20 火の女神フランマルテ顕現
護衛騎士見習いを任命して喜んでいた所に、お父様からの急な呼び出しです
お父様の用事は一体何だろう、と考えながら執務室に急ぎます。
お父様の執務室に着くと、イザークおじ様も一緒に待っていた。
「お、アデル、来たか」
執務机に向かっていたお父様が立ち上がって私の所まで来ると、私をサッと抱き上げてから私の護衛が誰なのかに気がついた。
「なんだ、ロベールが一緒なのか?」
「ああ、まだ終わっていなかったから俺がセブランの代わりだ」
「あ? ああ、そうか。うっかりしていたな。アデル、君の大事な公務を邪魔してしまってすまない」
「お母様とセブランに任せて来たので大丈夫です。何か大変な事が起こったのではありませんか?」
「ああ、もう困り果ててしまって、アデルの知恵を借りたいと思ってな」
「私の知恵ですか? またまたお父様ったら、冗談ばっかり!」
お父様の肩をツンツンしながら言うと
「ははは、俺の娘は可愛いなぁ」
と、私をギュッと抱きしめて笑うお父様に、私もギュッと抱きつく。
「陛下、そろそろ」
と、イザークおじ様がお父様を促す。
「ああ、まずは説明だな。イザーク、盗聴防止を頼む。時間があるならロベールも付き合え」
イザークおじ様が盗聴防止の魔法を展開すると
「他の者は魔法の範囲から出るように」
と言って、自分でお茶を淹れ始める。
「イザーク、ロベール、お前達も座れ」
イザークおじ様が出してくれたお茶を一口飲んで、お父様が話し出す。
「アデル、お前の誘拐未遂事件のその後の事なんだがね。私はお前を関わらせたくないと思っていた。だが、そうも言っていられなくなってな」
「お父様、何があったのですか?」
「簡単に言うと、今回の件で六つ柱の大神がお怒りになった」
「は? 何故ここで六つ柱の大神が出てくるのですか?」
「時系列に沿って話すから、まずは私の話を聞いてくれ。質問はその後だ。アデル、出来るか?」
「出来ます。大丈夫です」
「よし、じゃあ説明するぞ」
ちなみにお父様は私を抱いたままソファーに座ったので、私はお父様の膝の上にちんまり座っている。
「アデルの洗礼式の翌日、デクストラレクスとデイテーラを捕らえた後、反逆罪、違法貿易、穀物の強奪の調査を進めた。その結果、デクストラレクスの一族と地方貴族のほとんどが犯罪に手を染めていた事が判明した。関与していないのは子どもくらいだったよ。すでに全員捕らえて領主の館の牢に入れてあった。それからデイテーラだが、デクストラレクスがデイテーラの妻子を人質に取っているという話は本当だった。別館に軟禁されていたデイテーラの妻子を無事に救出できて証言も取れた。デイテーラには情状酌量の余地があるだろう。」
お父様は急に疲れた表情になって、心なしか元気が無くなったように見える。
「デクストラレクス侯爵一家は全員、反逆罪で死罪に処す。地方貴族には、爵位を剥奪した上に財産没収や追放などの罰を与える事になった。そしてこの時点で、侯爵位の継承権を持つ者が誰もいなくなってしまった。これが10の月の終わりだ」
私の洗礼式が10の月の始まりだから、1ヶ月後という事ね。
ここで、お父様はお茶をひと口飲んで、私を見つめて再び話し出す。
「アデル、ここからが君の疑問に対する回答に関係してくる。歴代の国王は毎月、月の最後の日に神殿で祝詞を奏上し、魔力を奉納する事になっている。これは六つ柱の大神との契約の一環だな。そして必ずレオアウリュム様が顕現してくださる。その時に国の運営に関する事のうち、六つ柱の大神との契約に関わる事柄を報告・相談する事が慣わしとなっている。ここまでは良いか?」
お父様が、理解できてる?、と尋ねるように私の顔を覗き込む。
私は大丈夫の意味を込めて頷いて応える。
「アデルは、我が国の20の領地の名を六つ柱の大神から賜ったと知っていたか?」
「いいえ、初めて知りました」
「そうか。名を賜ったのは初代領主だ。二代目から初代が賜った名を領地名として名乗るようになり、当然、一族が絶えれば名を継ぐ者が絶える。しかし、今やデクストラレクスという名は反逆の汚名そのものになってしまった。もはや、他の者に継がせる事はできぬ」
あ、そういう事か!
