騎士団訪問 II
アデルから見れば馬の様に大きい動物だというだけで、魔獣なのだと納得できる生き物との出会いです。
新たに8種類の騎獣について学びました。
ペルルにご挨拶できた上にペルルを撫でさせて貰えた私は、既に大満足なのだが騎獣見学としては、まだコルヌエイコスしか見ていない。少なくともマティアスとマルクの騎獣の2種類がいるはずなのだ。
「ロベールおじ様、騎獣は何種類いるのですか?」
「コルヌエイコスを3種類とカウントした場合、騎獣に適した魔獣は12種類でございます。我が騎士団には、全ての種類が揃っておりますよ」
「という事は、あと9種類の騎獣を見る事が出来るのですね」
「左様でございます。さあ、次に参りましょうか」
ロベールおじ様に質問しながら入った区画は、一頭ずつに分けられた房が30ほど並んでいた。
「こちらは鹿獅子チェルビレオの区画でございます。説明をマティアスに頼んでもよろしいでしょうか?」
「えっ? という事は、マティアスの騎獣がいるのね?」
私がマティアスの方を振り返って尋ねると、マティアスはにこやかに笑って頷いている。
「もちろんよろしくてよ」
「では、こちらにおいでください」
案内された房には、以前チラリと見た事があるマティアスの騎獣がいた。
「チェルビレオは、これまで姫様がご覧になってきたコルヌエイコスとは違って、主人以外の人間と馴れ合う事がありません。気位が高く、魔物に対して強気で立ち向かいますので、騎乗した騎士が魔物と戦い易く、魔物の討伐の戦闘に一番向いていると思います」
チェルビレオはひと言で言うと大きな鹿だ。角は、山羊の角をすごく大きくした感じで、私の第一印象は某アニメ映画◯◯◯◯姫に出てくるヤックルに翼が生えている、というものだった。
「向いている戦闘は、魔物討伐に限定なの?」
「ククッ、姫様の耳聡さはさすがですね。騎獣の中には主人と一緒に戦う魔獣もおります。そういった種類の騎獣は、魔物の魔力の強さに敏感です。そういった意味で一番向いていると申し上げたのです。さぁ、クアジュ、私がお仕えしているアデリエル王女殿下は知っているだろう?」
クアジュかぁ。
勇ましい名前なのね。
「クアジュ、改めてご挨拶させてくださいませ。私はアデリエルです。家族からはアデルと呼ばれているわ。どうぞよろしくね」
クアジュは静かに佇んでいて、私を見てはいるけれど耳をパタパタさせるだけでその場から動かない。
「マティアス、何の反応も無いのだけど、ちゃんと通じたかしら?」
マティアスは苦笑しながらクアジュの首をポンポンと優しく叩いている。
「大丈夫です、姫様。こいつはちゃんと理解しております」
「そうなの? うふふ、孤高の戦士って感じでカッコいいわね」
俺、お前には媚びねぇぜ、って感じなのかなぁ?
マティアスの言動には反応してるもんね。
区画内の房にはチェルビレオが10頭くらい待機しているが、側を通る私達に全くの無関心で、好奇心旺盛なコルヌエイコスと違って全然視線を感じなかった。
「姫殿下、こちらの区画は白豹アルパルドスでございます」
ロベールおじ様に促されて次の区画に行くと、そこに居るのは大きな白ヒョウに見える。角と翼も白い。
「近衛騎士のアンリ・ル・ヴィ・ジラールでございます」
「あら? ジラール子爵? イザベルのお父様ですよね? いつもお世話になっております」
「こちらこそ、娘イザベルがいつもお世話になっております。また、この度は下の娘ヴァレリーを側近候補に加えていただきました事、心から感謝申し上げます」
「はい。ヴァレリーには、もう少しお祖母様の所で修行してもらう事になっております」
私がにこやかに返答すると、ロベールおじ様が割って入って、会話の軌道修正をしてくれる。
「ゴホン。アンリ、説明を頼む」
「はっ。私の騎獣は白豹アルパルドスでございます。多少気まぐれな所もございますが、基本的には温厚な性格でございます。魔物に対する嗅覚が鋭い分、警戒心も強うございます。鋭い爪を持っておりますので、決して近付かないでください」
「引っ掻くのですか?」
「私の騎獣は、人間に対しては爪を隠す、と約束しておりますが、他の騎獣の事は判りませんので、一般的な習性をお伝えしております。魔獣の本能で、動く小動物をオモチャにして遊んだりしますから念の為でございます」
あひゃー、ネズミ扱いされちゃうの?
