魔獣売買の闇
アデルが楽しみにしていた『家族でお出かけ』ですが、実態はアデルの妄想からかけ離れています。アデルは徐々に、何か違う、と気付きますが、マイペースで楽しんでいる様です。
家族でお出かけ。
それは、前世でも経験した事がない未知のイベント。
王家に生まれたと判った時から諦めていた憧れの家族イベント。
お父様の決め方に不自然さを感じたけれど、もの凄く嬉しかった。
家族全員で牧場に行くなんて楽しいに決まってる!
なんて素敵なの!
と、まあ、こんな風に少々…いやいや、もの凄く浮かれていた私は、自分の認識の甘さを思い知る事になる。
牧場に出かける日の朝、いつもの様に家族で朝食を済ませて自室に戻ると、騎獣に乗っても良い様に、側仕え達が私の服をコーディネートしてくれた。
クリーム色のシンプルな丸襟のブラウスに鮮やかな青いリボンを蝶結びにして、同色のキュロットスカートを合わせる。その上から透けて見える薄い生地で水色のオーバースカートを重ねる。茶色のベストとお揃いのショートブーツを身に付けると完成だ。
髪は、ポニーテールにして襟元のリボンと同じ物を蝶結びにしてもらった。
今日の目的地の王家の直営牧場は王都の郊外にある為、馬車で行けば片道一刻(2時間)弱かかる。それを騎獣で行けば半限(15分)かけずに行く事ができる。お父様が言っていたとおり、時間は大いに短縮できるのだ。
ウキウキ気分の私は、姿見の鏡の前でクルリと一回転して自分の服装をチェックする。初めて騎獣に乗せてもらえるのが楽しみで仕方がない。
お父様とお母様が自分の騎獣に乗る為、王家の厩舎に5刻(午前10時)に集合となっている。私の側仕えの同行は一人だけ、と言われているので誰が行くのか確認しておく。
「ねえ、メアリ。今日、一緒に行ってくれる側仕えはどなたなの?」
「本日は、側仕えの中で唯一、騎獣を得ておりますイザベルがお供いたします」
「まぁ、イザベルは騎獣を得ているの? 種類は何?」
「はい、姫様。わたくしの騎獣はユスティスの無翼種でございます」
「お名前は?」
「はい。リィスと申します」
「響きが可愛いわね。きっと撫でたら滑らかな手触りなのでしょうね」
続いて私は、セブランにどの護衛騎士の騎獣に同乗するのか聞いてみた。
「セブラン、私を騎獣に乗せてくださるのはどなたなのかしら?」
「姫様は私と、ペルルにお乗りいただきます」
「そうなのね。嬉しいわ」
「姫様、今日のお出かけを楽しみになさっておられたのは存じておりますが、周りをちゃんと見て、周囲の声をちゃんとお聞きになってくださいませ。そうすれば、姫様に危険が及ぶ事は無いはずでございます。どうか無事に楽しんで来てくださいませ」
「ありがとう、メアリ。行って参ります」
「行ってらっしゃいませ」
王宮の玄関前には、ペルル、クアジュ、バハンが既に来て待っていてくれた。
まず、セブランがペルルに鞍を装着する。その間、マティアスとマルクが私を護衛する。その後、マティアスとマルクが交代で鞍を装着し、常に私の護衛が二人いる状態を保つ。鞍を出す空間魔法は、何度見ても興味深い。
護衛騎士が鞍を装着するのを見ていると、クリーム色のユスティスが城の外から飛んで来た。無翼種なので宙を翔るという表現がピッタリだ。
「あれがイザベルのリィスね。あら? 鞍がもう着いているのね?」
「はい。わたくしは自分で鞍を着ける事が出来ないので、家の者に頼んでおきましたのです」
「鞍を着けるのは難しいの?」
「いえ、わたくしは恥ずかしながら鞍をリィスの背に持ち上げる事が出来ないのでございます。浮遊魔法も得意ではございませんし、何よりリィスに痛い思いをさせたくありませんので、上手な人にお願いしているのでございます」
イザベルが恥ずかしそうに顔を赤らめて私の質問に答えてくれる間に、リィスが着地してイザベルの前に歩み寄った。そのリィスの背中を撫でているイザベルは、確かに華奢な体格をしている。
「ねえ、イザベル。貴女は側仕えなのに、どうして騎獣を得たの?」
「あ、はい。わたくしの父は姫様もご存知のとおり近衛騎士を務めておりますので最初の子供であるわたくしを騎士にしよう、と早くから騎獣が得られる様に動いてくれましたのでございます。」
ああ、ジラール子爵はイザベルを騎士にしたかったのかぁ。
「ところが、私が得た騎獣は無翼種でございました。それから父は、わたくしに騎士の適性があるのか真剣に考えてくれまして、試しに王太后殿下の元に通わせてくれました。わたくしは側仕えの仕事が楽しくて、自分に合っていると父に訴えまして今に至るのでございます」
そんな紆余曲折があったとは知らなかったよ。
ジラール子爵は、子どもの意思を尊重するお父さんなんだねぇ。
評価、爆上がりだよ。
「姫様、準備が整いました。参りましょう」
セブランが私に声をかけて、私を抱き上げてペルルの背に乗せる。
私はペルルの背を撫でながら
「ペルル、よろしくね」
と声をかけた。
セブランが私の後ろに乗り、私を抱え込む様にして全員が騎乗した事を確認すると、出発の合図を出して一斉に飛び立った。
うわぁ、飛んだ! すごいすごい!
