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負けず嫌いの転生 〜今度こそ幸せになりたいと神様にお願いしたらいつの間にかお姫様に転生していた〜  作者: 山里 咲梨花


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47 定義の波紋

前世の知識の流布に関する定義が、アデルに思わぬ影響を与えます。

珍しく思考の泥沼にハマるアデルをお父様が導いてくれました。

 4の月第二週の銀の日。


 今日は楽しみにしていた下働きの人達の話を聞ける日だ。

 ソルテール様から依頼されたリンスの改良の為とは言え、一般市民の生活の一端を知る事ができる貴重な機会なのである。


 私は、予定時間の5刻(午前10時)の鐘に間に合うように、側近達を連れて王宮一階の会議室に向かった。

 王宮には一階と二階にそれぞれ会議室がある。

 親族会議で使ういつもの会議室は二階のお父様の居間近くにあって、一階の会議室はお母様の執務室の近くにある。


 会議室に着くと、お母様の筆頭文官のパトリスが部屋の準備をしていた。

 通常であればテーブルと椅子が会議用に並んでいるのだけど、今日はその一部が端に寄せられ、まるで面接会場のように並べ替えられている。


 あれれ? 今日は面接?

 場所、ここで合ってるよね?


「おはようございます、王女殿下。ちょうど準備が終わった所でございました。

どうぞこちらのお席に着いてお待ちくださいますようお願い申します」


 私に気付いたパトリスが私の後ろに控えるメアリの顔を見て何かを確認すると、微笑みながら私を席に誘導してくれた。


「おはようございます、パトリス。来るのが早かったかしら?」

「左様な事は全くございません。王妃殿下もまもなくお越しになります。今、お茶をお出しいたしましょう」


 パトリスは微笑みを絶やさずにそう言うと、控えていたお母様の側仕えにお茶を出すように合図した。

 それを目の端で見ていたメアリは、私が席に着いたのを確認した後、お茶の準備を手伝いに行った。


 お茶を待っている間にお母様が会議室にやって来て、微笑みながら私の隣の席に優雅に座る。


「アデル、待たせたかしら?」

「いいえ、お母様。さほど待ってはおりません」


 普段着のお母様もやっぱり綺麗。


 お母様と顔を見合わせてニッコリと笑い合う。優雅さに気を付けながら、お茶を一口飲んではまたお母様と微笑み合う。


 うん、美味しいし、嬉しい。


「アデル、そろそろ始めても良いかしら?」

「はい、お願いいたします」


 私とお母様の会話を聞いていたであろうパトリスに、お母様が視線を向ける。

パトリスは一礼を返して会議室から出て行った。

 しばらくして会議室に戻ったパトリスは、王宮の侍女長とメイドのお仕着せを着た女性三人を連れて来ていた。


 四人の女性は私とお母様の前に並ぶと深々とカーテシーをして、頭を下げたまま動かない。

 すぐにお母様が声をかける。

「ご苦労様。顔を上げて楽にしてくださいませ。まずは侍女長からそちらの三名を紹介してもらえるかしら」


 私の侍女長に対する印象はすこぶる良い。

 侍女長のポリーヌはクロウディリエ領の現領主の妹で、見た目アラフォーかな、って感じの人だ。

 それが若く見えているのか、それとも老けて見えているのかは確認していない。


 だって女性に年齢を聞く訳にもいかないっしょ。


 ポリーヌは俗に言う美人さんではないし、体型もふくよかだ。けれど、柔らかい印象なのに芯がしっかりしていて、実は怒らすと怖い。どんな時にも崩れない柔和な表情で、真摯に仕事に取り組んでいる。

 だから、周りの人にすごく信頼されている。

 あと、領地持ちの()()()()という立場も信頼を勝ち取る要因である。


 そうなの、まだ独身なの。

 一度本人に、結婚しないの? って聞いたら、皆様に必要としていただいている限りは働いていたい、って言ってた。誰かに必要とされる事に生きがいを感じているんだろうね。

 確かに、こういう生き方も有りだよねぇ。


 侍女長は王宮と王城にそれぞれいて、女性使用人を統括している。ただし、側近は別枠だ。私のような王の子の側近は王妃直属で、王の子が成人すると王の子の直属になる。



「かしこまりました。まず、右側の()がロレルと申しまして、商人ギルドの推薦で入った者でございます。孤児院出身でございますが、10歳から商人ギルドが運営する宿屋で見習いとして働き始め、その実直な働きぶりを認められて3年前に王宮に参った者でございます」


 おー、叩き上げの実力派なんだね。

 孤児院の様子を聞かせてもらえるのかな?