私なんか小さいから、猫パンチ一発で吹っ飛びそうだもんね。
悠々と寝そべっている姿は可愛いけど、近付くのはやめとこーっと。
ジラール子爵にお礼を言って次の区画に行くと、騎士が一人出迎えてくれた。
「アデリエル王女殿下、第一騎士団のベルナール・ル・ランドアと申します」
サッと片膝をついて胸に右手を当てた彼は、さっき玄関で会ったお兄さんだ。
私がニッコリすると、ロベールおじ様が指示を出す。
「ベルナール、君の騎獣を説明してくれ」
「はっ、私の騎獣は青狐ケリュビペスでございます」
ベルナールが立ち上がって手で指し示す房には、狐と言うにはちょっと不思議な動物がお座りしている。顔はフェネックで額に小さい角が生えているけれど、身体はゴールデンレトリバーの様にがっしりしていて翼がある。そして、全体的に大きくて青味がかった灰色なのだ。
「ケリュビペスは、アルパルドスと同様に嗅覚が鋭く警戒心が強いのですが、その反面、好奇心も旺盛でございます。また、他種の魔獣より聴覚が優れているという特徴がございます」
「なるほど。だからお耳が大きいのですね?」
「私の騎獣は、今も興味津々で聞き耳を立てておりますが、警戒して近付いて来ないでしょう?」
そう話している間も大きな耳が縦横にピコピコ動いている。
性格的にはキツネというより犬と猫が合体した様な感じなのかな。
「我が騎士団ではケリュビペスを騎獣にしている者の数は少ないのですが、各領地の騎士団には多い種類でございます」
「それは、騎獣にする魔獣は領地によって違う、という事ですか?」
「そうでございますね。魔獣の生息域による地域性がございます。王都では繁殖をしている者の所での出会いが主流になっておりますが、特に辺境では自分で魔獣を狩る方が多いと聞いております」
「そうなのですね。地域性が関係するなんて事は、よく考えてみたら当たり前の事ですよね。ランドア卿、教えていただきましてありがとう存じます」
「はっ、光栄であります」
私がニッコリ笑ってお礼を言うと、とても嬉しそうに笑ってくれた。詰め所でのお願いが効いたのか、ランドア卿はとても柔らかく優しく接してくれた。
次の区画に向かうと、マルクが声をかけてきた。
「姫様、次は私の騎獣をご紹介する事になっておりますが、私達が近くに居る事に気付いた様ですので、おそらく房の柵から顔を出してこちらを見ているはずです」
「まぁ、気付いているのですか? どうして?」
「私の匂いですよ。バハンと私は大の仲良しなのです。まあ見てください」
マルクがニコニコしながら私の前を歩き出すと、区画の入り口で立ち止まって私を制止する。マルクが指差す方を見ると、大きな犬が区画の中程の房の柵から顔を出してこちらを見ていた。
「こちらは雷犬トニルムキニスの区画でございます」
ほらねという表情のマルクの誘導で、マルクの騎獣の前に歩いて行く途中で見た房の中には、ドーベルマンの体にシェパードの顔がついているという感じの大型犬がいた。体と翼は黒っぽい茶色で、首から顔にかけては明るい茶色になっている。近くで見ると、人が乗れるほど大きい。
「姫様、トニルムキニスは温厚な性格で忠誠心に厚く、決して人に危害を加える事はありません」
大型犬の特徴そのままという事かな?
人懐っこいといいなぁ。
「バハン、私がお仕えする方だよ。覚えているだろう?」
マルクがそう話しかけると、バハンはくうんと一声鳴いて返事をした。
「姫様、トニルムキニスはフェラの犬と同様に嗅覚が優れております。バハンの顔の前にお手を出していただければ、バハンが姫様の匂いを覚えます。万が一の時はバハンが追跡しやすい様にさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろん大丈夫よ。マルク、バハンは私が撫でたら怒るかしら?」
「おそらく大丈夫でしょう。一度でも触れさせてくれれば、撫でても怒らないと存じます。今はバハンの拒否感を感じませんので」
私は、ペルルに続いての撫で撫でチャンスにドキドキしながら、バハンの鼻先にそっと手を差し出す。バハンは、クンクンと私の手の匂いを嗅いでから、私の掌に鼻を押し付けて、私の魔力を少し吸い取った。私がビックリしてビクッとなると、バハンは私を宥める様に掌をペロリと舐めた。
気のせいかなぁ?
