必要はないのだ。
そんな言い訳で無理矢理自分を納得させて、目の前の課題に真剣に取り組む事にした。
自称負けず嫌いの私だけど、未知との遭遇に対しては意外と臆病だ。
否、ここは慎重なのだと自己弁護しておこう。
私は、夏休暇中に来るシル兄様の誕生日に向けて誕プレにする刺繍を頑張ったり毎日の勉強に充実した日々を過ごしていたら、あっという間に明日から夏休暇という日になっていた。
翌日から夏休暇が始まると、お兄様方は王城の自分の執務室に、お茶会の準備の本拠地を移した。そこに側近見習いの方々も出仕してきて忙しくしているらしい。
私も王城内に執務室を与えられているけれど、今まで一度も使った事がない。
文官がいないので使う必要も無くて今回も自室で準備をしていた。
お手伝いだから自分の準備だけなので、お兄様方ほど忙しくはない。
メアリの話では、ディー兄様の指揮の下、王城の大広間の準備が進み、厨房からは甘い匂いが流れてくる様になったそうだ。
今回、招待するのはノビリタスコラの三年生と一年生のほぼ全員と違う学年からは高位貴族の子弟が対象になっている。
招待客のリストをもらったけれど年上ばかりで顔見知りは少ない。
側近選びのお茶会に来てない人ばかりだよ。
これは、初めましてのご挨拶が大変そうだなぁ。
これから先、文官がいない私とお兄様方の連絡係として、それぞれの文官見習いが一人ずつ私の部屋に出入りする事になった。ディー兄様の方がアンドレ様、シル兄様の方をジョルジュ様が担当してくれる。
アンドレ様はディー兄様より一つ上の4年生で、ジョルジュ様はシル兄様と同じ一年生だ。お兄様方がランベール公爵家の兄弟に私の連絡係を命じたのには理由があるらしい。
ディー兄様曰く、信用できない者を私の部屋に出入りさせる訳にはいかないのだそうだ。
「ディー兄様…。自分の側近候補に信用できないってそれは無いんじゃない?」
そうツッコミしたら、ディー兄様は胸を張って
「それとこれとは別だ」
と言った。意味がわからん。
私の準備として大事な事は、当日の護衛に見習いを参加させる事、当日の側仕えに見習いを参加させる事、当日は代理でも良いから文官を用意する事の三つだ。
一つ目と二つ目は既に通知しているから良いけれど、問題は文官だ。
メアリによると、一番簡単な方法は、お父様かお母様の文官をその日だけ借りる事だそうだ。
それを聞いて、私がうーんと唸っていると首を傾げながらメアリが尋ねた。
「姫様には何かお考えがございますのでしょうか?」
「あのね。クロード様に声を掛けてみたいなと思っているの」
「ルー伯爵のご令息でございますか。あれから何も言って来られませんが大丈夫でございましょうか」
「良いきっかけにしてもらえないかなと思うの。クロード様は文官がどんな仕事か分からないと言っていたでしょう? ルー伯爵は魔法師だし、いきなり大人の仕事を見ても理解できないと思うのよ」
「姫様の仰せのとおりでございますが、いきなり一人に任せるというのも違う様に思われます」
「メアリの言うとおりね。ではカロリーヌ様とフロランス様にもお声掛けするの。今回だけのお試しという事でお願いするのはどうかしら」
「なるほど、マルタン侯爵令嬢とマテュー侯爵令嬢でございますか。確かに、あのお二人ならば年齢の割にかなりしっかりしたご令嬢という印象がございましたね」
私とメアリの会話を聞いていた他の側仕え達も、その手があったかぁ、という顔をしている。
「では姫様、いかがなさいますか?」
「そうね。まずはお手紙で打診してみるわ。感触が良ければ正式にお願いします。勿論、将来を見据えたお話までもっていけるのが理想よね」
「姫様はこの三人を文官見習いにしたいとお考えなのでございますね」
