闇の神ティーネブラスと心の機微
前回、側近とアデルにスポットを当てたくて、敢えて外した部分を書いています。
時系列が少し前後しますが、ご容赦ください。
時間を少し巻き戻して、神殿に向かう『神殿通路の神具』の中
エレベーターの部屋に入ると、いつもの様に扉に鍵をかけたお父様が、壁の魔法陣に魔力を流し込む為に魔法陣に歩み寄った。
それを見ていた私は、ふと疑問に思った事をお父様に投げかける。
「お父様、この部屋は誰の魔力でも動くのですか?」
振り返ったお父様は、私を見て答える。
「いや、この『神殿通路』は神具だ。神の御力で創られているから、他の魔道具と違って誰でもという訳にはいかない。名を賜った者の魔力にのみ反応する」
「では、私も動かす事ができるのですね?」
「アデルはまだ、魔力操作を学んでいないから無理だな。デアラピスや神殿の魔法陣は魔力を吸い取るが、これらの神具や魔道具は魔力を流し込まねばならない。
どんな道具にも適量があるし、それらの事はノビリタスコラで学ぶ事になる。魔力操作が出来るだけの心と身体に成長してから学ぶのだよ」
「心と身体?」
「そうだ。特に精神力が物を言う。魔力操作を誤ると魔力が暴発するから…」
途中で話を止めたお父様が私の顔を見て、大仰に溜息を吐いてから私を諭す。
「ハーッ。アデル、君は今8歳だ。精神年齢に前世の年齢を換算してはいけない。君の場合は充分な精神力があるかもしれないが、身体は違う。君の身体はまだ8歳なんだよ。勝手に試してはいけない。解ったね」
あらら、バレちゃった!
こっそり試してみようと思ったのに…。
笑って誤魔化しとこう!
私の顔をジッと見ていたお父様が、私に追撃する。
「可愛い顔をして見せてもダメなものはダメだ。返事は?」
「はぁい、解りました、お父様」
ちぇっ!
見破られたかぁ。
仕方ない、ここは我慢するかぁ。
せっかく魔法が使えるファンタジーな世界にいるのになぁ!
私とお父様のやり取りを黙って見ていたお母様が、微笑みながら私に注意する。
「アデル、お口が尖っていますよ。淑女が人前でそんな顔を見せるものではありません。ホラ、周りを見てご覧なさい」
私がハッとして周囲を見ると、お兄様方はニヤニヤして私を見ているし、おじ様方は笑いを堪えている。
しまった!
顔に出てたかぁ。
失敗、失敗。
気を付けよう!
私が両手で頬を押さえて顔を引き締めている間に、お父様は魔力を流してエレベーター、もとい『神殿通路の神具』を動かしていた。
「着いたぞ」
神殿は、いつ訪れても清浄な空気で満たされている。前回と同様、家族全員で魔法陣に入って跪くと、お父様がいつもの祝詞を奏上する。
掛けまくも畏き六つ柱の大神
光の女神 ルーチェンナ
闇の神 ティーネブラス
火の女神 フランマルテ
水の神 オークレール
土の神 ソルテール
風の女神 ラファーリエ
神殿の大前を拝み奉りて恐まりて申し上げ奉る
六つ柱の大神の広き厚き御加護を辱く奉り
高き尊き御教のままに直き正しき真心以ちて
誠の道に違ふ事無く負ひ持つ業に励まし給ひ
家門高く身健かに世の為人の為に尽くさしめ給へと恐まりて申し上げ奉る
足元の魔法陣に魔力が吸い取られて魔法陣が輝き出すと、六体の神像が其々の属性の色に輝き出す。天井の光源から一条の光が差し込むと御台が照らし出され、光の中からレオアウリュム様が顕現した。
「おや、今日も家族全員で来たんだね。やぁ、ルーチェステラ、久しぶり」
「お久しゅうございます、レオアウリュム様。本日も家族全員で参りました。
先ずは、御礼を言上させていただきます。前回、光の女神ルーチェンナ様より賜りました情報のお陰様をもちまして、一族一同、ようやく胸の支えが下りましてございます。加えて、六つ柱の大神のお陰様をもちまして、亡き父の無念も晴れた様に思われます。心から忝く有難く存じます」
お父様の言葉に合わせて家族全員で頭を深々と下げる。後方で、おじ様方も頭を下げている気配がする。
「うん、ちょっと待ってね」
レオアウリュム様が目を閉じて静かになる。しばらくして、目を開けたレオアウリュム様はいつもよりやや低めの声で話し出した。
「受け入れ難き事なれど、我らが加護を授けた甲斐なく、プリーミスアレックスとの約束も果たせず…。直系のコントラビデウスであるベアティトゥードが、助けを求める末期の声に間に合わなかった。故に、ベアティトゥードに申し訳なく思うておった。思いがけず彼の真実を知って、其方達に黙っている事が出来なかっただけである。故に礼は要らぬ」
「恐れ多い事でございます」
いつもの声に戻ったレオアウリュム様が、お父様に尋ねる。
あれ?