 うん、良き!


「次に真ん中の()がオーピドポルテ領の男爵家の三女でジネット・ル・ローバンと申します。ノビリタスコラを卒業後、オーピドポルテ侯爵の推薦を受けまして王宮に参りました。勤めて2年でございます」


 地方の男爵家の令嬢かぁ。

 地方の貴族の様子が聞けるのかな?

 中央とはやっぱ違うのかなぁ?z


「最後に左側の()がマリーと申しまして、王都の老舗、ガルニエ商会の会頭の孫でございます。結婚が決まっておりまして、総務局次長のルーセル侯爵のご紹介で、一年間の行儀見習いに参っている者でございます」


 平民の中でも裕福な方だね。

 うーん、下層の平民の話が聞きたかったんだけどなぁ。


 侍女長の紹介が終わったので、四人とも大きなテーブルを挟んで向こう側の椅子に座ってもらった。

 落ち着いた所で、お母様が今日の趣旨を説明してくれる。


「今日は業務で忙しい中、時間を作ってくれてありがとう。実はね、アデリエルが民の暮らしを知りたいと希望しているのだけど、まだ城外に出すのは心許ないの。だから、せめて話だけでも聞けるように貴女達に来てもらう事にしました。王女として民の生活を知りたいと願うアデルの為に協力をお願いしますね」


 お母様の説明に、侍女長が答える。

「王妃殿下、もったいないお言葉をありがとう存じます。アデリエル王女殿下、何なりとご下問くださいませ」


 お母様が頷いてくれたので、私から質問を投げかける。

「ありがとう存じます、皆様。わたくしは今、生活に必要な物について知りたいと思っています。皆様はどのような石けんを使っていらっしゃいますか? どうぞ、教えてくださいませ」



 結論から言おう。これだけの事をしてもらったのにも関わらず、我が国におけるリンス改良の必要性は全く見出せなかったのだ。


 うー、ソルテール様になんて言ったら良いのかにゃ〜。


 まず、孤児院出身のロレルの話だ。

 孤児院にいた時は、他の日用品が無い事はあるけれど、石けんだけは不自由なく使えていたそうだ。髪が荒れた時は、自分達で拾って保管しておいたキャメリの実を種ごと潰して絞ったものを石けんの代わりに使っていたと教えてくれた。


 詳しく聞くとこのキャメリは、前世の椿の木によく似た植物らしい。

 常緑の葉で、秋に白やオレンジ色の花が咲き、冬に実が成り種から油がとれる。このキャメリ油は、側近達が私の為に調合する香油にも使われているそうだ。

 また、キャメリの木は常緑だから敷地境の垣根としてたくさん植えられている。どこにでもあって簡単に実が手に入るため、手頃な美容グッズとして知られているのだそうだ。


 つまり、孤児院ではリンスは必要とされていないのだ。


 次に男爵令嬢のジネットの話だ。

 彼女の家は、領地が小さな田舎の農村なので、暮らしぶりも領民とあまり変わらなかったとの事だ。

 それでも、石けんは普通の物を購入できたし、洗髪後には自領で採れたキャメリ油とかフタモ油を少量もみ込んでからブラッシングして艶を保っていたそうだ。

 フタモ油について尋ねてみると、植物油の一種で、他に比べて香りがキツくないのだそう。イメージとしては菜種油や紅花油のような感じがした。


 つまり、農村の領民にもリンスは必要とされていない。


 最後に、商会出身のマリーからは貧民街の様子を聞く事ができた。

 マリーが直接見聞きした訳ではなく、家業の情報の中にあった話だという断りがあったのだが、それで良ければと教えてくれた話だ。

 貧民街には、国の衛生施策の一環で定期的に石けんが配布される。だけど、その石けんを売ってしまう人も一定数いて、そういう人達は清潔にしようとはしないし不衛生でも全く気にしない。

 ただ、清潔にしたい人には、この施策の評判がすこぶる良いらしい。

 配布された石けんは衛生管理的に使って、潰したキャメリの実にキメの細かい砂を混ぜた物で洗髪する人が多いという。

 それって無料のリンスインシャンプーじゃね?