バハンったら私の手を舐めた後、ニヤリと笑った気がする。
私は、バハンの角に触らない様に気を付けながら頭を撫でて話しかける。
「こんにちは、バハン。私はアデルよ。いつもマルクと一緒に私を守ってくれてありがとう。これからもよろしくね」
するとバハンは、ワオンと一声鳴いて私の手に自分から頭を擦り付けてきた。
「バハンは、相当姫様の事を気に入った様ですね」
「そうだと嬉しいけど。バハン、撫でさせてくれてありがとう。またね」
私は、ロベールおじ様に促されて次の区画に向かった。この区画は、少し狭くて房が五つしかない。
「姫殿下、こちらは鉄虎フェルムティグリスの区画でございます」
房の中には、白と黒の縞模様のトラが寝そべっている。
あれ?
翼が無いから無翼種なのかな?
確かルルスは武人の騎獣に向かない、って、
前にセブランが言ってた様な気がするんだけど…。
はて? と考え事をしていたら、近衛騎士を連れたお父様がやって来た。
「アデル、待たせたか?」
「お父様? どうしてここに?」
「ははは、驚いたか? 実は、私の近衛のリュカの騎獣がアデルの教材に選ばれたと聞いたのだが、肝心のリュカがロベールを君に付けた上、自分まで抜けては私の護衛が減る、と言って説明役を断ろうとしたのだよ。だから、私がリュカに付いて来た。これなら私の護衛は減らないだろう?」
いやいや、それはただの屁理屈だよね?
お父様が来たかっただけでしょうに!
ご機嫌なお父様を横目で見ながら、ロベールおじ様が額を押さえて唸っている。
それを尻目にお父様は、勝手に進行し始めた。
「リュカ、まずは自己紹介からだぞ」
「は。王女殿下、私はリュカ・ル・グラーチェスシルヴァと申します」
「いつもお父様の護衛をしてくださっている方ですよね。お顔は存じ上げておりましたけれど、グラーチェスシルヴァ伯爵家の方だとは存じませんでした」
「はい、私は領主の末の弟でございます。領地で騎士をしておりましたが、前騎士団長にお声がけを頂きまして、近衛騎士を務めさせて頂いております」
「まぁ、お祖父様に? お祖母様のご実家の方ならご縁があっても当然ですわね」
私はリュカと普通にお父様の近衛騎士として接しているけれど、血縁上はリュカはお母様のいとこだから、リュカから見て私はいとこの子である従姪になる。
リュカに子どもがいれば、その子は私のはとこになる訳だ。
てか、お父様から見たら妻のいとこじゃん。
だからこんなに親しげなんだねぇ。
この国の法律では父方の血族のみが親戚と認められ、母方の血族は親戚とは認められない。
王家では、表向きの理由は利害関係が発生するため、実際の理由は六つ柱の大神との契約を秘密にするため、法律に忠実に親戚付き合いをしている。
一般的には、相続などの法的根拠が必要な場合を除いて、母方の血族とも親戚としてのお付き合いをしているらしい。
結局のところ、この法律は王家の秘密を守るために必要不可欠なのだ。
「僭越ながらご説明をさせていただきます。私の騎獣は、鉄虎フェルムティグリスでございます。私の故郷は領地の半分が結界の外になりますので、領民を守るために魔物の討伐に頻繁に出ておりました。大森林に接した所に魔物討伐で出た折に、このフェルムティグリスと出会いましたのです。
フェルムティグリスは、白と黒の縞模様という目立つ外見をしておりますので、一目で判別できます。また、魔獣の中でも魔力量が多く、強さは一番だと言われております。
翼は、肩の所に飾りの様に小さい物がございますが、飛ぶ時に羽ばたく事はありません。角は、額に宝石の様な形の物がございます」
あー、本当だ!
角が円錐形じゃない!
四角錐だよ。
しかもひし形!