全然揺れないね。これなら怖くない!
重力も風圧も全然感じないよ。これも魔法なのかなぁ?
めっちゃ快適だよ!
飛び上がってすぐに集合場所が見えた。既に全員集まっている様子だ。
集合場所に着地して周囲を見回すと、メテオに乗ったお父様とフルールに乗ったお母様を挟んで、ノアールに乗ったロベールおじ様と、初めて見るチェルビレオに乗ったイザークおじ様がいる。
その後ろにモロー伯爵と一緒にエネプルに乗ったディー兄様と紺のフォルティスに乗ったラグア卿とシル兄様がいた。
隊列の組み方は事前に打ち合わせ済みであったらしく、セブランはディー兄様とシル兄様の間に、ペルルを進めて並ぶ。
リィスに騎乗したイザベルは、リィスをペルルの後ろに進めて並んだ。
私達の周囲を護衛騎士と近衛騎士が取り囲み、総勢26名の大所帯になっている。
「セブラン、何だかすごい大所帯ね。これではまるで公務に出かけるみたい」
「さて、姫様。王家の業務は、全て公務でございますよね。これでも少ない方だと存じますが」
えっ? これって公務なの?
家族でお出かけじゃないの?
私が、頭の中を「?」で一杯にしているうちに、隊列は目的地に向かって出発する。再び大空に舞い上がった私は、もう一度周囲を見回す。確かに、家族で遊びに行くにしては、側仕え、文官、宰相のイザークおじ様まで同行している。
騎士団を訪問した後の話の流れから、ディー兄様の騎獣を探すのだと思い込んでいたけれど、それだけでは無いのかもしれない。
だとしても、お父様は私に何も言わなかったのだし…。
私は私で楽しんでいいんじゃないかな? えへっ。
すぐに気分を切り替えて景色に目を留める。
わぁ、お城の塀ってこんなに高いとは思わなかったよ。
王都って広いんだねぇ。
貴族街かな? あ、こっちが平民街かな?
おお、王都を囲む塀も高いなぁ。
もう街から出ちゃうよ。
あれは何の作物だろう? 畑が綺麗に整地されてる!
上から見るとよく分かるねぇ。
あ、ちょっと離れた所に集落がある! あれは農村と言っていいのかな?
景色を堪能していた私に、セブランが声をかける。
「姫様、高い所は恐ろしくございませんか? ご気分が悪い様でしたらすぐに対応いたしますよ?」
「ありがとう、セブラン。景色が素晴らしくて恐ろしがっている暇がないわ」
「左様でございますか。安心いたしました」
「セブラン、私はもっと風が当たると思っていたけど、全然そんな事ないのね」
「はい。魔獣は風除けの結界を張って空を飛びます。騎獣はその結界の中に、私達を入れてくれるのでございます」
「そうなのね。この快適さはペルルのお陰なのね。ペルル、ありがとう」
ほうほう、なるほど!
飛行魔法も風除けの結界も、騎獣が使う魔法なのね。
すんごく興味深い!
騎獣が使う魔法をマスターすれば、自分で飛ぶ事だって可能じゃない?
だって私も無翼種だもん。
そもそも人間の魔法と騎獣の魔法は同じなのかなぁ?
