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負けず嫌いの転生 〜今度こそ幸せになりたいと神様にお願いしたらいつの間にかお姫様に転生していた〜  作者: 山里 咲梨花


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名の秘密

貴重な休日にまたしてもアクシデント発生です。

アデルに危害が加えられる訳ではありませんが、無関係でもありません。

お父様とじっくり話ができたのは嬉しい誤算でした。

 お友達とのお茶会の翌日、後から考えると、今日がちょうど3ヶ月目に当たる日だったのだな、と感慨深くしみじみと思ったのだった。


 朝食を済ませて自室に戻ると、ステラルクス様から試作品が出来たので、明日、持参すると連絡があった。これで器具が揃えば、苺ショートケーキ作りを進める事ができる。


 思ったより早かったなぁ!


 火の女神フランマルテのリクエストである苺ショートケーキ作りは、この世界に無い調理器具を作る事を依頼したので、器具ができるまで手付かずのままだった。これで、明日以降は本腰を入れる事になるだろう。

 そうなると、ゆっくりできる日は今日しか無くなる。私は、久しぶりにのんびり庭園を散歩する事にした。

 王宮の奥にある庭園は、元々そこにあった林や野原を流れる小川等の自然を活用して整備された造りになっていて、城の敷地内にいながら自然に触れる事ができる場所になっている。その野原に、冬から春にかけて咲く花々が美しく咲いている、と庭師が言っていたと聞いて、見てみたくなったのだ。


 外に出ても寒くない様に外出着を着て、メアリと護衛騎士を連れて王宮を出る。オリビアとマルティナが、後からおやつを持って来てくれる、と聞いてピクニックみたいだと嬉しくなる。幸い天気が良くて、昨日より少し寒さが緩んでいる。少しずつ春に近付いているのだ。


 お目当ての花が咲いている所へは、庭師のジャン爺さんが案内してくれる。

ジャン爺さんは、私が「あれは何?」「これは何て言うの?」と質問攻めにしても面倒がらずに丁寧に教えてくれる。この世界の植生は、地球のものに似ているけど少し違う、といった感じで全く同じ植物は見当たらない。


 途中で何回も立ち止まるから進むのに時間がかかり、30分以上かけてお目当ての花が咲く場所に着いた。

 その花は、日本の水仙の花に似ていて背が低く、薄桃色・白・黄色・オレンジ色と色とりどりに咲いている。群生している辺り一面に、スイートピーの花のような良い香りがしている。

 メアリがよく見える所に敷物を敷いてくれたので、そこに座って花を楽しむ。

しばらくして、オリビア達が追いついて来たので、皆でお茶を楽しんだ。


 あー、いい気持ち!

 風が当たらない所にいれば、ポカポカして気持ちいいなぁ!


 のんびりしていると、突然、ドンと空振が起こり、ゴーッと飛行機が飛んでいるような音がした。セブランが私に駆け寄り、マルクとマティアスは身構えて、周りを警戒している。何だろう?と空を仰ぎ見ると、火の玉のような物が、飛行機雲を尻尾のようにくっつけて、空を飛んで行く。


「セブラン、あれは何?」

「分かりません。隕石のようにも見えますが、隕石にしては近い所にいきなり出現したように思いますし、魔法にしては規模が大き過ぎると思います」

「そうなのね。あれが飛んで行く先には、何があるのかしら?」

「方向から考えられるのは、デクストラレクス領とメリディアムディテ領の境目の辺りでしょうか」

「落ちるとしたら国内かしら?」

「ハッキリとは分かりませんが、おそらく結界の外だろうと思います」

「あ、見えなくなった」


 デクストラレクス領の方向という事は、六つ柱の大神の仕業ではなかろうか?

 また災害となって、お父様が苦労する事になるのかしら?

