苺ショートケーキもどき
確定ではありませんが、隣国の王弟に神罰が降った事は、間違いない様です。
難航している『苺ショートケーキ』も、少し前進する様です。
王宮シェフのトマと打ち合わせをした日から2日後、王城内がいきなり騒々しい雰囲気に包まれた。
王宮にいる私には、全く分からない事だったけれど、父親に用事があって騎士団に行って来たオデットによると、数日前に庭園で見た隕石のような物の調査に行っていた騎士の一人が、報告の第一報を持って帰って来た。その第一報を聞いた文官達が、慌て出したので騒がしくなったという事だった。
肝心の第一報は、隕石のような物が隣国の辺境伯領に落ちて、甚大な被害が出たというものだった。隣国に落ちたのなら、騒ぐ必要は無いと思うのだが、そんな単純なものではないのかもしれない。
そんな風に側仕え達と情報交換という名のお喋りを楽しんでいた所に、オデットが改まって報告したい事があると言う。
「姫様、私の結婚式の日取りが、正式に決まりました」
「まぁ、おめでたい事! いつなの?」
「来年の8の月第一週始まりの日です」
「気候の良い秋にしたのね」
この国にも四季があって、1から3の月が春、4から6の月が夏、7から9の月が秋、10から13の月が冬になる。何故こうなったかと言うと、初代王が建国した日を1の月第一週始まりの日と定め、その日がたまたま春の初めの気候だったからだ。歴史の授業でそう習ったのだから間違いない。暦や時間を支配できるのが、権力者の特権だもんね。
「はい、結婚の準備がありますので、1の月第三週終わりの日をもちまして、側仕えを辞させていただきますようお願い申し上げます」
「そう、いよいよね。オデットがいなくなると思うと淋しいけれど、幸せになって欲しいから、喜んで辞職を許します」
「ありがとう存じます、姫様」
幼いアデルの遊び相手を優しく務めてくれたオデットがいなくなる。
オデットが婚約した時から判っていたけれど、やっぱり淋しいものは淋しい。
けれど、おめでたい事だもの。
笑って喜びましょう。
「オデットのお相手は、騎士団の方だったわね」
「はい、私には妹しかおりませんので、長女である私の夫になる方が父の跡を継いでくれます」
「では、オデットは子爵夫人になるのね?」
「はい、我が家は代々騎士の家系ですから、私が継ぐよりも良いだろうという事になりました」
この国では男女関係なく長子相続が基本だが、貴族の爵位によっては、オデットのように話し合いの上、お婿さんや養子に継がせる事も珍しくない。
「デュポン副団長の所へは、その話で行っていたの?」
「あ、いえ、実は私の婚約者が隕石の調査に行っておりまして、今回帰って来られた騎士の方が彼からの手紙を預かって来てくださいましたので、それを受け取りに参っておりました」
オデットが赤くなって言うので、私の方がずっと年下なんだけど、微笑ましく思ってしまう。
「そう、無事を知らせてくださるなんて、優しい方なのですね」
それまで、微笑んで話を聞いていたメアリが、笑みを残したままの顔で私の方を向いて教えてくれる。
「姫様、オデットの結婚式の日取りが決まり、側仕えを辞する日も決まりました。その事を王妃殿下にお話しいただき、後任についてご相談なさってくださいませ」
「分かりました。夕食の後、お話してみますね」
その日の夕食は、お父様が半限(15分)ほど遅れると連絡があったので、お父様を待つ間にオデットの件をお母様に報告する。オデットの後任についてはお祖母様に、側近候補から召し上げる事が出来るか、相談する事になった。
お父様が来て始めた夕食の話題は、昼前にもたらされた第一報の話だった。ほとんどお父様とディーお兄様の会話を聞いているだけだったけれど、既に知っている事以上の情報があった。
「今日は、5日前の隕石の調査団から報告の第一報が上がってきた。どうやら隣国のヴァイトランツ領に落ちたようだ。我が国の被害は、思った程は無かった」
「ヴァイトランツと言えば、我が国のメリディアムディテ領に接している隣国の辺境伯が治めている土地ですね」
「ああ、そうだ」
「隕石が落ちた音がハッキリ聞こえましたから、たとえ隣国に落ちたとしても、何かしら被害があるものと思っていました」
「私もそう思っていたのだが、隕石が落ちた衝撃で起こった暴風は、結界が防いでくれた様だ。音の振動で窓が割れたり、物が壊れたりした様だが、人命が失われる様な被害が無くて本当に良かったよ」
ん? 衝撃波は、結界が攻撃と認識して防いだけど、
音波は攻撃と認識されなかったという事なのかな?
なんか矛盾してない?
そもそも地球の物理が通用するのかなぁ?