さっきの声は、誰の声?
「ルーチェステラ、何か報告があったかな?」
「はい。前回、名を賜りました新領地フィデスディスレクスの新しい領主を任命し、その者に新領地の名を名乗る事を許しました。ご報告は以上でございます」
「うん、確かアールブムビィアの子だったよね。…重畳であった。だってさ」
今度は軽く目を閉じるだけだったレオアウリュム様は、すぐお父様に返事をした後、私にとっての本題に入った。
「それじゃあ、ティーネブラスに代わるね」
レオアウリュム様がフワリと浮き上がって、くるりと前転すると同時に光がバッと広がって、光の中心部分から蒼みを帯びた闇が滲み出てくる。その蒼みを帯びた闇は、ジワジワと広がって人の形に変化していく。
そうやって顕現したのは、紺色のストレートな長髪に金色の瞳の、美丈夫という言葉がピッタリの青年だった。古代ローマの皇帝のような長衣を纏っている。
「我は闇の神ティーネブラスである。其方がルーチェオチェアーノスか?」
ティーネブラスは、いきなり私に話しかけてきた。私は、お父様を飛ばして話しかけてくると思っていなかったので、ちょっと面食らいながら挨拶する。
「はい。私が、ルーチェオチェアーノス・ル・セス・コントラビデウスでございます。お初にお目にかかります」
ティーネブラスは私の答えに頷いて、何も言わずに私をジッと見つめている。
私は、何か用事があるから会いたかったのじゃ無いのかな? と思いながら、不敬にならない様にティーネブラスを見つめ返して、何か言うのを待っていた。
たっぷり30秒ほど見つめ合った後、ティーネブラスがフッと笑った。
「ルーチェオチェアーノス、其方のその若葉の様な瞳は、真に汚れなく美しい。
それが我には不思議でならぬ。何故、その様に居られるのだ?」
え? 私の瞳?
いや、あなたの言葉の方が不思議ですけど…。
遺伝で緑色だけど、そういう事を聞きたい訳では無いよね、きっと。
「申し訳ございません、ティーネブラス様。仰せの言葉の意味が解りません」
「む?そうか。然れば…。我は闇の神、冥界を司る者。これまで数多の魂を扱って参ったが、其方の様に理不尽な仕打ちを受け続けてなお、魂が歪まぬ者を見た事が無い。其方の魂は、僅かな傷も無いのだ。それが不思議でならぬ。其方はその理由を存じておるまいか?」
「私の魂が? 歪みも傷も無い? のでございますか。ティーネブラス様は、私の前世の事を仰せなのでしょうけれど、私には全く見当もつきません。私は、前世では人並み以上に傷付いたり、苦しんだり、羨んだりいたしました。傷が一つも無いなんて事はある筈がございません」
「ああ、我は心の話をしておるのではない。魂の話をしておる。なるほど、其方には違いが解らぬか。では、どの様に問うてみようか…。ふむ。其方が辛い時、どの様な事を考えるのか教えてくれぬか?」
「辛い時でございますか」
辛い時ねぇ。
生まれ変わってから辛い事なんて無かったからなぁ。
そうだなぁ。
まず辛い事の原因を考えるよねぇ。
何が辛いのか、とかさ。
相手がいる場合もあるよねぇ。
そんで、その原因が判ったら解決法を考えるよねぇ。
自力で解決できるなら、解決する努力をするよねぇ。
自力でどうにもならなかったら…うーん、どうしてたっけ?
諦める?
切り捨てる?
無視する?
辛くないと自分に言い聞かせる?
とにかく、自分の弱さに負けたくないんだよね!
辛い時こそ自分の弱い心との真剣勝負だかんね。
あとは、自分で納得できる着地点を探る…くらいかなぁ…。
考え込んだ私の思考と会話するかの様に、ティーネブラスが尋ねる。
「左様か。では、妬みや嫉みは無いのか?」
思考の途中で突然声を掛けられた私は、ビクッと体が跳ねてしまう。
あー、ビックリしたぁー!