「はい。そうなると良いなぁと思っています」
「承知いたしました。では、あまり時間がございませんので姫様のお考えのとおりにいたしましょう」
お茶会まであと6日しかない。
私は早速、三人とその保護者に向けて手紙を書いた。
三人にはお兄様方のお茶会のお手伝いをする私を助けて欲しい事を書いて、保護者には本人と同じ内容に加えて、今回の手伝いをしてみて本人が望めば文官見習いにスカウトしたい事を書いた。
その日のうちに書き上げた手紙を直ぐに配達してもらうように手配してもらう。
承知してもらえるのなら3日後の6の月第二週闇の日に、王城にある私の執務室に来てくれる様にお手紙を書いた。
良い返事が来る事を期待して待つのみである。
もしダメならお母様に泣きつこう。
翌日、早い時間に三人とも承知したと返事をくれたので、ホッと胸を撫で下ろしたが、勝負は闇の日にする予定の打ち合わせだ。
その日、私の部屋まで連絡の為に来てくれたアンドレ様に、文官についての事の顛末を話して、お兄様方にも繋いでもらった。
忘れてはならないお母様への報告は、メアリに頼んだ。その方が何かとメアリに都合が良いからだが、帰ってきたメアリの顔を見て、私の勘は外れていなかったと思った。
そして、闇の日の約束の時間前には王城の玄関ホールに側仕え三人を迎えに出しておいて、私は初めて使用する自分の執務室で三人の到着を待っていた。
「王女殿下に申し上げます。マルタン侯爵令嬢、マテュー侯爵令嬢、ルー伯爵令息がお越しになりました」
扉で護衛をしているマティアスが取り次いでくれたので入室を許可すると、扉が大きく開いてマティアスが告げた順に三人が入って来た。
「王女殿下のお召しによりカロリーヌ・ル・マルタンが参上いたしました」
「王女殿下、この度はお声掛けくださいましてありがとう存じます。フロランス・ル・マテューが御前に参りました」
「王女殿下、お召しにより参上いたしましたクロード・ル・ルーでございます」
「皆様、急にお呼びたてしてしまってごめんなさいね。どうぞ、そちらにお座りになってくださいませ」
私は優雅さに気を付けながらお客様をソファーの方に誘導した。今日はお茶会という訳ではないので、普通に身なりを整えている。それは来てくれた三人も同様で座る動作もかなりスムーズだ。
「カロリーヌ様とフロランス様はクロード様とお話しするのは初めてでいらっしゃいますか?」
「そうですわね。ご挨拶は何度かさせていただきましたわ」
と、カロリーヌ様が言えばフロランス様も
「私も同じですわ」
と頷いている。
クロード様の方を見ると、目をキラキラさせてコクコク頷いている。
そこにマティアスが再び客の来訪を告げる。
「王女殿下、ランベール公爵令息がお越しになりました」
「お通ししてちょうだい」
お兄様方は、今日の打ち合わせが心配だったらしく、誰かをよこすと言っていたからそれだと思う。
「アデリエル王女殿下、失礼いたします。王太子殿下の命により打ち合わせに参加させていただきたいのですがよろしいでしょうか」
私は微笑みながらアンドレ様にお礼を言った。
「ディー兄様のご配慮に感謝します。アンドレ様、参加してくださってありがとう存じます。どうぞこちらにお座りくださいませ」
予定していた参加者全員が揃い、アンドレ様が椅子に座ったところで私から口火を切る。
「お手紙である程度の用件はお伝えいたしましたが、改めまして、思いがけない事ですが、土の日に開催されるお兄様方が主催するお茶会で、わたくしはお兄様方のお手伝いをする事になりました。とは言え、お茶会の主催者はあくまでもお兄様方でございますから、わたくし自身は交流がメインになると考えております」
