隣国への神罰
六つ柱の大神が、隣国に神罰を降しました。
神の怒りの原因について、アデル達は神の理とか難しい事を考えているようですが、事はもっと単純で、愛し子であるアデルに危害を加えられた事だったりします。
時を少し遡って、12の月第三週闇の日
隕石の第一報から7日目に、調査に行っていた騎士達が帰って来た。調査結果を受けて、またしても王城内が騒がしくなったらしいが、例によって王宮の自室で、授業を受けていた私には、全く分からなかった。
その日の夕食後、お父様が
「話しておきたい事があるが、少し長くなるので場所を移そう」
と言い出したので、家族全員で居間に移動する。
居間に着いてソファーに落ち着いたところで、食後のお茶が出される。
話があるって言ってたのに、こんなにまったりしててもいいのかな?と思いながらお茶を飲んでいたら、イザークおじ様がやって来て、お父様の隣に座った。
イザークおじ様が来たって事は、公の話になるのかな?
「イザークも来たので始めようか。まずはイザーク、いつも済まぬが説明を頼む」
「かしこまりました。本日、隕石の調査に向かわせていた騎士達が、城に帰って参りました。その報告について、王族の皆様にはご承知おきいただきたい事案が多々含まれておりましたので、陛下のご指示により情報共有させていただきます」
イザークおじ様が、確認する様に私達の顔を見たので、お母様がそれに応じる。
「分かりました。お願いします」
「例の隕石は、隣国のヴァイトランツ辺境伯の別邸を直撃しました。現地に潜入させた騎士の目撃情報では、別邸が跡形も無くなっただけでなく、別邸の敷地全体の大きさで地面が剥き出しになり、中心が大きく抉れていたという事です。隕石落下の衝撃の凄まじさが一目で解ったと申しておりました。
また、その衝撃により起こった突風に、周囲の木々が別邸を中心に放射状に薙ぎ倒され、広い範囲で木が焼け焦げていたようです。
そして、かなり離れた所にある街の建物も酷く損傷しており、隣国の被害は相当大きなものになると思われます」
衝撃波が発生したという事なのね。
科学の概念がないから衝撃波という言葉も無くて…。
だから、突風って言ってるんだよね、きっと。
ここで、イザークおじ様が再度、私達の顔を理解しているのか確認する様に見たので、私は頷いてそれに応える。
「我が国の被害ですが、メリディアムディテ領内の国境と結界の間が、突風の影響を受けました。しかし、幸いな事に人家は全て結界内にありますので、人的被害はありませんでした。国境を守る兵士が、実際にその突風を目撃しましたが、凄まじいものであったと語ったそうです」
突風を目撃、の意味が解らなかった私は、思わず疑問を口にする。
「イザークおじ様、突風って目で見えるのですか?」
イザークおじ様が微笑んで一つ頷くと、私の疑問に答えてくれる。
「国境を守る兵達は、突風が瓦礫や薙ぎ倒された木等を巻き込みながら、轟音と共に迫って来たので、目視する事ができました。その為、物陰に隠れて難を逃れる事が出来たと聞いています。それらの飛んで来た物は、結界に阻まれてその場に落ちているので、今なら結界の境界が目視できると言っておりましたよ。片付けるのが大変だとも言っていたそうです」
「分かりました。お話を遮ってごめんなさい」
「姫殿下なら構いませんよ」
イザークおじ様がニッコリ笑って言えば、それを咎めてお父様が注意する。
「イザーク、続きを頼む」
そのやり取りをお兄様方がニヤニヤしながら見ていた。
「ゴホン、失礼いたしました。今まで申し上げましたのは、騎士が上げた報告の分です。次はメリディアムディテ伯爵からの報告です。伯爵は、商人達が集めてきた情報をまとめて報告してきました。ヴァイトランツで隕石の落下を目撃した民に
『あれは隕石ではなく火の玉だ』
と証言している者が多数おりました。ある者は、
『飛んで来た火の玉は、領主様の別邸の上で一度止まり、炎が大きく燃え上がってから別邸に直撃した。まるで別邸を狙っていた様に見えた』
と証言したそうです。それが本当の事なら実に不思議な事だ、という伯爵の所感が付いておりました」
その不思議な事は、六つ柱の大神の神罰で間違いないのでは?