と考えていたら、またしても、ドンと弱めの空振が起こった。


「今のは、先ほどの隕石のような物が落ちた音かしら?」

「おそらくそうでしょう」

「姫様、恐ろしくはございませんか?」

「大丈夫よ、メアリ。別に怖くないわ。それより、今のがもし国内に落ちていれば大きな災害になると思うから、そちらの方が心配だわ」

「姫殿下、念の為、王宮に戻りましょう。正体が判りませんし何かあってからでは遅いですから」

「そうね、セブラン。戻りましょう。花は、充分楽しんだわ。メアリ、帰り支度をお願いね。ジョン爺、今日は案内をありがとう。後でいいからその香りの良い花を少し摘んできてね。お部屋に飾りたいの」

「かしこまりました、姫様」


 王宮の自室に戻ってホッとしていると、お父様が私の部屋にやって来た。

「アデル、無事に戻っていたか」

「お父様!」

 私がお父様に駆け寄ると、お父様は私を抱き上げてギュッと抱きしめた。

「お父様、何かあったのですか? もしかして先ほどの隕石みたいな物ですか?」

「ああ、それは今、ロベールに確認を任せているから、報告が上がるまで5日ほどかかるだろう。そうではなくて…」

 お父様は言いかけて

「盗聴防止の魔法を使うから、少し下がれ」

と言いながら片手を振ると、私を抱いたままソファーに座って、二人が入る小さな魔法を展開する。


 お父様も使えるの?

 スゴイ! お父様もスゴかったんだぁ!


 尊敬の眼差しでお父様を見ていると、私の顔を見るお父様の笑顔が慈愛に満ちていて、無条件に信頼できると思える。

「アデル、デクストラレクスが死んだ、と牢番から報告が上がった。呪いが発動して今日でちょうど1ヶ月だ。そして、アデルが襲撃を受けた日からちょうど3ヶ月になる。そこに、六つ柱の大神の意図があるのではないかと思い至った時、アデルの事が無性に心配になってしまったんだ」

「意図?」

「ああ、そうだ」

「お父様、例え意図があっても、私達には理解できないかもしれませんよ?」

「理解できない?」

「はい。六つ柱の大神が怒っているのは、神の箱庭の歯車の一つである王家を無くそうとした事であって、私が襲撃された事ではありません。起こった事は一つの事でも視点が違うのです。だから、神の理で神罰を下したのですもの。一方、お父様は、人の理で罰を下そうとしておられたでしょう?」

「箱庭の歯車?」

「はい。六つ柱の大神がこの国を箱庭と呼ぶからには、玩具なのか実験場なのかは分かりませんけど、この国の事を、人の感覚では理解できない、人が持つ国という概念とはかけ離れたもの、だと考えていると思います」

「アデルはどうして、その様な考え方に至ったのだ?」


「そうですね…。一つの例ですけど、私の前世の世界でのある国の神話に、創造神が世界を造った後、いろいろな植物や動物を造って最後に自分の形に似せた人間を造った、という物があるのです。その創造神から見れば植物・動物・人間が同列なのです。

そして、創造神と敵対する者が人間を大量に殺害しても『創造神は下界の事に干渉できない』とか言って何もしないのですが、敵対する者が創造神に取って代わろうと人間を殺害すると、それを阻止する為に戦うのです。

先に殺された人間から見ると、とても理不尽で不公平なお話でしょう? 

創造神は必ず人間を助ける訳ではないのです。

私は、どの世界でも神様の根本は一緒かなと思っています」


「ふむ、アデルは、神に対する畏怖する気持ちはないのかい?」

「もちろんありますよ! ただ、必要以上に怯えず、神の怒りに触れないように、よく考えようと思っているだけです」


 お父様が、真剣な顔で私に問う。

「何故、そんなに冷めているのだ?」

「そうですね。前世の神様が、私に全く優しくなかったからでしょうか」

「そうなのか。…では、現在の事はどう思っている?」

「まだよく判りません。ただ、王家が持つ役割について、ある程度教えていただきましたから、お父様の治世に役立つ様に立ち回りたいと考えていますよ」

「そうか。アデルの考え方については理解した。だが、六つ柱の大神との契約についてはまだ全て教えた訳ではない。決して、逆らったり交渉しようとしたりしないでくれないか?」

