火の女神フランマルテ顕現
護衛騎士見習いを任命して喜んでいた所に、お父様からの急な呼び出しです
お父様の用事は一体何だろう、と考えながら執務室に急ぎます。
お父様の執務室に着くと、イザークおじ様も一緒に待っていた。
「お、アデル、来たか」
執務机に向かっていたお父様が立ち上がって私の所まで来ると、私をサッと抱き上げてから気がつく。
「なんだ、ロベールが一緒なのか?」
「ああ、まだ終わっていなかったから俺がセブランの代わりだ」
「あ? そうか。うっかりしていたな。アデル、君の大事な公務を邪魔してしまってすまない」
「いいえ、お母様とセブランに任せて来たので大丈夫です。何か大変な事が起こったのではありませんか?」
「ああ、もう困り果ててしまって、アデルの知恵を借りたいと思ってな」
「私の知恵ですか? またまたお父様ったら、冗談ばっかり!」
お父様の肩をツンツンしながら言うと
「ははは、俺の娘は可愛いなぁ」
と、私をギュッと抱きしめて笑うお父様に、私もギュッと抱きつく。
「陛下、そろそろ」
と、イザークおじ様がお父様を促す。
「ああ、まずは説明だな。イザーク、盗聴防止を頼む。時間があるならロベールも付き合え」
イザークおじ様が盗聴防止の魔法を展開すると
「他の者は魔法の範囲から出るように」
と言って、自分でお茶を淹れ始める。
「イザーク、ロベール、お前達も座れ」
イザークおじ様が出してくれたお茶を一口飲んで、お父様が話し出す。
「アデル、お前の誘拐未遂事件のその後の事なんだが、私はお前を関わらせたくないと思っていた。だが、そうもいかなくなってな」
「お父様、何があったのですか?」
「簡単に言うと、今回の事で六つ柱の大神がお怒りになった」
「は? 何故ここで六つ柱の大神が出てくるのですか?」
「時系列に沿って話すから、まずは私の話を聞いてくれ。質問はその後だ。
アデル、いいね?」
「はい、分かりました」
「アデルの洗礼式の翌日、デクストラレクスとデイテーラを捕らえた後、反逆罪、違法貿易、穀物の強奪の調査を進めた。その結果、デクストラレクスの一族と地方貴族のほとんどが犯罪に手を染めていた事が判明した。見事なくらいほぼ全員だ。全員捕らえて領主の館の牢に入れた。
デイテーラは、デクストラレクスに妻子を人質に取られていた。無事、救出できて証言も取れたから、情状酌量の余地があるだろう。
デクストラレクス侯爵一家は全員、反逆罪で死罪になる。他の者には爵位の剥奪や財産没収などの罰を与える事になったが、この時点で、侯爵位の継承権を持つ者が誰もいなくなった。これが、10の月の終わりだ」
私の洗礼式が10の月の始まりだから、1ヶ月後という事ね。
ここで、お父様はお茶をひと口飲んで、私を見つめて再び話し出す。
「アデル。国王は、毎月、月の最後の日に神殿で祝詞を奏上し、魔力を奉納する事になっている。その時、国の運営に必要な六つ柱の大神に関わる事を、報告・相談する事がしきたりになっている。
アデルは知らないだろうが、国の20の領地の名は、六つ柱の大神から賜ったものなんだ。一族が絶えれば、名を継ぐ者が絶える。今やデクストラレクスという名は反逆の汚名そのものになってしまった。もはや、他の者に継がせる事もできぬ」
あ、そういう事か!
六つ柱の大神への報告事項になってしまった訳かぁ。
でも、神様にどういう風に報告するんだろ?
「そこで私は、10の月の最後の日、レオアウリュム様に、デクストラレクスの名を返上する事を申し出た。
六つ柱の大神は、私の記憶を読み取り、事の詳細まで全てをお知りになった。
そして、名の返上を受け入れてくださった。あとは新しく領主になる者の名を領地の名にすれば良い。私は、そう考えていたのだが、六つ柱の大神のお考えは違ったようだ」
考えが違う?