あー、早く魔法が使える様になりたいなぁ。
「姫様、前方に見えて来た丘の向こうが目的地の牧場でございますよ」
「分かったわ、セブラン」
隊列は、セブランが教えてくれた丘をあっという間に越えて、広い牧草地を横切る。目の前には、大小様々な建物がいくつも見えて、そのうちの一つ、管理棟の様な建物の前の広い場所に着地した。
すると、管理棟らしき建物の前に男性が立っているのが見えた。
セブランが先にペルルから降りて私を降ろしてくれたので、セブランとペルルにお礼を言う。
「セブラン、ペルル、ありがとう存じます。とても快適だったわ。また乗せてね」
「陛下、お待ちしておりました」
管理棟の前にいた三人の男性が駆け寄って来て、お父様に臣下の礼をしている。
「どうぞ、騎獣はそのままこの者達にお預けください。いつもの様に、この者達がお世話をいたします」
「やあ、ジョセフ、ジャン、マチュ、大人数で押しかけて済まないな」
「恐れ多い事でございます。さあ、まずは事務所へどうぞ」
三人は自分の役割が決まっているらしく、ジョセフがお父様を案内しようとし、ジャンはメテオとフルールに話しかけながら手綱を取って誘導している。マチュはロベールおじ様と顔見知りらしい挨拶をして、騎士達の騎獣の世話は自分がする、と説明している。
「ジョセフ、今日は家族を連れて来た。アデリーヌは知っているな」
「はい、もちろんでございます。王妃殿下、いつもお世話になってるおります。
王宮への納品の度にお声がけいただきまして、職員一同、感謝いたしております」
ジョセフの言葉にニッコリと微笑んだお母様は、ジョセフに声をかける。
「当然の事ですわ。わたくしがここに来たのは、結婚当初以来かしらね。今日は、子ども達と一緒に来れて良かったわ」
「ああ、子ども達を紹介しよう。ディー、シル、アデル、こちらに来なさい。
これが長男のディーヴァプレ、これが次男のシルヴァプレ、そして末っ子の長女、アデリエルだ。皆、こちらはこの牧場の管理・運営を任せているジョセフだ」
「お初にお目にかかります。ディーヴァプレ王太子殿下、シルヴァプレ王子殿下、アデリエル王女殿下、ようこそおいでくださいました。後ほど場内を案内いたしますので、まずは事務所にお入りください」
騎獣達がジャンとマチュに案内されて待機場所に移動すると、お母様をエスコートしたお父様を先頭に、イザークおじ様を含むお父様とお母様の側近が続き、近衛騎士に守られて移動を始める。
そして、ジュスタンと護衛騎士を連れたディー兄様、トリスタンと護衛騎士を連れたシル兄様と続き、最後に私がイザベルと護衛騎士を連れて移動する。
この物々しい移動の仕方は事前に決めていたらしく、皆、戸惑う事なくスムーズに動いている。私には何も知らされていなかったが、側近達は承知していた様だ。
これじゃ私が考えていた“家族とお出かけ“とは到底言えない。
まさしく公務だ。
やっぱり私が知らない何かがある。
あーあ、ちょびっとだけ、気を引き締めようかにゃ。
事務所の会議室の様な部屋に案内されて席に着くと、ジョセフが側仕え達に傍に準備されているお茶等の説明をした後、お父様の方を向いて説明を始めた。
「陛下、本題に入る前に、以前からご指示いただいておりました乳製品の、試作ができましたので試食をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、いいとも。その為に子ども達を連れて来たのだ」
むむ? 絶対にその為だけじゃないはず!
ジョセフも、本題に入る前に、って言ってたし。
何が起こるのかにゃ。楽しみだね。
「有り難く存じます。それでは側仕えの皆様方、どうぞよろしくお願い申します」
ジョセフの言葉にそれぞれの側仕えが一斉に動き出す。しばらく待っていると、毒見を済ませたであろう、小ぶりの器に入った試食が供される。パッと見た感じはクリームチーズに見える。
「ではいただこうか」
お父様の言葉に、私は添えられたスプーンを手に取って先の方で少しだけ掬って食べてみる。
うん、とても濃厚なヨーグルトだね。
前世でよく食べていたギリシャヨーグルトに似た感じかなぁ。
「うむ、グラーチェスシルヴァから献上される物より濃厚だな。アデリーヌ、どう思う?」
「そうですね。陛下が仰るとおりねっとりとして濃厚ですね。これでは果物にかけても風味を活かせないのではないかしら」
「ふむ、ディーはどう思う?」
「はい。私はこの濃厚さは良いと思いますが、その分酸味も強く感じます」
「そうか。シルはどうだ?」
「私も兄上と同じ意見です。たくさん食べたいとは思いません」
シル兄様は、一口食べてスプーンを置いてしまっている。
「ふむ、不評だな。アデルはどう思う? 解決策があれば、忌憚なく意見を言ってくれないか?」
お?
私に解決しろとな?