六つ柱の大神への報告事項になってしまった訳かぁ。
でも、神様にどういう風に報告するんだろ?
「そこで私は、10の月の最後の日、レオアウリュム様に、デクストラレクスの名を返上する事を申し出た。その時に六つ柱の大神は私の記憶を読み取り、事の詳細を全てお知りになった。そして、名の返上を受け入れてくださった。私は安堵して、あとは新しく領主になる者の名を領地の名にすれば良い。そう考えていたのだが、六つ柱の大神のお考えは違ったようだ」
考えが違う?
何処がどう違ったのかな?
「神殿に参拝した次の日、デクストラレクスの領主館は落雷により大破してしまった。目撃した者の話では、矢の形をした雷が数え切れないほど沢山、領主館に集中して落ちた、と証言している。領主館にいた者のうち、捕らえて牢に入れていた貴族達は一人残らず雷の矢に撃ち抜かれて死んでしまった。貴族以外の犯罪者を収容していた塔が崩壊して、牢の中に居た犯罪者は全員死亡が確認された。他にも倒壊した建物の下敷きになって重傷を負った者が何人かいたらしい。ただ、偶然なのか分からんが、罪を犯していない者に死者はなかったと聞いている。ここまで全容を把握するだけで、かなりの時間を要したのだ」
ここでお父様は、大きなため息を吐いた。
うわお!
まるで某漫画に出てくるインドラの矢だね!
無関係の人を巻き込む辺り、マジで祟りじゃん!
「だが、肝心のデクストラレクスは城の牢にいた。そして今、デクストラレクスは呪いに蝕まれている」
うへぇ!
呪いだって!
祟りじゃないの?
どっちにしても、怖っ!
まあ、あいつの場合は、自業自得だけど!
お父様の話は続く。
「昨日は11の月の最後の日だ。私はレオアウリュム様に、領主の館の大破とデクストラレクスの症状について相談した。すると、レオアウリュム様からは
一、六つ柱の大神は、神の箱庭を壊そうとした者に神罰を下した。
一、隣国の王弟に神罰を下すまで、六つ柱の大神の怒りは鎮まらない。
一、火の女神フランマルテは、ルーチェオチェアーノスを非常に気に入っていて、隣国の王弟に神罰を下すのは自分だと言っている。
という事を教えていただいた。その上で、アデルを神殿に連れて来い、と言われたのだ。お前の名が出た時は、生きた心地がしなかった。だが、逆らう事はできぬ。早めに神殿にアデルを連れて行く約束をさせられた。」
お父様は話をしている間ずっと私の顔色を窺っている。
「さあ、私の説明は以上だ。アデルはどうする? いや、どうしたい?」
いや、どうするったって、どうもできないでしょー。
何で私なんだ?
よし、質問タイムといこう!
「うーん、お父様は、六つ柱の大神の用事は何だと想定しているのですか?」
「おそらく、隣国の王弟に関する事だろうと思う。六つ柱の大神の怒りを鎮めるために必要な事だろうから」
うん、だよね。
でもやっぱり、なぜ私を呼ぶの? って思っちゃうなぁ。
私、関係ないよね。
「呪いってどんなものですか?」
「報告では、刺青のような黒いイバラが奴の手首に巻き付いたのが始まりだ。そこからイバラが少しずつ身体を侵蝕していって、今は呪いが発動して2週間経っている。私が見た時は、奴の身体全体をイバラが取り巻いていたが、まだ生きていた」
わ〜。
どんな苦痛があるんだろう?
クワバラクワバラ!
聞くのやめよ!
「デクストラレクスは、呪いをどう捉えているのでしょうか? 反省したのでしょうか?」
「奴は最初、誰かに魔法をかけられたと思い込んで、早く解除しろ、と騒いでいたらしいが、イバラに魔力以外の力を感じ取った後はずっと、自分は悪くない、助けてくれ、と喚いていたらしい。反省などカケラもしていないだろうな」
「じゃあ、放置でいいですね」
「放置って、ふはは。もともと奴は死罪の予定だったのだ。アデルの言うとおり、放置でいいさ。それより、六つ柱の大神の怒りを鎮める方が重要だ」
「お父様、六つ柱の大神の怒りって、私達が鎮めないといけないのですか?