六つ柱の大神が何か言ったりしたりして、このまま終わらなかったって事?
「次の日、デクストラレクスの領主の館に雷が落ちて、館は大破した。
見ていた者は皆、矢の形をした雷が、数え切れないほど沢山、館めがけて落ちていったように見えた、と証言している。
領主の館にいた者のうち、捕らえて牢に入れていた貴族達は、一人残らず雷の矢に撃ち抜かれて死亡した。貴族以外の罪を犯した者が入っていた塔の牢は、塔が崩壊して下敷きになり、牢の中の者は全員死亡した。
倒壊した建物の下敷きになって、重傷を負った者が何人かいたが、罪を犯していない者に死者はなかった。
ここまで全容を把握するだけで、かなりの時間を要したのだ」
ここでお父様は、大きなため息を吐いた。
うわお!
まるでインドラの矢だね!
無関係の人を巻き込む辺り、マジで祟りじゃん!
「だが、肝心のデクストラレクスは城の牢にいる。今、デクストラレクスは、神の呪いに蝕まれている」
うへぇ!
呪いだって!
怖っ!
まあ、デクストラレクスの場合は、自業自得だけど!
「11の月の最後の日、つまり昨日、私はレオアウリュム様に、領主の館の大破とデクストラレクスの症状について相談した。
レオアウリュム様からは
一、六つ柱の大神は、神の箱庭を壊そうとした者に神罰を下した。
一、隣国の王弟に神罰を下すまで、六つ柱の大神の怒りは鎮まらない。
一、火の女神フランマルテは、ルーチェオチェアーノスを非常に気に入っていて、隣国の王弟に神罰を下すのは自分だと言っている。
という事を教えていただいた。
その上で、アデルを神殿に連れて来い、と言われたのだ。お前の名が出た時は、生きた心地がしなかった。だが、逆らう事はできぬ。今日、連れて行く約束をさせられた。
さあ、私の説明は以上だ。どうする? アデル」
いや、どうするったって、どうもできないでしょー。
何で私なんだ?
よし、質問タイムといこう!
「うーん、お父様は、六つ柱の大神の用事は何だと想定しているのですか?」
「おそらく、隣国の王弟に関する事だろうと思う。六つ柱の大神の怒りを、鎮めるために必要な事だろうから」
うん、賛成!
でも、やっぱりなぜ私? って思っちゃうなぁ。
「神の呪いってどんなものですか?」
「刺青のような黒いイバラが、奴の手首に巻き付いたのが始まりで、イバラが少しずつ身体を侵蝕している。呪いが発動して2週間。身体全体をイバラが取り巻いているが、まだ生きている」
わ〜。
どんな苦痛があるんだろう?
クワバラクワバラ!
聞くのやめよ!
「デクストラレクスは、呪いをどう捉えているのでしょうか? 反省したのでしょうか?」
「奴は最初、誰かに魔法をかけられたと思い込んで、早く解除しろ、と騒いでいたらしいが、イバラに魔力以外の力を感じ取った後はずっと、自分は悪くない、助けてくれ、と喚いていたらしい。反省などカケラもしていないだろうな」
「じゃあ、放置でいいですね」
「放置って、ふはは。もともと奴は死罪の予定だったのだ。アデルの言うとおり、放置でいいさ。それより、六つ柱の大神の怒りを鎮める方が重要だ」
「お父様、六つ柱の大神の怒りって、私達が鎮めないといけないのですか?