んでは、私の好みをご披露しますかぁ。
「はい、お父様。このヨーグルトは、とても良くできていると存じます。このまま食すのであれば、ハチミツをかけていただくのが一番美味しいと存じます。お母様が仰った果物と一緒にいただくのであれば、ヨーグルトの搾り汁を少し混ぜ込んで柔らかくすると良いと存じます」
「ほう、アデルがいう事ならば間違いなかろう。ジョセフ、ハチミツはあるか?」
「はい、ございます。ただ今お持ちいたします」
ジョセフはそう言って一礼すると、急いで部屋を出て行った。
私は無言で待つ。前世の知識に基づいた意見なので余計な事は言わない。あくまでも私の個人的な感想なのだから、皆がいる所ではそれで押し通すのだ。
しれーっとトボけるのは得意だもんね。にひっ。
お父様と目が合ったのでニッコリ笑う。お母様とも目が合ったので再びニッコリする。すると、黙って待っていたお兄様方がクスクス笑い出した。それに釣られてお母様も忍び笑いをしている。
何だ?
何が可笑しいんだ?
私、変顔じゃなくて可愛く笑ったつもりなんですけどぉー。
そこへジョセフがハチミツを持って来て、お父様の筆頭側仕えクリストフに手渡した。クリストフが毒見を済ませて、お父様のヨーグルトが入った器にハチミツをティースプーンで一杯入れた。
お父様は、早速一口食べる。
「おお、これは良い。アデリーヌも食べてみなさい。クリストフ、皆の器にもハチミツを入れてやってくれ」
クリストフがお母様、ディー兄様、シル兄様の順にハチミツを配り私にも持って来てくれた。
「王女殿下、ハチミツはスプーン一杯でよろしいですか? 多めに入れた方がよろしいでしょうか?」
「クリストフ、ありがとう存じます。一杯で大丈夫です」
私の答えに頷いたクリストフは、ティースプーンにたっぷりと一杯のハチミツをヨーグルトにかけてくれた。私は、ハチミツと一緒にヨーグルトを掬って食べる。
うーん、これこれ!
久しぶりに食べたよ。
やっぱり美味しいねぇ。
一口食べて思わず顔が緩んだ私に、ディー兄様がお褒めの言葉をくれる。
「さすがアデルだな。これなら酸味が気にならなくて濃厚さを失わない。やはり、アデルには食のセンスがあるね」
それを聞いて頷いていたシル兄様が、食いしん坊らしい一言を放つ。
「そうだよね。僕はこれならたくさん食べたいと思えるよ」
お母様は一口食べて
「まぁ」
と発した後は、ゆっくりと美味しそうに味わっている。
「王女殿下、先ほどの搾り汁のお話ですが、どうしてその様に思われたのか教えていただけませんでしょうか」
ジョセフが私に尋ねると、家族が一斉に私を見た。
だぁーいじょうぶ、上手くやるから!
私は、左手を頬に当ててこてりと首を傾げると、ジョセフの問いに答える。
「だって、ヨーグルトって少し置いておくと水分が出るでしょう? それを取り除くと味が変わるの。ジョセフはした事ない?」
「は、申し訳ございません。存じませんでした」
「グラーチェスシルヴァのヨーグルトは水分を抜き切っていないのよ。少し置いておくと水分が出るから、食べる時に出た水分はまた混ぜてしまうの。そうしないと果物の甘さと釣り合わなくなって美味しく無くなるのよ。うふふっ、ヨーグルトを食べた事がある人は、皆知ってると思っていたわ」
私はそう言ってコロコロと笑って見せてから
「でもこれはこれでとても美味しいわ。新発見ね」
とジョセフに言ってから、お父様にこの先の会話を丸投げする。
「お父様、そう思われませんか?」
「うむ。ジョセフ、良くやった。水分を抜いた物と抜かない物、両方を王宮に納めてくれ」
「かしこまりました、陛下。つきましては、2つのヨーグルトの呼び分けはいかがいたしましょうか」
「ん? それはプレーンとリッチで良いのではないか? 製品化して販売する時に考えよう。しばらくは王家で独占したい」
「かしこまりました」
ジョセフはホッとした様に、お父様に一礼して承知した。
「では、本題だ。魔獣の厩舎に参る。関係者を集めよ」
立ち上がったお父様にジョセフが承知したという様に一礼した後、先導して厩舎に向かう。私は最後尾から付いて行きながら、斜め後ろを歩くセブランに尋ねる。
「ねえ、セブラン。お父様が仰った本題って何かしら?」
「まずは、王太子殿下の騎獣探しだと存じます。良い出会いに恵まれるとよろしいですね」
「そうなのね。私が同行しても良いのかしら?」
「陛下にお考えがあっての事ですからよろしいと存じます」
「分かったわ」
セブランは、まずは、って言ったよね。
じゃあ、次は、何だろう?