もしかして、私の思考、読まれてますぅ?
「左様である」
「申し訳ございません。言葉遣いが…」
「構わぬ。して、妬みや嫉みは無いのか?」
「もちろん、ございます」
「妬み嫉みの結果、其方は如何なる言動をするのだ?」
「…特に何もいたしませんが…」
「はて、何もしない。それは何故だ?」
えー、何?
そんなの、言わなきゃダメ?
あー、はいはい。
「妬み嫉みという感情は、人間ですから誰にでもある感情だと思っております。
私にとって妬みや嫉みは、自分の心の弱さだと考えております。私は、自分の弱さに負けるのが嫌なのでございます。だから、妬みも嫉みも心の中で捻り潰します。そうすれば言動に出さなくて済みますから、自分の事を嫌いにならずに済みます」
「ふむ、己を嫌わずに済む。それが其方にとって大切なのだな?
では、それは何故だ?」
なんか突っ込んで来るなぁ。
前の事を思い出すの、今となってはしんどいんだけどなぁ。
「前世では、私の事を心から好きでいてくれたのは母親だけでした。他の誰からも好きになって貰えないのなら、せめて私だけは私の事を好きでいたかったのです」
沈黙が神殿を支配する。
私は、ティーネブラスの問いに答えながらあの頃のどうしようもないやるせなさを思い出していた。
自分が傷付く痛さを知っているのに、他人を傷付けるなんて酷い事、
私には出来ないし、したくない!
そんな事したって、憂さは晴れないよ。
自分が惨めになるだけだもん。
神にはこんな人の心の機微は、解らないんだろうなぁ。
解らないから、無神経に聞けちゃうんだろうね。
今の私にとっては思い出したくない事まで、脳裏に甦る。
ああ、くそっ!
いや、怒ったらダメだ!
怒りは心の目を眩ませる。
落ち着け、私!
「済まぬ。其方を泣かせるつもりは無かった」
「え?」
自分の頬に手をやると、涙で濡れている事に気付いた。
お母様がハンカチで私の涙を拭いて、そのまま抱きしめてくれる。お母様の体温の暖かさに包まれたので、気持ちが凪いで周囲を見る余裕ができた。お兄様方も、おじ様方も、心配そうに私を見ている。
それまで黙って見守っていたお父様は、不敬にならない様に気を付けながら、
ティーネブラス様にお伺いを立てる。
「ティーネブラス様、こちらから先に話しかける無礼を、何卒お許しくださいますようお願い申し上げ奉ります」
「其方はルーチェステラか。皆まで言うな。我が悪かった。我は知りたかっただけなのだ。二度とせぬ。我らが愛し子の、その汚れなき清らかな魂を、我が壊すような事にでもなれば…。ああ、なんと悍ましき事よ」
私は、お母様の顔を見て、一度ギュッと抱きついて大丈夫と呟く。
大丈夫、ちゃんと現実にいる。
そう、今の私は、前世の私と違う。
あの苦しみは、もう終わっている。
顔を上げた私は、お母様の腕の中からティーネブラス様に問いかける。
「ティーネブラス様、私の前世の記憶はいつでも好きな時にご覧いただいて構いません。今の私は両親と二人の兄に充分な愛情を貰っていますから、辛い事が無いのです。魂の事は、只人の身である私には判らない事だと存じますので、どんな質問をされても、私が明確な答えに辿り着く事は無いと存じます。それでお許し願えませんでしょうか」
「相解った。ルーチェオチェアーノス、許せ」
「恐れ多い事でございます」
「ルーチェステラ、其方の家族が互いに想い合い、愛に満たされている事が我らの喜びである。ただ、我らにも制約があり、箱庭に顕現するにも依代が必要である故、ベアティトゥードの様に手遅れになってしまう事もある。今後、我らが喜びを理不尽に失う事が無くなる様、より一層の意思疎通を図りたい」
神様も理不尽なんて思うんだ!
理不尽な目に遭わせるだけかと思ってたよ!
こりゃ、認識を改めないといけないかな?