 つまり、貧民街でもリンスは必要とされていないのだ。


 うーん、リンスの改良、必要なくね?

 てかリンスそのものの需要が無いよね。

 

 裕福な貴族は調合した香油を使っているし、庶民はただ同然のキャメリの実を活用している。


 今までお金を掛けていなかった物にわざわざお金出すかなぁ?

 私なら慣れた方で済ますよねぇ。

 うちの国では誰も困ってないけどガイスト聖国は違うのかなぁ。

 遠い他所の国のことなんか確かめようが無いよねぇ。

 留学でもすれば分かるんだろうけど、んなこたぁしたくねぇし……。



 下働きの三人に話を聞き終えて、侍女長と三人を労って帰した後、側近達の耳を気にしながらお母様とお話しする。

「お母様、本日はわたくしの為にこのような場を設けていただきましてありがとう存じました。おかげさまで疑問に思っていた事が分かりました」


「それは良かったわ。それで、これからどうしますか? まだこの様な機会が必要ですか?」

「いいえ、しばらくは今日聞いたお話をじっくり考えてみようと思います」


 じっと私の顔を見ていたお母様は、フッと表情を緩めると私にアドバイスする。

「そうね。それがいいわ。ねえ、アデル。もし、何かに迷うような事があったら、母に相談できるという事を思い出してちょうだいね。周囲の期待に応える事だけが王女の務めではありませんからね」


 うん、これは無理してリンスの改良をしなくても良いと言ってくれたんだよね。

 ただ、事の発端がソルテール様だからなぁ。


 やはり最初にガイスト聖国の聖女の尻拭いと考えてしまったせいで、どうしてもやる気が起こらない。

 ソルテール様からは、献上されたルーチェンナ様も必要としている訳ではない、と聞いてしまったので、余計にやる気が起こらない。

 それに加えて我が国ではリンスが無い事で困っている人がいないのだ。


 モチベは上がらないよねぇ。


 オリーブオイルと潰したオランの実を混ぜただけの物を、ちゃんとしたリンスにするなんて事、私には無理だと思う。

 そう言えばオランの実を探したけど、そういう名前の植物は図鑑を見ても見つけられなかった。ガイスト聖国にしか無い植物なのかな?


 ※ ※ ※


 4の月第三週始まりの日。


 今日はディー兄様の誕生日だ。

 夕食後の団欒で恒例となりつつある誕プレの刺繍を渡した。ディー兄様は刺繍の図柄を撫でながら、微笑んで嬉しいよと言ってくれた。

 本来であれば、ディー兄様がお父様とお母様に日頃の感謝を伝える場になるはずなのだけど、そこはサッと流して家族みんなでいろんな話題で盛り上がった。

 ここの所、暇さえあればリンスの事を考えて憂鬱になっていたので、久しぶりに心から楽しい気持ちで笑えた気がする。

 後から聞いて分かった事だけど、お兄様方も私が考え込んでいる事に気付いていたらしい。私ってばそんな気遣いにも気が付かないほど鬱々としていたんだね。


 ※ ※ ※


 4の月の最後の日。


 夕食の後、お父様から手招きされた私は、側近達に聞こえないように内緒話をされた。

 お父様が今月の神殿参拝に行った時に、レオアウリュム様を通じてルーチェンナ様から伝言があったと言うのだ。

 要約すると、リンスの改良は出来なくても構わない、という事だった。


 私としては、ルーチェンナ様のためというよりもソルテール様からの依頼という認識が強かったので、ルーチェンナ様からの伝言にちょっと戸惑ってしまった。


「お父様、私はソルテール様の依頼を直接受けてしまいました。ルーチェンナ様のお言葉はとてもありがたいのですが、どうしたら良いのでしょうか?」


「ん? アデルはソルテール様に、民の為に必要であれば改良する、と答えたのだから民に必要でなければ改良せずとも良いのではないか?」


「えっ? そうでしたか?」


「ああ、そうだよ。ソルテール様もそれで良いと仰せになったであろう? ならばルーチェンナ様が改良せずとも良いと仰せになり、民の為にも必要ないのであれば改良せずとも良いという事になるのではないか? 私はアデリーヌから民も困っておらぬと聞いていたが、違ったか?」


「あれ? そうなりますか?」


「そうなるだろう。さては、アデルの負けず嫌いが斜めに暴走しているんだな?