出かける前のワクワクとは違う意味で、ワクワクして来たぞぉ。
厩舎に入ると、先ほどお父様が言っていた関係者だと思われる5名の男性が跪いて待っていた。ジョセフ、ジャン、マチュの3人と、あと2人は知らない人だ。
立ち止まったお父様が、先頭に跪いている壮年の男性に声をかけた。
「リュック、久しぶりだな。元気にしていたか?今日は息子の騎獣を探しに来た。よろしく頼む」
「陛下、王妃殿下、ご無沙汰をいたしております。治政10周年をお迎えになられました事、心からお慶び申し上げます。本日はフォルティスの幼獣を揃えましたのでどうぞご照覧ください」
「ディー、シル、アデル、紹介しよう。代々、我が王家の為に騎獣を養育してくれているバルゼル家のリュックだ」
「王太子殿下、シルヴァプレ王子殿下、アデリエル王女殿下、お初にお目にかかります。リュック・バルゼルでございます」
「初めまして、王太子のディーヴァプレです。こちらが弟のシルヴァプレ、そして妹のアデリエルです。リュック殿の手を煩わせてしまいますが、どうしても騎獣を得たくて父に我儘を申しました。本日はどうぞよろしくお願いします」
ディー兄様の口調は、王族から平民に対してのものだけど、ディー兄様はキチンと頭を下げてリュックにお願いをした。
すると、リュックは破顔して
「恐縮でございます、殿下。ささ、こちらへどうぞ」
と、案内を始めた。
お兄様方と私は、それぞれの筆頭護衛騎士と並んでリュックに付いて行く。その後ろからお父様達がちゃんと付いて来ていた。
案内された所には、10頭くらいのフォルティスの幼獣がいた。
わー、可愛い仔馬ちゃんがいっぱい!
流れで付いて来たけど、私は騎獣を得たいと思ってないんだけどなぁ。
どうしたらいいんだろ?
キョロキョロと周りを見ながらお兄様方の後ろにいたら、リュックが話をしていた若い男を少し離れた所に引っ張って行って、何かを問い詰め始めた。
どうやらフォルティスの数が減っているらしい。
目の前で起こった揉め事に、ディー兄様とシル兄様の護衛騎士がスルスルと二人に寄り添い、後ろに下がる様に指示している。
お母様が一番後ろにいた私の所に来て、お兄様方が私の所まで下がって来ると、近衛騎士に囲まれたお父様とイザークおじ様が私達の前に出る。
一気に物々しい雰囲気になったその場の空気を感じ取って、フォルティスの幼獣が離れた奥の隅に集まって固まり、争いを覗っている。
「アデル、しばらく私と一緒にいましょうね」
お母様にそう言われて頷いた私は直感で、お父様の本題はこれだ、と思った。
しばらく問答が続いていたが、リュックの大きな怒声が聞こえた。
「お前、自分が何をしたのか判っているのか!」
どうやら若い男は、フォルティスの幼獣を横流ししていたらしい。
王家の財産を横流しなんて、命知らずだねぇ。
怒鳴りつけられた若い男はリュックを睨み付けていたが、周囲を見て、唇を噛んで俯いた。
そして、ふと顔を上げて私の方を真っ直ぐに見た。
うえっ、目が合ったよ!
ヤバくない? これ!
案の定、その男は私と目が合うと、私に向かって走り出した。
おわっ!
こっちに来る!
なんでぇ?
一瞬の後、その男は近衛騎士によって取り押さえられた。イザークおじ様が取り調べをするらしく、いつの間にか増えていた近衛騎士が若い男を引き立てて、一緒に厩舎を出て行く。一連の動きに全く無駄がなく、あっという間に静かになった。
ジョセフとリュックがいかにも、申し訳なくて堪らない、と言い出しそうな渋い顔で、お父様の前に跪いて頭を下げた。
「二人ともよく知らせてくれた。これを機に魔獣売買の闇ルートを完全に摘発するつもりだ。魔獣は我が国民の為に、初代王が六つ柱の大神から賜った物。六つ柱の大神の御心に背く奴輩は、神に代わって私が成敗する」
お父様の決めゼリフは、時代劇みたいでちょっと笑えます。
さて、アデルは魔獣売買の闇ルートの事を全く知りませんでした。魔獣横流しの犯人は無事に捕えられましたが、ディー兄様の騎獣はどうなるのでしょう。
次回は、ディー兄様が騎獣と出会うお手伝いをします。