私は、六つ柱の大神がやりたい様にやらせてあげれば良いと思います」
「やりたい様にやらせる?」
「はい、レオアウリュム様が教えて下さった事で私達がしなければならない事は、私が神殿に行く事だけでしたよ?」
「だが、私が領地の名の返上を申し出たりしなければ、こんな酷い大災害は起こらなかったのだ」
「それは違うと思います、お父様。今回に限り、六つ柱の大神がする事にお父様が責任を感じる必要は全くない、と思うのです。お父様の記憶を勝手に読んで、勝手に怒っているのですから。六つ柱の大神の怒りの原因には、六つ柱の大神が自分で直接、神罰を下したのです。そこにお父様の関与は有りません。いえ、むしろ褒められても良いと思います。頑張って罪を暴いたのですから」
「そうだろうか?」
「そうですよ。神には神の理があると仰ったのは、お父様ですよ。人の理でいくら悩んでも、六つ柱の大神には通用しませんよ」
お父様が、忘れてたと言わんばかりの顔でポカンとしている。私は、お父様の顔の前で手をヒラヒラさせながら、お父様と呼びかける。
すると、お父様の隣に座っていたロベールおじ様が、笑いながらお父様の背中をパシパシと叩く。
「陛下、しっかりしてください。姫殿下の仰るとおりです。姫殿下の聡明さは素晴らしいではありませんか」
「ロベール、煩い、叩くな」
「陛下、姫殿下の聡明さには私も感服しました。これなら神殿でレオアウリュム様と対面しても、無事、切り抜けられるでしょう」
と、イザークおじ様が褒めてくれる。
「アデル、神殿にはイザークとロベールを連れて行く。六つ柱の大神の怒りの矛先がこちらに向いた時、君を連れて逃げてもらう」
「お父様、それは有り得ません。それでは本末転倒です。こちらは契約に背く事は何一つしていないでしょう?」
「ああ、そうなのだが、こんな事は今までなかったから心配なんだ」
お父様が不安で死にそうって顔してる。
でもね。
絶対とは言えないけど、今までの話を聞いた限り大丈夫な気がするのよね。
……よし!
「お父様、すぐにでも行かないといけませんか?」
「いや、何かあったか?」
「お腹が空いたからお菓子を食べたいです。食べる時間はありますか?」
「は? お腹が空いたのか……? ふはっ、いいよ。食べなさい」
私は、笑っているお父様の膝から嬉々として降りると、用意してもらったお菓子を夢中で食べる。
うまうま。
やっぱり疲れた時の甘い物は格別だねェ。
おじ様方、何笑ってるのよ!
誤魔化しても肩が揺れてるよ!
こちとら今から獅子退治なんだから、腹が減っては戦はできぬだよーだ!
お父様に抱っこされた私はおじ様方と一緒に神殿に向かう。エレベーターの部屋(と私が勝手に呼んでいる)から出ると、神殿の様子は洗礼で来た時と全く変わっていない。静かなものだ。
お父様と私は、魔法陣の中に並んで左膝をつく。おじ様方は、魔法陣の縁の外に並んで左膝をつく。
お父様が祝詞(洗礼の祝詞とは別物)を奏上すると、魔法陣に魔力を吸い取られて魔法陣が光りだす。六体の神像が光りだし、天井の光源から一条の光が差して、レオアウリュム様が顕現した。
順番は違うけど、前回とほぼ同じだね。
「やあ、ルーチェステラ。約束どおりルーチェオチェアーノスを連れて来たね。
やあ、ルーチェオチェアーノス、呼びたててすまないね」
「とんでもございません、レオアウリュム様」
「今日はね、フランマルテがルーチェオチェアーノスに何か、話したい事が有るんだって。今、フランマルテに代わるね」
いや、代わるねって、どうやって?
電話じゃないんだから!
するといきなりレオアウリュム様が宙に浮かび上がっていく。そのままくるんと前転した途端、獅子の形が崩れて光がバッと広がった。だんだん光が集まって女性の姿を形作っていく。
光が収まるとそこには、炎のような赤い髪……。
いや、本当に燃えている!
炎のようなじゃなくて炎だよ!
炎を頭に纏った、真っ赤な瞳の美しい女性が現れた。
これって神力?
魔力とは違うよね!
圧が……息苦しい!