私は、六つ柱の大神がやりたい様にやらせてあげれば良いと思います」
「やりたい様にやらせる?」
「はい、レオアウリュム様が教えて下さった事で、私達がしなければならない事は私が神殿に行く事だけでしたよ?」
「だが、私が領地の名の返上を申し出たりしなければ、こんな酷い大災害は起こらなかったのだ」
「それは違うと思います、お父様。今回に限り、六つ柱の大神がする事にお父様が責任を感じる必要は全くない、と思うのです。お父様の記憶を勝手に読んで、勝手に怒っているのですから。六つ柱の大神の怒りの原因には、六つ柱の大神が自分で直接、神罰を下すのです。そこにお父様の関与は有りません。いえ、むしろ褒められても良いと思います。頑張って罪を暴いたのですから」
「そうだろうか?」
「そうですよ。神には神の理があると仰ったのは、お父様ですよ。人の理でいくら悩んでも、六つ柱の大神には通用しませんよ」
お父様が、忘れてたと言わんばかりの顔でポカンとしている。私は、お父様の顔の前で手をヒラヒラさせながら、お父様と呼びかける。
すると、お父様の隣に座っていたロベールおじ様が、笑いながらお父様の背中をパシパシと叩く。
「陛下、しっかりしてください。姫殿下の聡明さは素晴らしいではありませんか」
「ロベール、煩い、叩くな」
「陛下、姫殿下の聡明さには私も感服しました。これなら神殿でレオアウリュム様と対面しても、無事、切り抜けられるでしょう」
と、イザークおじ様が褒めてくれる。
「アデル、おいで」
お父様に呼ばれてお父様の前に行くと、膝の上に抱っこされた。
「アデル、神殿にはイザークとロベールを連れて行く。六つ柱の大神の怒りの矛先がこちらに向いた時、君を連れて逃げてもらう」
「お父様、それは有り得ません。それでは本末転倒です。こちらは契約に背く事は何一つしていないでしょう?」
「ああ、そうなのだが、こんな事は今までなかったから心配なんだ」
お父様が不安で死にそうって顔してる。
でもね。
絶対とは言えないけど、今までの話を聞いた限り大丈夫な気がするのよね。
・・・よし!
「お父様、すぐにでも行かないといけませんか?」
「いや、…どうした?」
「お腹が空いたからお菓子を食べたいです。食べる時間はありますか?」
「は? お腹が空いたのか? …ははは、いいよ。食べなさい」
私は、嬉々としてお父様の膝から降り、お菓子を食べる。
やっぱり疲れた時の甘い物は格別だねェ。
おじ様方、何笑ってるのよ!
誤魔化しても肩が揺れてるよ!
こちとら今から獅子退治なんだから、腹が減っては戦はできぬだよーだ!
お父様に抱っこされた私はおじ様方と一緒に神殿に向かう。エレベーターの部屋(と私が勝手に呼んでいる)から出ると、神殿の様子はこの前洗礼で来た時と全く変わっていない。静かなものだ。
お父様と私は、魔法陣の中に並んで左膝をつく。おじ様方は、魔法陣の縁の外に並んで左膝をつく。
お父様が祝詞(洗礼の祝詞とは別物)を奏上すると、魔法陣に魔力を吸い取られて魔法陣が光りだす。六体の神像が光りだし、天井の光源から一条の光が差して、レオアウリュム様が顕現した。
順番は違うけど、前回とほぼ同じだね。
「やあ、ルーチェステラ。約束どおりルーチェオチェアーノスを連れて来たね。
やあ、ルーチェオチェアーノス、呼びたててすまないね」
「とんでもございません、レオアウリュム様」
「今日はね、フランマルテがルーチェオチェアーノスに何か、話したい事が有るんだって。今、フランマルテに代わるね」
いや、代わるねって、どうやって?
電話じゃないんだから!
レオアウリュム様が宙に浮かび上がる。くるんと前転した途端、獅子の形が崩れて光がバッと広がった。だんだん光が集まって女性の姿を形作っていく。光が収まるとそこには、炎のような赤い髪・・・
いや、本当に燃えている!
炎のようなじゃなくて炎だよ!
炎を頭に纏った、真っ赤な瞳の美しい女性が現れた。
これって神力?
魔力とは違うよね!
圧が…息苦しい!
私が思わず胸の前で交差していた手で、自分の胸を押さえると
「あら! ごめんなさい」
と言う声とともに圧が消えた。
お父様もホッと息をついて、私を心配そうに見るので、私は大丈夫という意味を込めてニッコリ笑って頷いた。
それを見ていた火の女神フランマルテは
「ルーチェステラとルーチェオチェアーノスは、仲の良い親子なのですね」
と感心した様に言う。
「地上に顕現するのは、プリーミスアレックスに会って以来ですから、力の加減を忘れていました。小さい体には苦しかったでしょう? 許してくださいね」
え? それって初代王以来って事?