宝石に例えるなんてステキだよね。
「性格は孤独を好み、単独行動をとります。また、自分より弱い人間に従う事を、良しとしない個体も多くおります。前足を一振りするだけで魔物を吹き飛ばせる力がありますので、不用意に近付いては危険な魔獣でございます」
「確かに、そう言われて納得できる貫禄がありますね。リュカ様の騎獣のお名前は何というのですか?」
「はい。ブルネでございます。瞳が美しい満月のようだ、と思いましたので」
「本当に綺麗な瞳ね」
ブルネは、寝そべったままでこちらを見てはいるものの、頭を上げようとはしなかった。
私は、美しい獣は眺めているだけで良い、と心から思ったのだった。
リュカの説明が終わると、私に同行したい、と言うお父様に、ロベールおじ様と近衛騎士達が仕事に戻る様に言い聞かせていた。
宿題をサボろうとする子どもみたい。
仲良しのいとこ同士、好きなだけ戯れてるといいよ。
「お父様、わたくしの為にお時間を割いてリュカを寄越してくださってありがとう存じます。お陰様で良い勉強になりました。お父様のお仕事の邪魔をしてしまって本当に申し訳ございませんでした。この上はどうぞお仕事に戻ってくださいませ。わたくしは引き続き見学を続行いたしますね」
ニッコリ笑ってそう言った私は、自分の側近を連れて、次の区画に向かって歩き出す。次の区画も五つくらいしか房がない様子で、説明役の騎士が既に来て待っていた。
すぐにロベールおじ様が追いついて来て
「姫殿下、陛下は執務に戻られました。助かりました」
と、小声でお礼を言った。
「こちらこそ、却ってお手間を取らせました。お父様には、夕食の時に何か言われるでしょうけど、わたくしの見学を優先させていただきますわ」
私がツンとして小声で言えば、ロベールおじ様が苦笑している。
「団長、説明を始めてもよろしいでしょうか」
「おう、頼む」
声をかけて来た騎士は、かなり体格の良い強面のおじ様だったが、とても優しい声をしていた。
「王女殿下、私は第一騎士団のロラン・ル・リネールと申します。本日は私の騎獣をご披露させていただきます。よろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
「まずはこちらをご覧ください」
ロランが指し示した房にいるのは、大きな青いくまのプーさんだ。床に座って壁に寄りかかり、後ろ足を投げ出している。
ロランが房に近付くと、青いクマものっそりと立ち上がって前に出て来た。
「私の騎獣は、空熊エテルウルサでございます。角は、頭上の耳の後ろにバラの蕾くらいの大きさの角が2本ございます。そして、背中に体の大きさの割に小さい翼があります。どの個体も青や紺などの空の色をしていますので、空熊と呼ばれています。
エテルウルサは、個体数が少なく繁殖もされておりませんので、特徴として私が言えるのは、このリアンの事になります。リアンは、普段は大人しいのですが、腹が減ると気が荒くなります。そんな時は、腕力が発達していますので、木と相撲をして引っこ抜いたりします。そのくせ寂しがりやで1日以上顔を見せないと元気が無くなります。
私の故郷、ニゲレオスモンス領では何頭か見かけましたが、王都の騎士団には、リアン一頭だけでございます」
「希少種なのですね」
「左様でございます」
いくら寂しがりやでもクマだもの。
相撲の相手をさせられたら死んでしまうわ。
クワバラクワバラ、近付くのはやめとこーっと。
「リネール卿、お忙しい所お時間を取っていただきましてありがとう存じます。
とても勉強になりました」
「姫殿下はお疲れではありませんか?」
「おじ様、わたくしは大丈夫です。さあ、次に参りましょう」
「はい。では、次は走竜クレチェルタの区画でございます。コルヌエイコスの次に数が多い騎獣でございますよ」
「走竜? 竜種なのですか?」
「いいえ、名前に竜と付いているだけです。ご覧になればお解りいただけますよ。ヤン、説明を頼む」
ロベールおじ様が説明役の騎士に声をかけながら入った区画にいたのは、竜種ではなく、カンガルーに似た動物に翼が生えている魔獣だった。全体的な色味が青緑系でトカゲっぽいし、確かに立ち姿のシルエットがドラゴンに似ていると言えなくもない。
「王女殿下。私は、シルヴァプレ第二王子殿下の護衛騎士を務めさせて頂いておりますヤン・ル・ブクリルと申します。私からは走竜クレチェルタのご説明をさせていただきます。
まず、クレチェルタの外見の特徴としまして、他の魔獣は基本四つ足で歩くのに対し、クレチェルタは後ろ足で立って二足歩行をいたします。前足はご覧のとおり後ろ足に比べて小さいので、ゆっくり動く時や立ち止まった時に地面につく程度でございます。また、飛ぶ時には太くて長い尾でバランスと舵をとっております」
「二足歩行するから名前に竜とついているのかしら?」
「名前の由来は、クレチェルタの飛ぶ姿がドラゴンに似ているからだと聞いております」
ドラゴンが実在するのね。
あれ? ドラゴンって魔物なのかなぁ?