火の玉なら火の女神フランマルテの仕業でしょ!
だって、お父様から聞いたレオアウリュム様の話にあったよね。
「更に、別邸にいて犠牲になった者の中に、隣国の王弟、ヴァイトランツ辺境伯、イーデンヴィーザ侯爵が含まれていた事が判明しました。イーデンヴィーザ侯爵が隣国の王弟とデクストラレクス侯爵の仲介をした事は、すでに判明しておりましたので、隣国側で、今回の王弟の暴走に関わっていた有力貴族は全員故人になってしまったという事になります」
やっぱり王弟がいたかぁ!
これで六つ柱の大神の怒りが鎮まると良いのだけどねぇ!
「次に、隣国の王城に潜入している者からの報告です。現況を把握した隣国の国王は、これを機に王弟派を一掃するつもりの様です。それが我が国との外交にどのように影響するのかを継続して探らせているところです」
隣国の国王にしてみれば血を分けた弟の排除が一番難しかった事だろう。
それを六つ柱の大神が神罰という形で排除してしまった。
だけど、隣国にその事実を知る者は誰もいないし、こちらが伝える事もない。
あくまでも全て天災として扱われる事だろう。
私が今回の件に直接関わったのは、前世の記憶が戻る前の襲撃のみで、
それ以降はずっと家族に守られていた。
襲撃の記憶が無いのは、前世の記憶が戻る前のアデルが、
忘れたくて記憶に蓋をしたからだ。
そう考えれば相当怖い思いをしたのだろうと思う。
でも、今の私は覚えていない。
だから、隣国に対して恨みのような個人的な思いは何も無い。
精々、隣国の王弟は正真正銘の大馬鹿だと思うくらいだ。
だけどお父様は違う。
国王としての権威を守る事が、国益に繋がるからだ。
隣国の王弟は、我が国を侵略しようとした。
隣国との外交がどの様に転がろうとも、絶対に妥協する事はできないと思う。
「私からの情報の提供は以上でございます」
イザークおじ様が話し終わると、お父様が私の方を向いて話し出す。
「アデル、君が襲撃を受けて三ヶ月以上経ってしまった。事態は思いがけない方向へ進み、主犯である隣国の王弟は事故で死んでしまった。もう、彼の口から真実を聞く事はできないし、罪を償わせる事もできない。君にも思う所はあるだろうが、今後は隣国との外交で決着を付ける事しかできなくなってしまった。
アデルは、父として、国王として、私にどうして欲しいと思っているか、教えてくれないか?」
お父様が私の気持ちを尋ねてくれたのは、とても嬉しい。
でも、本当に個人的に思う事は…!! 一つだけあった!