「分かりました。元々、逆らったり交渉したりできる相手ではないと思っていますから、大丈夫ですよ」


 お父様が、心配そうに私を見ている。

「私、お父様が大好きなのです。決して、お父様を困らせたりしないと約束しますから、心配しないでくださいませ」

 お父様が私の言葉を聞いて、フッと笑ってから柔らかく言う。

「では今後、六つ柱の大神に関する事は、全て私に報告してくれ、頼めるか?」

「はい、分かりました。…あ、ひとつ報告があります」

「何だ? 何かあったのか?」

「フランマルテ様のご要望のお菓子を作る為に、お母様と一緒に王宮シェフの話を聞いた時、六つ柱の大神からメッセージが来ました」


「何だって! どんなメッセージだ?」

 お父様が酷く慌てた様子で、私に尋ねた。

「王宮シェフに話を聞いて、この世界に無い調理器具が必要だと判った時、心の中で六つ柱の大神に、調理器具を造る事は『過度な知識の流布』に該当するかどうか判らない、と強く思ったのです。

すると、いきなり上からドンと圧がかかって、一条の光に照らされた、と思ったら一瞬で圧と光が消えて、私の膝の上に『該当しない』と書かれた紙切れが乗っていました」

「その紙切れはどうした?」

「透明になって消えました」

「他の者は知っているのか?」

「いいえ、私以外の人は気付いていない様子でしたし、誰にも話していません」

 お父様がホッとした様子になって尋ねる。

「アデリーヌにもか?」

「はい。その後、色々と考えなければならなくて、お母様にお話しするのを忘れていました。報告を忘れていてごめんなさい」


「いや、アデルに悪いところは無い。まさか、名の秘密を教える前に、こんな事になるとは思っていなかった。急にメッセージが来て驚いただろう?」

「はい。すごく驚きました。今も驚いています。これって名の秘密に関する事なのですか?」

「そうだよ。良い機会だから教えておこう。六つ柱の大神は『名付け』という神業で、神と我々の魂を紐付けする。そして、その神業により六つ柱の大神は、我々の記憶や思考をいつでも読み取る事ができるようになられる」

「それは、監視する為でしょうか?」

「いや、それは違う。私は、生まれた時から今まで、監視されていると感じた事は一度もない。六つ柱の大神が、コントラビデウスである我々の考えを正確に知り、神の理で判断する為だという印象を持っている。

そこは、信頼し合えないと契約そのものが成り立たないであろう?

アデルも知るとおり、価値観や感覚は、神と人では全く違う。この国の運営を安定させる為に必要な事を知る為だという解釈で間違いないと思っている」

「名を賜るとは、そういう事なのですね。よく理解できました」


 私は少し考え込んでしまう。

 確か、火の女神フランマルテは、デアフォルフォンスで私の記憶を見たと言っていた。デアフォルフォンスは女神の泉だから、少なくとも光の女神ルーチェンナと風の女神ラファーリエも私の記憶を見たはずだ。

 

 もし、前世の私が神にとって危険な思想を持っていたなら、

 その時点で抹殺されていたかもしれない。

 それとも前世の記憶を消されていたとか? 待てよ? 

 前世の記憶を甦らせた事こそ、女神の仕業かもしれない!

 うわ〜っ! 今更ながらゾッとする! 怖っ!


 王家の者が洗礼前に禊が必要なのは、魂の質をチェックする為なのかな?

 いや、前世と比較したり、疑って思い込むのは危険だ。

 お父様が説明してくれた事のみを、真実として素直な気持ちで受け入れよう!

 この世界では神が実在するのだ!

 でもこれって、逆に人間の妄想が産んだ宗教より、よっぽど怖い事実だよねぇ!