あらら、魔物の勉強もしなくちゃだわね。
おっと、脱線。
今は騎獣に集中!
「能力の特徴としましては、前傾姿勢で飛びますので、飛行速度が速いという事が挙げられます。性格は、好戦的で魔物に臆する事がありません。仲間意識が高く、野生のものは群れで行動します。子育ても群れ全体で行う事が分かっています」
ヤンは、一つの房の前で立ち止まり、説明を続ける。
「こちらが私の騎獣です。飛ぶ姿を想像しやすい様に鞍を着けました。ここに来てボルデニョイ、王女殿下に見せて」
ヤンが呼ぶと、ボルデニョイはトットッと軽快な足取りで近付いて来た。
「この様にクレチェルタには、特殊な鞍が必要になります」
鞍を見ると、馬に着ける鞍よりお尻の支え部分が深くなっている。二足で立つ時に上体が起きるからだろう。ボルデニョイの顔を見てみると、目がクリクリしていてとても可愛い。
「可愛い目をしていて、とても好戦的には見えませんね」
「そうですね。統計的にはそうなっていますが、私の印象としましては、好戦的と言うより短気と言った方がしっくりいたします」
「ブクリル卿の説明は、とても丁寧で解り易かったわ。お時間を割いていただいてありがとう存じます」
次の区画に入ると、干し草の匂いが強くなった様な気がした。
説明をしてくれるのは、騎士という肩書きが不似合いな、可愛らしい感じの女性騎士だった。こういう人を姫騎士と言うのだろう。
「アデリエル王女殿下、お待ちしておりました。私は王妃様付き護衛騎士のシャルロット・ル・シュバリエと申します」
「わたくし、何回かお見かけしましたわ」
「そうでしたか。私は、この見てくれですから屈強な殿方には向かない、お茶会のような華やかな女性の集まりでの護衛が多いので、王女殿下のお目に止まっていたとは存じませんでした」
シャルロット様は、一礼をして、女性の扱いに慣れた仕草で挨拶をした。
「早速ですが、ここは金牛ペコリャヴァッカの区画でございます」
シャルロット様が歩き出したので、追いながら周囲を見ると、各房に赤茶色の牛がいる。
ん?
和牛?
魔獣?
目の錯覚?
「王女殿下、こちらが私の騎獣です。ブエルこちらはアデリエル王女殿下だよ」
しっかり肩から翼が生えているのが見えているのに、どこから見ても赤毛和牛にしか見えない。
「こんにちは、ブエル。お会いできて光栄です。今から貴方の事を、教えてもらいますね」
「まず、ペコリャヴァッカの一番の特徴は、頭が良いという点でございます。どの様に良いのかと申しますと、他の魔獣より深く思考する事ができる様で、例えば、危険を知らせる時に、その原因や解決策を提示する事が出来ます。魔獣の中で一番賢いのは、真猫ヴェルフェレスだと言われておりますが、騎獣にできる魔獣の中で一番頭が良いのはペコリャヴァッカでございます。至って温厚で控え目な性格をしておりますので、私の家では放牧をしております」
「飛んで逃げたりしないのですか?」
「主人持ちの騎獣は、遊びに行っても主人の所に必ず戻りますので大丈夫です」
「そうなのですね。ところで先ほど仰ったヴェルフェレス? というのはどういう魔獣なのですか? 騎獣にできない理由は?」
「ヴェルフェレスは、普通サイズの猫に可愛らしい翼が生えた角がない魔獣でございます。ですから乗ったら潰れてしまいます」
「まぁ!」
驚いた私は、いたずらっ子の様な表情のシャルロット様と、顔を見合わせて声を立てて笑う。
「貴族の中にはヴェルフェレスと主従関係を結んで、ペットの様に可愛がっておられる方もいらっしゃいますよ」
「それはステキですね。わたくしもヴェルフェレスを見てみたいです」
多種多様な魔獣を見学できて、その都度、騎士が説明に付いてくれる。
なんて贅沢な学習環境でしょう。
アデルの知らぬ間に、家族が奔走してくれたお陰です。
次回は、その実態が判明します。