「とんでもございません。恐れ多い事でございます」
「今日、ルーチェオチェアーノスを呼んだのは、お願いがあるからなのです」
「私にできる事でしたら、何なりとお申し付けください」
「デアフォルフォンスで貴女の記憶を見た時から気になっている物が有るのです。それを作って欲しいのです」
何ですと?
一体何の無茶振りが来るんだぁーっ!
さあ来い!
よし来い!
「それは何でございますか?」
「苺ショートケーキ」
「は? 苺ショートケーキ・・・でございますか?」
「そう、あの様な菓子はこの世界では見た事が有りません。水の星の菓子を食してみたいのです」
あれ? 神様って魔力を糧にしてるんじゃなかったっけ?
「あの…。お召し上がりになれるのですか? 地上の食物を?」
「大丈夫です」
と、フランマルテは胸を張って言う。
「かしこまりました。この世界の食材で、全く同じ物が作れるか、試してみない事には何とも言えませんが、水の星の菓子を奉納させていただきます。暫くの猶予を賜りますようお願い申し上げます」
「貴女なら引き受けてくれると思っていました。楽しみに待っていますよ。それからルーチェステラ、隣国の王弟なる者の所在は知れましたか?」
「いいえ、隣国に逃げ込んだか否かも判っておりません」
「ならば彼の者の魔力を込めた物が有るでしょう? それを持って来なさい」
「かしこまりました」
火の女神フランマルテがふわりと浮き上がり、くるりと横回転した途端に女性の形が崩れて、光がバッとひろがり、光が収束するとレオアウリュム様が現れた。
宙に浮いていたレオアウリュム様は、トンと台の上に降りると
「ふーっ、疲れた」
と言って、台の上にぺしゃりと腹這いになる。
「ルーチェオチェアーノス、フランマルテに何を言われたのか教えてくれる?」
「はい、水の星の菓子、苺ショートケーキを作って欲しいと仰せになりました」
「ふむ」
「あの…レオアウリュム様に教えを賜りたく存じます。よろしいでしょうか?」
「なあに? 言ってみて」
「以前、私の前世の記憶について、過度な流布を禁じられましたが、フランマルテ様のご要望に応じる為に、城の料理人に水の星の菓子を作らせる事は、過度な流布に該当しますでしょうか?」
「ちょっと待ってね」
レオアウリュム様は、しばらく目を閉じてじっとした後、目を開いて
「該当しない。ただし、奉納はフランマルテだけでなく、六つ柱の大神にする事。だそうだよ。良かったね」
「はい! ありがとう存じます」
「ルーチェステラは、フランマルテから何か言われた?」
「はい。隣国の王弟が魔力を込めた物を持って来るように、と仰せになりました」
「むむ?」
再びレオアウリュム様が目を閉じる。今度は長い。
再び目を開けたレオアウリュム様は
「もう! ケンカはしないでよね!」
と小さな声で呟いた後
「入手でき次第、速やかに持参するように、だって。準備ができたら、いつでも僕に持って来てね」
「かしこまりました」
「他に聞きたい事が無ければ僕は帰るよ」
「ございません。本日も格別のご配慮を賜りまして誠にありがたく存じます」
「うん、ルーチェステラ、ルーチェオチェアーノス、またね」
天井の光源から一条の光が差し、レオアウリュム様の姿が消えると、お父様と私は顔を見合わせて、深いため息を吐いた。
「アデル、火の女神フランマルテが望む物を作れそうか?」
「分かりません。でも、やって見もしないで出来ないとは言いたく無いのです」
「ふっ、そうか。負けず嫌いのそなたらしいな」
火の女神フランマルテの無茶振りは、想像もつかないものでした。
アデルにこの課題を達成する事が出来るのでしょうか。
次は、お友達に関する事です。