私は、三人が話の内容をちゃんと理解してくれているかを確認する為に、三人の顔色を見ながら話をしている。どうやら話を続けても大丈夫なようだ。
「ところが、今の所わたくしは文官見習いを定めておりません。わたくしは、体裁だけでも整えてお兄様方に恥をかかせない様にしたいのです。そこでお茶会などで親しくさせていただいているお三方に、今回だけ、わたくしの文官見習いを務めていただきたいと思ってお声掛けさせていただきました」
三人は、真剣な顔で私を見ている。アンドレ様は、そんな私達をじっと観察している様だった。
「今日、皆様がここに来てくださっているという事は、文官見習いとして務める事を引き受けていただけると思ってよろしいのかしら?」
勢い込んでフロランス様が声を上げる。
「もちろんです。こんな光栄な事はございません。喜んでお仕えいたします」
続いてカロリーヌ様が興奮した様子で話し始める。
「わたくしもです。父に相談しましたら、こんな名誉な事はない、と大喜びいたしまして、わたくしにその気があるならこのまま文官見習いとして王女殿下に認められる様に頑張れと応援してくれましたのよ」
フロランス様とカロリーヌ様の勢いに気圧されたように目を見開いて二人を見ていたクロード様が、俯いてギュッと目を瞑った後、顔を上げて私を見た。
「王女殿下、今日は良い機会を与えてくださいましてありがとうございます。マルタン侯爵令嬢とマテュー侯爵令嬢の言葉で、僕はとても貴重な機会を与えられたんだって事を実感しました。僕はまだまだ勉強不足ですけど、一生懸命頑張ります」
私は三人三様の答えを聞いて、嬉しくてニッコリと笑う。
「お三方ともお引き受けくださいましてありがとう存じます。宜しければこのままわたくしの文官になる事を視野に入れて務めていただけると嬉しく存じます」
三人とも明るい表情で承知してくれたから本当に良かった。早速、アンドレ様に文官の役目についての説明を丸投げする。何故なら、私は文官の役目について全く知識が無いからだ。
「では、先輩のアンドレ様に当日の文官の役目について教えていただきましょう。アンドレ様、どうぞよろしくお願いいたします」
「かしこまりました」
アンドレ様はノビリタスコラでディー兄様の側近見習いのまとめ役を担っているので、こういう時はすごく頼りになる。
私達にも理解できる様に分かりやすく丁寧に説明してくれた。
「当日の文官の一番の仕事は、記録です。当日の朝、統一様式が印刷された記録用の紙を渡しますので、筆記用具は各自持参してください。王女殿下が誰と話をしたのか、どんな内容なのかを記録してもらいます」
アンドレ様の話を真剣に聞いている三人は、少し不安そうな顔になっている。
それを見て取ったアンドレ様は、柔らかく微笑んで話を続ける。
「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。当日、王太子殿下には成人の筆頭文官が同行しますので、私は王太子殿下に許可をいただいて皆さんに付き添う事にします。大切なのは落ち着いて冷静に対応する事ですが、皆さんは今回初めての文官としての仕事でしかもお手伝いです。最初から完璧に出来ないのは当たり前ですから、勉強するつもりで参加してください」
おぉー、アンドレ様って年下にはちゃんと優しく笑えるんだぁ。
へぇー、意外!
話を聞いていた三人は、今度はキラキラした目でアンドレ様を見つめている。
ノビリタスコラ4年生のアンドレ様は13歳。8歳の三人から見たら身分が上で、5歳も年上の素敵なお兄様と言った感じなのかもしれない。
うん、素敵な先輩ができて、三人ともやる気が出たみたいだね!