「お父様、私は父親としてのお父様にこれ以上望む事はありません。だって、充分な愛情をいただいておりますもの。でも、国王としてのお父様には一つだけ望みがございます」
「何だね、言ってごらん」
「二度と王弟と同じ事を考える人が出ない様に、隣国に強く要請して欲しいです」
「アデル、君は襲撃されて外傷を負い、記憶を一部失うほどの恐ろしい目に合っているのだ。本当にそれで良いのか?」
「お父様、私は襲撃の時の恐ろしさを覚えていません。だから私個人というより、この国の利になる事を望みたいです。隣国の王弟の企ては、隣国との戦争に繋がったかもしれないのですよね? 私は今も、これからも、戦争は嫌です」
「判ったよ、アデル。必ず隣国の王に要望すると約束しよう」
ああ、良かった。
お父様が、感心したように頷いて約束してくれた。
「皆も聞いてくれ。今、イザークが説明した事は、明日、親族会議で報告して今後の方針を協議する。隣国と決着が着いても着かなくても、13の月第三週始まりの日に行う予定の宴で貴族達に説明する。本来、子どもは宴に出さないのだが、状況によってはその場にディー、シル、アデル、そなた達にも同席してもらう。心構えをしておきなさい」
「承知しました、父上」
「解りました、大丈夫です、父上」
「かしこまりました、お父様」
そして、7日後のケーキ奉納の時、レオアウリュム様の六つ柱の大神が神託を下したという発言により、外交における前提条件(災害により王弟が亡くなった)がひっくり返されてしまうのだった。
時が戻ってケーキ奉納の翌々日
側仕えオデットの後任を決める為、お母様を通じてお祖母様に面会依頼を出したところ、13の月第一週光の日の昼食時間ならば、ゆっくり面会できるとお返事をいただいていた。今日はその、お祖母様にお会いする日だ。
社交期間は、お母様もお祖母様もとても忙しいけれど、私の為に無理矢理スケジュールを捩じ込んでくれたらしい。お母様とお祖母様に本当に感謝である。
お茶会といえば、お兄様方も、回数は少ないけれどお茶会を開催したり、お呼ばれしてお茶会に行ったりしていると聞いている。
私? 私はまだ早い、とお呼ばれしてもお断りしているらしい。らしいと言うのは、メアリから聞いただけで実際に招待状を見ていないからだ。
どうやら、側近選びのお茶会がきっかけになって、私の妖精姫伝説がひとり歩きを始めたらしく、招待状がたくさん来る様になったのだが、お父様が私の外出を禁じている様なのだ。
例の事件のせいで過保護になっているんだろうな。
カロリーヌ様とフロランス様を招待したお茶会で、事件に関する話題が出た時に気まずくなったし、事件の正式な発表が終わって落ち着いてからでもいいかなと思っている。
お祖母様に会う為に着替えをして王宮の玄関に出ると、既に馬車の用意が出来ていて、お母様が馬車に乗り込んでいるところだった。
お母様の護衛騎士やセブラン達が騎獣に乗っているのを見て、以前ロベールおじ様に騎獣を見せてもらう約束をした事を思い出した。いつになるか分からないけど楽しみだなぁ。
離宮に着くと、そのまま食堂に案内され、先に来て待っていてくれたお祖母様にご挨拶する。
「まぁ、アデル。ご挨拶が随分と上手になりましたね。今は家族だけなのですからお楽になさってね。アデリーヌ、私の都合に合わせてくださってありがとう存じます。よく来てくれました。さぁ、座ってちょうだい。食事を先に済ませてしまいましょう」
お祖母様に優しく声をかけられて、お母様と私は食卓の席に着く。お祖母様のホスト側のお手本のような巧みな誘導で、私の授業の話やお友達とのお茶会の話などを面白おかしく披露してしまった。楽しく食事を済ませると、居間に移って食後のお茶をいただきながら本題に入る。ここでも口火を切ったのは、お祖母様だった。
「オデットの結婚退職が決まったそうね。来年の2の月からであれば、オリビアの娘のクラリスが良いでしょう。まだ、ノビスタスコラに通っているけど、オデットとイザベルも同じようにノビスタスコラに通いながら勤めましたし、問題ないと思いますよ。ノビスタスコラの期間は、側仕えが一人減る事になるけれど、そちらは大丈夫かしら?」
「はい、問題ありません。メアリとも相談しましたけれど、アデルも大きくなりましたから、手もかからなくなっております。何よりお義母様の元で修行した子であれば私も安心できますし、アデルの年齢に近い側仕えは、アデルが10歳になる前に信頼関係を築いて欲しいと考えておりますの」
「アデリーヌの考えはよく解ります。母親として、王妃として、正しい選択だと思いますよ。まだまだ先の事ですけれど、メアリ、オリビア、マルティナは、いずれ引退を申し出る日が来るでしょう。それまでに、アデルに生涯仕えてくれる側仕えを育てる事は、大切な事ですものね」
あ、そうか。そうだよね。
側近の代替わりを徐々に考えなくてはいけないんだね。
「ええ、お義母様の仰るとおりですわ。アデルは好奇心が強くて物怖じしない子ですから、理解しつつもキチンと叱ってくれる側仕えが必要なのです」
え? そうなの?