君なら冷静に考えれば分かる事だと思うがね」


 えっ?

 斜めに暴走?

 そうなのかな?


 お父様は私の顔をまじまじと見て、笑いながら私を諭す。


「アデル、あの時、君の前世の知識の流布について定義が示されただろう?」

「はい」

「君はあの時〝神界に召し上げられる〟という言葉に過剰に反応していた。いや、怯えていたと言って良いだろう。私の勝手な考えだが、君は〝神界に召し上げられる〟という言葉に囚われるあまり、前半部分を忘れているのではないか?」

「へ?」

「更に言えば、恐れるあまり〝六つ柱の大神からの課題は完璧に遂行しなければならない〟と思い込んでいるのではないか?」


 お父様にそう投げかけられた私は、自分の気持ちについて考えてみる。

 

 そういう風に定義について考えた事は無かったけれど、拉致られんの怖っ!って思ったのは確かだ。

 ソルテール様に、民に必要であれば、と言ったのはリンスの改良なんて自発的にしたい事ではなかったから、義務的に需要を確認しなきゃと思ったからだ。

 その反面、ガイスト聖国の聖女の尻拭いをなんで私がしなきゃなんないの? という反抗心もあった。

 だから無意識に自制して、変な義務感で、自分で自分を縛っちゃったのかなぁ。


 自分ではよく分からないけど、お父様が言っている事が正しいのであれば、もっと冷静に考えないといけない、という事になるよね。


「お父様、私は怖がっていましたか?」

「ああ、そうだな。六つ柱の大神はやり直しの機会と御教えを提示してくださったのに、何故そんなに怯えるのか不思議だったよ」

「そうですか」


 私はシュンとして、自分で自分の事が判らなくなるってこういう事なんだなぁ、と気落ちする。

 そんな私を見ていたお父様は、私を膝の上に抱き上げて頭を撫でてくれた。


「アデル、君なりに考えて取り組んだのだろうがね。最初、君は一人で全てやろうとしていたのをメアリに軌道修正されただろう? それでアデリーヌと一緒に聞き取りをしたのだろう?」

「はい」


「私はいつも言ってるね。何事も周囲を頼りなさい。一人で突っ走るのはダメだと」

「はい」

「君が出来るようになるまで何度でも言うよ。私でも、アデリーヌでも、側近でも良い。必ず誰か周りの大人に相談しなさい。君が成長する為に必要な事だからね。君はまだ8歳の子どもなんだから、甘えていいんだよ」


 お父様が私のおでこに自分のおでこをコツンとぶつけて諭してくれる。


 確かに!

 人に甘えるという事に関しては、私、まだまだ未熟だわ!

 これがまた難しいんだよねぇ。

 お父様、甘え方を知らなくてごめんなさい!


「お父様、いつもありがとう存じます」

「ん? 何のお礼かな?」

「私に気付きを与えてくださる事です」

「ふふっ、そうか。なら、どういたしまして。ああ、話は変わるが、あれから鑑定魔法を使ったか?」

「あ、いいえ。忘れていました」

「そうか。それならそろそろグラーチェと一緒に検証してみようか」


 どうやら私がリンスの改良に囚われている事を考慮して、先延ばしにしてくれていたらしい。

 お父様はすぐにグラーチェおじ様に話をしてくれたらしくて、三日後には両親と一緒にグラーチェおじ様を訪ねる事になった。

大人の思考ができても子ども力がマイナス値のアデルは甘え方を知りません。

将来、恋人ができた時に苦労しそうですね。

次回は、初めての魔法です。

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