良きかな、良きかな。
三人の様子を満足そうに見ていたアンドレ様だが、不意に真剣な顔で少し考えて私に向かって話し始めた。
「王女殿下、僭越ながら一つだけアドバイスを差し上げてもよろしいでしょうか」
そうだ。アンドレ様は側近選びのお茶会でも的確なアドバイスをしてくれた事があった。それにこの様子では、ちゃんと聞いておいた方が良い話の様な気がする。
「はい、どうぞお願いします」
「この件は口外無用でお願いいたします。当然、王女殿下にお仕えする貴方達にも同様にお願いします。よろしいですね」
アンドレ様は、私、三人、メアリの順に真剣な顔で視線を移しながら確認をしてきた。
「分かりました。何かあればわたくしが責任を負います。どうぞお話しください」
アンドレ様は私に向かって頷いて同意した後、苦虫を噛み潰したような顔で一度俯き、ゆっくり顔を上げると徐ろに話し始めた。
「王太子殿下の事でございます」
「はい? ディー兄様に何か問題でも?」
「問題と言い切ってしまっては誤解を招くような気がいたします。この件に関しまして王太子殿下が少しナーバスになっておられますので、口外無用とお願いをいたしました」
まさか、ディー兄様の身に何か危険が迫っているのではないでしょうね。
私は、思わず自分の胸を手で押さえて問い返す。
「解りました。アドバイスというよりわたくしに協力できる事があるという事ではありませんか? どうぞ教えてくださいませ」
「さすが察しが良くていらっしゃる。ありがとう存じます、王女殿下。実は最近、ノビリタスコラに魅了の呪いの魔道具が持ち込まれました」
魅了の魔道具と聞いた私は、一月ほど前に魔法師団で行った魔力の検証を思い出した。あの時見たネックレスは、古い物だという印象を受けた。
きっと新しい呪いの魔道具が持ち込まれたのだ。一体いくつ有るのだろうか。
アンドレ様の話は続く。
「幸い、学校長の迅速な判断と慎重な対応で早期に対処でき、事なきを得ました。しかし、私は王太子殿下と第二王子殿下が狙われたのだと考えております」
「ふむ、つまりアンドレ様は同じ事が起こるのではないかと案じているのですね。例えば、お兄様方を魅了して婚約者の座に納まろうとする、とかでしょうか。でもそれは犯罪でございますよね」
「あくまでも疑いでございます。今は表立って何かが起こった訳ではありません。ただ、私としては事前に王女殿下のお耳に入れておく事で、未然に防ぐ事ができる何かがあるのではないかと愚考いたしました」
「なるほど、んー、アンドレ様のご懸念は良く解りましたけれども、私は少し違う考えでおります」
「違う考えとは?」
アンドレ様が怪訝な顔で問い返す。
「わたくしは、敵のターゲットはお兄様方だけに限らない、という可能性について考えております」
前世で見かけた乙女ゲームやそれに類する小説では、逆ハーレムなる現象が存在していた。この世界での実例は、ガイスト聖国の聖女様だ。
ガイスト聖国の聖女が持っている落とし子特典で簡単にできる事を、普通の人間が真似しようとすれば、そんな魔力も能力も無いのだから、呪いのアイテムに頼らざるを得ない。当然、同じ様に出来るとは限らない。
思慮の浅い箱入り令嬢が利用されたり、犯罪だと知らないまま恋愛脳で突っ走る令嬢が現れる可能性は、ゼロでは無いのだ。
「もちろんアンドレ様が仰るとおり、何か見聞きした時にはお知らせいたしますけれど、お兄様方の周囲の高位貴族のご令息にも気を配ることをお薦めいたします」
ビックリした顔で私を見ていたアンドレ様は、感心したように返答する。
「なるほど、殿下の周囲でございますか。承知いたしました。側近見習い達に周知いたしましょう」
どのように周知するかは、公にできる事とできない事が有るだろうからアンドレ様に任せておけば良い。
私は、アンドレ様との意思統一ができた事に満足してにっこりと微笑みかける。
今度のお茶会で出現するであろうお兄様方の、自称婚約者候補のご令嬢、を監視する事が私の役目になったようだ。
うーん、色恋は苦手なんだよなぁ。
ここはひとつ、カロリーヌ様とフロランス様の力を借りよう。
打ち合わせをしておかなきゃね。
私は、自分の苦手分野のお役目に深い溜息を吐くのであった。
アデルにも、新たな呪いのアイテムが出現したと知らされました。
どうなっていくのでしょうか。
次回は、夏休暇とお茶会です。