お母様の目にはそんな風に写っているのね!
まあ、中身が私になっちゃったから普通の7歳児とは違って見えるよね。
転生者だってバレてから、自分を隠して無かったし…。
まだたった三ヶ月しか経ってないとは思えないくらい馴染んじゃったしねぇ。
自分の順応力にビックリだよ!
もちろん、基になる襲撃前のアデルの記憶があったからなんだけど、
自分は、アデリエル・ル・セス・コントラビデウスであるという自覚が
しっかりあるのよねぇ。
不思議だよね。
最初の頃は、あんなに疑心暗鬼だったのにさ。
事あるごとに家族の愛情を実感できた事が大きいかな!
その点は神に感謝している。
私をアデルに生まれ変わらせてくれた事を!
「アデリーヌ、大丈夫ですよ。アデルは、ルーチェの幼い頃によく似ています。
ルーチェも好奇心が強くて物怖じしない子でした。ふふふ、ルーチェの筆頭側仕えのクリストフが、私に言った言葉を思い出しました」
「お義母様、クリストフは何と言ったのでしょうか?」
「ルーチェが今のディーくらいの年の頃の事よ。
『王太子殿下は、周囲の人の言葉をちゃんとお聞きになります。しかし、周囲の人の言葉を鵜呑みにはなさいません。私は、殿下の好奇心が自分で考える力を育て、物怖じせず物事に当たる所が冷静な判断力を育てていると思っております。これは、殿下に限って言える優れた資質だと考えております』
と言ったのよ。今のルーチェをみれば、クリストフの言葉は正しかったのだと判るでしょう? アデルもきっとルーチェのように成長するでしょうね。アデリーヌ、先が楽しみですね。アデルは、どんなレディに育ってくれるのでしょうね」
「はい、私も楽しみにしておりますわ」
おうふ、期待値が爆上がりしている。
困ったなぁ! お父様と一緒にされてもなぁ。
努力するとしか、お約束できかねます。お祖母様、お母様。
「さて、これからの事ですけれど、クラリスには王妃から正式に出仕要請をしていただく事になります。引き継ぎ期間が、ノビスタスコラの学期始めと重なりますから早めに通知してもらえると助かります。母娘で仕える事になりますからクラリスに不安はないでしょうが、それでも主人であるアデルが気を配らなければなりませんよ。アデル、できますか?」
「はい、お祖母様。大丈夫だと思います」
「ホホホ、少し頼りないお返事ですけど、まあ、良いでしょう」
私とお祖母様のやり取りを見ていたお母様がクスクス笑っている。そのお母様を見て、お祖母様も上品に笑い出す。
私、何か可笑しい返事したっけ?
大丈夫ですと言い切らなかったのが、可笑しいのかな?
まあ、二人とも笑っているからいっかぁー!
こうして、オデットの後任にクラリスが来てくれる事になった。
クラリスは、三女だから良縁に恵まれるか分からないと言っていた子だ。
長く勤めてもらえるといいなぁと思うけど、先の事は誰にも分からない。
良いご縁に恵まれるかもしれないのだ。
私もクラリスと一緒に自分磨きに精を出して、
立派な淑女になれるよう頑張りましょうかね。
いやー、神罰、凄まじいですね。
書いている私もここまでする必要あるのかなぁと思いますが、これこそが神の理なのでしょうね。
次回は、王家の宴です。