うーん、聞きかじりの知識ではよく分かんないなぁ。
神力あるあるで、物理を無視するのかなぁ?
「それは良かったですね。結界をお与えくださった六つ柱の大神に感謝を!
それで父上、メリディアムディテ伯爵に災害復興の支援をなさるのですか?」
「まだ分からぬ。今後、メリディアムディテ伯爵から要請があれば考慮する事になるだろう」
「それは良かった。メリディアムディテ伯爵の三男が、ノビスタスコラで私のクラスメイトなのです。来年の学期始めには、詳しく話が聞けるでしょう」
「メリディアムディテ領については、伯爵に任せておけば問題ないと考えている。そちらは心配していないのだが、報告に戻った騎士が気になる噂を拾って来た」
「気になる噂ですか。それは何なのかお聞きしてもよろしいのでしょうか」
「うむ。隕石が落ちたのは、ヴァイトランツ辺境伯の別邸だという噂だ」
「辺境伯の別邸ですか。それは気になりますね」
うん、私も気になる。
その別邸に隣国の王弟がいたんじゃないかな?
あの隕石が六つ柱の大神の神罰なら、ありそうな話だもんね。
もしそうなら、よく国外にいてくれたよ。
国内にあの火の玉が落ちていたら、大災害になってたよ!
「今、メリディアムディテ伯爵の協力で、商人達を使って情報を集めさせている。もうしばらくで詳細な情報が上がってくるだろう」
「今日、王城が騒々しかったのは、その噂のせいですか?」
「いや、噂そのものではなく、イザークが先回りを始めたからだな」
「先回り?」
「ああ、そうだ」
「なるほど、分かりました」
え? 何が分かったの?
先回りって何?
分かってないの、私だけ?
お母様を見ると普通にしていて表情からは理解しているように見える。シル兄様はちょっと考え込んで、うんと頷いたので理解したのだろう。
私は分からないから聞く!
「お父様、イザークおじ様の先回りって何ですか?」
「ああ、アデルには難しかったか。イザークは、隣国との交渉の準備を始めたんだよ。これ以上の事は、お前はまだ知らずとも良い」
「はい、分かりました」
お父様がヒントをくれたから、ちゃんと解りましたよ。
王弟の事で外交を進めていたはず!
少なくとも犯罪者として王弟の引き渡しを要求していたはずだから、
これから先の交渉の準備ですよね!
私に知らずとも良いと言ったのは、側近達に聞かせたくないからでしょう?
イザークおじ様のニヤリと笑った顔が目に浮かんだ私は、思わずブルッと身震いをしたのだった。
トマに魔道具の説明をしてから4日目の夜、『苺ショートケーキ』の試作品第一号が夕食のデザートとして供された。なんと、一人にワンホールで出てきたので、ビックリしてしまった。カットして出すって言ってなかった私が悪い。
お父様が一口食べたところで、私を見て確認してきた。
「どうだ? これがアデルが考えた菓子か?」
この問いの真の意味は、これが火の女神フランマルテが要望した水の星のお菓子『苺ショートケーキ』なのか?という意味である。私の記憶にあるとおりでなければダメなのだ。
「見た目から違います。外観については、私が全く説明していなかったので、それがいけませんでしたね」
「味はどうなんだ?」
「そうですね。生地が甘いので、その分クリームシャンテの甘さが抑えられていますね。私が考えたお菓子は、生地はほんのり甘い程度、なんなら甘さは無くても良いです。その分、クリームシャンテをもっと甘くしてたくさん使います。
生地とクリームシャンテの甘さの配分が、逆になっていますね。
それから供する時は、放射状に8等分してその一切れを出します。このままだと量が多過ぎるでしょう? 切り口からクリームシャンテとフェーズの層が見える様にするのです。絞り口金も上手に使えていません。
これはこれで美味しいのですが、私が求めているものとは違います」
「トマ、聞いていたか?」
「はい、陛下。聞いておりました」
トマは、衝立の後ろにいるらしく、そちらから声が聞こえる。
「お父様、トマが来ているのですか?」
「トマはいつもいるぞ。知らなかったのか?」
「…知りませんでした」
「トマ、見える所に出てくる事を許す」
「御意」
トマが衝立の後ろから出てきて控える。
「アデル、トマに足りない所を教えてやってくれるか?」
「はい、お父様。トマ、頑張って作ってくれた物に文句を言ってごめんなさいね」
「とんでもない事でございます、王女殿下」
「まず、生地の材料と分量を教えてくださいませ」
「はい、小麦粉、砂糖、卵、バターを同量でございます」
カトルカールだ!
トマが言っていたキャトルキャルって、カトルカールの事だったんだ!