 ここまで考えた所で、私はもう一つの懸念事項をお父様に尋ねてみる。

「お父様、火の女神フランマルテ様は何故、私の前世の記憶にある水の星のお菓子をご所望されたのでしょう? 『過度な知識の流布』を禁じる事は、六つ柱の大神の総意のはずです。何故、わざわざ抵触する事をするのでしょう?」

「それは、私にも分からんが、六つ柱の大神が望む事ならば、許容範囲内なのであろう。逆に言えば、六つ柱の大神が許容範囲を示しているとも言える。望まれた事のみ、アデルの知識を活用すれば良いのではないか?」

 私は、目からウロコの気分で、ポンと手を打つ。

「なるほど! お父様の仰るとおりですね!」


「それから、注意事項を一つ教えよう。六つ柱の大神は、こちらの呼びかけに必ず応えてくださる訳ではない。基本的に、レオアウリュム様を通す事になっている。その事は、理解してくれよ」

「分かりました。教えていただきましてありがとう存じます」

「うむ、今日は、アデルの顔を見に来て良かった。話ができて安心したよ」

「私もお父様とお話しできて、心の重荷が取れました」



 翌日、ステラルクス様が造った試作品を持って来てくれた。泡立て器・スポンジケーキの型・絞り口金は、日本の物とほぼ変わらない物が出来ている。凄いのは、家電の泡立て器が魔道具の泡立て器に、デコレーション用の回転台が魔道具の回転台になっていた事だ。

 泡立て器は、持ち手の所に小さな魔石が埋め込まれていて、そこに魔力を流すと稼働する様になっている。回転台も、台座の所に小さな魔石が埋め込まれていて、そこに魔力を流すと回転する仕組みになっている。二つとも流す魔力の量で、回転の速度が変わるらしい。

 二つとも同じ魔法理論に基づいているが、私にはまだ早いので、私が魔法理論を学ぶ様になったら教えてやろうと仰ってくださる。


 魔道具の説明が終わると、当然のように盗聴防止の魔法を展開したステラルクス様が私に尋ねる。

「王女殿下、今回の事は、火の女神フランマルテ様が顕現なされて、王女殿下に直にご依頼なされたというのは、本当の事ですかな?」

「はい、本当です。その時はお父様も一緒にいましたからご存知ですし、イザークおじ様とロベールおじ様は、お姿は光の輪郭しか見えなかったけれど声は聞こえたと言っておられましたよ」

「どのようなお姿で在られましたか?」

「ええと、お髪が本物の炎で、炎のような赤い瞳で、それから赤い変わった衣装を纏っておられました。とても迫力のある美しい女性でしたよ」

「なるほど、私も是非ともお目にかかりたいものだ」


 ここで、ステラルクス様がずいっと私に近づいて来て、お尋ねになる。

「ところで王女殿下」

「はい?」

「六つ柱の大神から『過度な知識』の定義が示されましたか?今回の依頼以外にも新しい魔道具が必要な時は、グラーチェではなく私にご依頼いただきたいのですがいかがでしょうか?」

「ステラルクス様、残念ながら『過度な知識』の定義は示されておりません。おそらく示される事は今後も無いと存じます。それから、魔道具については今後も相談させていただきますので、どうぞよろしくお願い申します」

「おお、そうとなれば王女殿下」

「はい?」

「そろそろ私の事も、おじ様と呼んでくださいませんか?」

「よろしいのですか?」

 ステラルクス様が、ウキウキした様子で頷く。

「はい、もちろん」

「では、お父様に倣ってステラ大おじ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「王女殿下、『大』はいりません。『大』は!」

「分かりました、ステラおじ様。では、私の事はアデルとお呼びくださいませ」

「おお、嬉しや! これでグラーチェに自慢できるぞ。では、アデル姫、御前失礼いたします」

 ステラおじ様はご自分の用事が終わると、サッサと魔法を解除して帰っていったのだった。

ステラルクス様におじ様呼びを要求されて、驚いているアデル。

どうやら、アデルにおじ様と呼ばれる事がステータスになっているみたいですね。

次回は、苺ショートケーキ作りです。

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