私が思わず胸の前で交差していた手で、自分の胸を押さえると
「あら! ごめんなさい」
と言う声とともに圧が消えた。
お父様もホッと息をついて、私を心配そうに見るので、私は大丈夫という意味を込めてニッコリ笑って頷いた。
それを見ていた火の女神フランマルテは
「ルーチェステラとルーチェオチェアーノスは、仲の良い親子なのですね」
と感心した様に言う。
「わたくしが顕現するのはプリーミスアレックスに会って以来ですから、力の加減を忘れていました。小さい体には苦しかったでしょう? 許してくださいね」
え?
なら350年ぶりのご登場じゃん!
てか、神様、ホントに居たんだぁ!
うひぃー、お願いだから祟らないでよー!
「とんでもございません。恐れ多い事でございます」
「今日、ルーチェオチェアーノスを呼んだのは、お願いがあるからなのです」
「私にできる事でしたら、何なりとお申し付けください」
「デアフォルフォンスで貴女の記憶を見た時から気になっている物が有るのです。それを作って欲しいのです」
何ですと?
一体何の無茶振りが来るんだぁーっ!
さあ来い!
よし来い!
「それは何でございますか?」
「苺ショートケーキ」
「は? 苺ショートケーキ……でございますか?」
「そう、あの様な菓子はこの世界では見た事が有りません。水の星の菓子を食してみたいのです」
あれ?
神様って魔力を糧にしてるんじゃなかったっけ?
「あの……。お召し上がりになれるのですか? 地上の食物を?」
「大丈夫です」
と、フランマルテは胸を張って言う。
「かしこまりました。この世界の食材で、全く同じ物が作れるか、試してみない事には何とも言えませんが、水の星の菓子を奉納させていただきます。暫くの猶予を賜りますようお願い申し上げます」
「貴女なら引き受けてくれると思っていました。楽しみに待っていますよ。それからルーチェステラ、隣国の王弟なる者の所在は知れましたか?」
「いいえ、隣国に逃げ込んだか否かも判っておりません」
「ならば彼の者の魔力を込めた物が有るでしょう? それを持って来なさい」
「かしこまりました」
火の女神フランマルテがふわりと浮き上がり、くるりと横回転した途端に女性の形が崩れて、光がバッとひろがり、光が収束するとレオアウリュム様が現れた。
宙に浮いていたレオアウリュム様は、トンと台の上に降りると
「ふーっ、久しぶりだから疲れた」
と言って、台の上にぺしゃりと腹這いになる。
「ルーチェオチェアーノス、フランマルテに何を言われたのか教えてくれる?」
「はい、水の星の菓子、苺ショートケーキを作って欲しいと仰せになりました」
「ふむ」
「あの……レオアウリュム様に教えを賜りたく存じます。よろしいでしょうか?」
「なあに? 言ってみて」
「以前、私の前世の記憶について、過度な流布を禁じられましたが、フランマルテ様のご要望に応じる為に、城の料理人に水の星の菓子を作らせる事は、過度な流布に該当しますでしょうか?」
「ちょっと待ってね」
レオアウリュム様は、しばらく目を閉じてじっとした後、目を開いて
「該当しない。ただし、奉納はフランマルテだけでなく、六つ柱の大神にする事。だそうだよ。良かったね」
「はい! ありがとう存じます」
「ルーチェステラは、フランマルテから何か言われた?」
「はい。隣国の王弟が魔力を込めた物を持って来るように、と仰せになりました」
「むむ?」
再びレオアウリュム様が目を閉じる。今度は長い。再び目を開けたレオアウリュム様は
「もう! ケンカはしないでよね!」
と小さな声で呟いた後
「入手でき次第、速やかに持参するように、だって。準備ができたら、いつでも僕に持って来てね」
「かしこまりました」
「他に聞きたい事が無ければ僕は帰るよ」
「ございません。本日も格別のご配慮を賜りまして誠にありがたく存じます」
「うん、ルーチェステラ、ルーチェオチェアーノス、またね」
天井の光源から一条の光が差し、レオアウリュム様の姿が消えると、お父様と私は顔を見合わせて、深いため息を吐いた。
「アデル、火の女神フランマルテが望む物を作れそうか?」
「分かりません。でも、やって見もしないで出来ないとは言いたく無いのです」
「ふっ、そうか。負けず嫌いのそなたらしいな」
火の女神フランマルテの無茶振りは、想像もつかないものでした。
アデルにこの課題を達成する事が出来るのでしょうか。
次は、お友達に関する事です。