そりゃあ、甘い生地になるわな。
「では、バターと砂糖の量は、半分と4分の1の2通りを試してみてください。
卵は白身と黄身を分けます。黄身は、先に他の材料と混ぜます。白身は、泡立て器で充分に泡立てたものを最後にさっくりと混ぜてみてくださいませ」
トマが、ポケットから出したメモ用紙に一心不乱に書き込んでいる。トマが書き終わり顔を上げるのを待って、続きを説明する。
「クリームシャンテは、もっと甘くしてください。フェーズの酸味と釣り合って、少し甘みが勝つくらいです。香付けにほんの少しお酒を入れても良いと思います。
飾り付けは、クリームシャンテをもっと厚く塗ってください。
そうだ! クリームシャンテを入れた絞り袋を、あ、絞り口金をつけてね。すぐに準備できますか?」
「はい、この様な事もあろうかと準備しておりました」
「メアリ、受け取ってくださいませ」
「かしこまりました」
メアリとトマは、一緒に衝立の後ろに行って、メアリが氷が入ったボウルに乗せられた絞り袋を、ボウルごと持って来てテーブルの上に置いた。そして、メアリが私に小声で教えてくれる。
「姫様、衝立の後ろにパティシエのチボーが控えておりました」
私は顔を上げて声をかける。
「チボー、いますか?」
「はい、王女殿下。おります」
「お父様、チボーも呼んで構いませんか?」
「構わぬ。呼んでやれ」
「チボー、こちらに来てトマと一緒に見てくださいませ」
「御意」
チボーが衝立の後ろから静々と出て来て、トマの斜め後ろに控える。
「では、トマ、チボー、飾り付けはこの様にしてくださいませ」
私は自分の小さい手を恨めしく思ったけれど、両手で絞り袋を掴んで、必死で目の前の食べかけのホールケーキにデコレーションする。元々、不器用だから上手にできる訳はないのだけれど、やってみせた方が早い。何ヶ所かは綺麗に見える所があったので、そこを指差しながら説明する。
「私の力ではこれが精一杯ですけど、こことかこの部分は、思い描いた様に出来たと思います。フェーズが大きくてカットしてありますけど、上の飾る分はこの倍の大きさにカットしてくださいませ。こんな風に生地をカットしてからフェーズを乗せると、綺麗に飾れると思います。飾る時は、カットした面ではなく表面が見える様に、こんな風に立てて飾ってください。
あと、間に挟むフェーズが薄いので、この倍の厚さにして、クリームシャンテも増やして、生地をカットした時にハッキリと層に見えるくらいにしてください」
トマとチボーは、熱心にデコレーションを見ている。私は、ふと周囲が静か過ぎる事が気になって、周りを見回すと、皆、ニコニコ顔でケーキを食べている。お父様はホールケーキの6分の1くらい、お母様は4分の1くらい食べている。お兄様方に至っては、半分以上食べてしまっている。
うーむ、別腹とはよく言ったもんだ。
普段はデザートがこんなに大量に出てくる事は無いもんねぇ。
私も前世では、ケーキワンホールを一人で食べてみたいと思っていたのよねぇ。
私が周りを見ながらクスクス笑っていると、トマが不思議そうに尋ねてくる。
「王女殿下、いかがなさいましたか?」
「いえ、皆、このお菓子がとても気に入った様ですよ」
トマとチボーが周りを見回して、それぞれのケーキの減り具合が分かった途端、二人に笑みが溢れた。
「これはこれで、とても美味しいのですけど、私の考案したお菓子にもう一度挑戦してもらえますか?」
「もちろんでございます、王女殿下」
「では、次の試食を楽しみにしていますね」
私がデコレーションしたケーキは、そのまま下げて持ち帰ってもらい、お父様のケーキを切り分けてもらって通常のショートケーキサイズを食べる。不味くはないんだけど、やっぱりバランスがチグハグだ。カトルカールは、カトルカールのまま食べたい。私はメアリを呼んで、チボーに伝言を頼む。
「キャトルキャルの生地に、ティースプーン一杯分の紅茶の葉を粉になるまですり潰して混ぜ込んで焼いた物に、甘いクリームシャンテを添えておやつで食べたい」
メアリが目を丸くして私に尋ねる。
「姫様、それは美味しいのでございますか?」
私は、茶目っ気たっぷりに答える。
「もちろん美味しいわよ。メアリにもお裾分けするわね」
メアリは破顔して、チボーに伝えに行ってくれた。
翌日、チボーは早速、リクエストに応えてくれた。側仕え達にも大好評だったのは、言うまでも無い事だ。おやつのメニューが増えて、大満足なのであった。
お菓子作りを他人に伝えるって大変だーとアデルが奮闘しました。
一方で、一生懸命にデコレーションするアデルの姿が可愛いと、家族も側近も悶えていた事に気付いていません。
次回は、いよいよ『苺ショートケーキ』の奉納か?