ティーネブラスは、一人一人の顔を慈しむように見ながら、去る前の口上を口にした。
「ルーチェステラ、ルーチェオチェアーノス、ルーチェステラの伴侶、ディーヴァプレ、シルヴァプレ。我らが親愛なるコントラビデウスの一族よ。これからもこの箱庭の事を頼む」
ティーネブラスの周りを払暁の空の様に美しい藍色の靄が取り囲み、カッと一瞬眩しく輝いた。その光が収束すると、レオアウリュム様を形作る。宙に浮いていたレオアウリュム様が、トンと軽やかに御台の上に降り立つと、そのままぺしゃりと伏せてしまう。
「ルーチェステラ、何か質問があるかい?」
「恐れながらお尋ねいたします。ティーネブラス様は何故、急にルーチェオチェアーノスの魂の事を気になさったのでしょうか。何か不吉な事でもございましたのでしょうか?」
「ああ、あれは本当に興味本位での事だから他意は無いよ。隣国の王弟の魂が酷く歪んで傷だらけだったみたいだから、それでじゃないかな。心配する事は何も無いから大丈夫。他には?」
「いいえ、ございません。御教を賜りましてありがたく存じます」
「ルーチェオチェアーノスは何か質問があるかい?」
「いいえ、特にございません」
「うん、分かった。じゃあ、今度は僕からのお願いね。オークレールとソルテールもルーチェオチェアーノスに直接会って話してみたいと言ってるんだよ。僕は一人しかいないから二人一緒にという訳にはいかなくてね。だから、2の月と3の月の終わりの日もルーチェステラと一緒に、ルーチェオチェアーノスに来てもらいたいんだ。ああ、もちろん家族みんなで来てくれて構わないよ。お願いね」
「かしこまりました。あの、レオアウリュム様はとてもお疲れのご様子ですが、大丈夫なのでしょうか」
レオアウリュム様は、神の依代になる度にぺちゃって潰れてる。
すごく大変そうなんだけど、いいのかなぁ。
「ありがとう。ルーチェオチェアーノスは優しいね。でもこれは僕の大切なお役目だから、大丈夫だよ。じゃあ、何も無ければ僕はこれで帰るよ」
レオアウリュム様の言葉に、お父様がいつもの様に感謝を伝える。
「レオアウリュム様、本日も多大なご配慮を賜りまして、誠に有難く存じます。
これからも我らコントラビデウスをお導きくださいますようよろしくお願い申し上げます」
頷いたレオアウリュム様がすっくと立ち上がると、天井の光源から一条の光が差し込んだ。その光がレオアウリュム様を照らし、光に溶ける様に姿が消える。一条の光が消え、神殿内に静寂が戻ると、お父様の合図で立ち上がってエレベーターの部屋に向かった。
なんかもう、凄く疲れた。
特にメンタルが!
エレベーターの部屋に入ると、お父様が私に向かって顔を歪めながら尋ねる。
「アデル、今まで君の前世の事は『過度な知識の流布』を禁じられた事もあって、私達から尋ねた事は無かった。しかし、先程のやり取りと君の涙を見て、私は父親として知っておくべきだと感じている。一度きりだ。二度と聞かないから、私に君の前世の事を教えて欲しい。特に、ティーネブラス様が仰せになっていた理不尽な仕打ちという部分を教えてくれないか?」
あらら、お父様が心配で堪らないって顔になってるよ。
だよね。
心配かけちゃったな。
ティーネブラスめ、私を泣かせただけじゃなく、家族まで泣かせる気か?
もう!
「分かりました、お父様。私の人生はリセットされていますから、今の私にとっては全てもう終わった事なのですけど、黙っている事で家族に心配かけるのは不本意なので…。今回だけですよ?」
と答えれば、お母様が
「アデル、私も一緒に聞かせてちょうだいね」
と真剣な顔で言うので、お兄様方、おじ様方の顔を見回して提案する。
「であれば、ここにいる皆様に聞いていただいて、聞き終わったら忘れていただくのはいかがでしょうか」
「解った。聞いて聞き捨てという事だね。では、このまま私の応接室に行こう」
私達はエレベーターの部屋からお父様の居間に戻り、そのまま応接室に移動した。
応接室では、イザークおじ様が盗聴防止の魔法を展開してくれたので、皆様の気が済むまで前世の話をしようと思う。前世の事で、私の過去の出来事を話すのは、最初で最後、この場限りだ。
神殿でティーネブラスとやり取りした後なので、意外に感情的にならずに淡々と話す事ができたと思う。質問にも隠し事無く答える事ができた。
話をしているうちに、私の中で前世は既に過去になっているのだ、と腑に落ちる思いがしたものだ。私にとっても、過去の感情をどう消化しているのか確認できる良い機会になったのである。
ある程度の質問に答えたところでお母様が、そろそろ昼食の時間だからこれ以上はもういいのではないか、と言い出した。私は、二度とこの手の話をするつもりが無いので、皆が納得できたのであれば終っても良いと思った。お母様は、お父様を厳しい目で見つめて、子どもが食事をおざなりにする弊害を述べている。
うーん、これも夫婦のアイコンタクトだよね。
ラブラブ以外のバリエーションは初めてだけど、私には意味がわからないなぁ。
知らぬが花って事だね。うん。
お父様は重々しく頷いて、この場を解散させた。
昼食は、食堂で家族揃って取ることになった。その日は、オデットの最後の出仕の日だったので、昼食の支度をお世話してもらって、気持ちを切り替えながら食堂に向かった。
食堂では、応接室の重苦しさを引きずりたく無かったので、明るい話題になれば良いと思いながら、私が今一番興味がある魔力操作についてディー兄様に質問してみた。
「ディー兄様は、もう魔力操作を学ばれているのですか?」
ディー兄様はまだ重くなった気持ちを引きずっているらしく、硬い声で答える。
「ああ、ノビリタスコラの一年生になってすぐの授業で学んで訓練を始めた。魔力操作は、センスが大事なんだ。魔力量が多い人ほど細かい調整が難しいらしくて、魔力量が少ない人の方が早く上達するみたいだね」
「ディー兄様はどうだったのですか?」
私は敢えて興味津々の風情で明るい声を出して尋ねてみた。すると、ディー兄様の声がいつもの調子に戻ったようだ。
「私は魔力量が多い方だけど、すぐにコツを掴んだよ。苦労している人には申し訳ないほど、あっさりできたからね。だから、アデルの洗礼の時も扉の魔石を扱わせてもらえたんだよ」
そういえば私の洗礼のお披露目会の時、王家の控室の壁に魔石があって、ディー兄様が魔力を流し込むと扉が現れた事があった。
「そうでしたね。あの時は何も解らなかったので、そういう物なのだろうと思っていましたけれど、色々と教えていただいた今ではあれが凄い事だったと解ります。ディー兄様は凄いです」
「はははは、ありがとう。アデルにそう言われるのは嬉しいものだね。ところで、シルもそろそろ魔力操作について学ぶ頃じゃないかい?」
シル兄様は、私の意図が分かっていると言うように、明るく答えてくれた。
「はい、兄上。来週から本格的な訓練に入ります。僕も魔力量が多い方らしいので少し苦労するかもしれません」
「あら? 魔力量ってどうやって判るのですか?」
「魔法師に魔力を見てもらうんだ。魔法の一種なのかな? 父上はどのような魔法かご存知ですか?」
「ああ、魔法の一種だとは思うが、理論は確立されていない。グラーチェは、自分の魔力を使ってはいるが感覚的なものだから理屈は判らない、と言っていた」
「グラーチェおじ様も見る事が出来るのですね。お父様とお母様は?」
「私は、覚える必要が無かったから習得しなかった。他に学ぶべき事が、たくさんあったからね」
「私も見る事は出来ないの。属性が合わないのかしらね」
属性が合わないとは、どういう事なのかな?
「お母様の属性って何ですか?」
「光・闇・火・風の4属性よ。アデルは全属性だから出来るかもしれないわね」
という事は、水と土の属性が関係あるって事なのかな?
昼食を終えて居間に移ると、食後のお茶が出される。
「アデル、2の月第一週水の日は君の誕生日だが、平日なので私とアデリーヌは昼間は公務がある。だから夕食を共にしてその後の時間を一緒に過ごそう。アデルはそれで良いかい?」
「はい、ありがとう存じます。その日の夕食のデザートにはギャトゥ・フェーズをお願いしても良いですか?」
私の希望に、お母様が楽しそうに賛成してくれる。
「まぁ、それは良いわね。ルーチェ、良いでしょう?」
「ああ、そうだな。建国の日の夜会で、一口サイズのギャトゥ・フェーズを出したのだが、大層評判が良かった。これからも新しいメニューを出せると良いのだが、どうだろうか」
「んー、そうですね。考えておきます」
まずは、六つ柱の大神に確認しなきゃ。
お菓子やお料理でこの国の秩序が乱れるとは思わないけど、私にはまだこの国の知識も常識も足りていない。
それに私のオヤツのメニューは密かに増えているのだ。そのメニューに新技術は必要ないけど、この世界では新しいアイデアかもしれない。それは、立派な新しいメニューになるだろうからね。
応接室の重苦しい空気と違って、いつもの家族の団欒に安心して身を委ねる。
ああ、幸せ!
神の感性と人間の感性の違いと言って良いのか。
人間同士でも有りそうなズレを感じました。
ティーネブラスが人間臭いのでしょうか。
次は、誕生日の話です。




