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第9章 最後の帰宅  


 一年前、祖母は亡くなる前にこう言った。

 

「クリスティン。

 私が死んだらこの家は終わりです。

 お前はこの家と家族にもう縛られる必要はないわ。そして利用されることも。

 成人したらこの家を捨てて独立しなさい。

 私は、将来お前が一人でも生きて行けるようにと育ててきたわ。

 今のお前ならもう大丈夫。だから、なんの心配もいらないわ」

 

 その時、私は初めて祖母の深い愛情に気付いたのだ。

 祖母が厳しく私に接してきたのは、この家のためでも、ましてや祖母の伝説のマナー講師としての名声のためでもなく、私のためだったのだと。

 私が家や家族に押し潰されることなく、自由に生きられるようにありとあらゆることを教えてくれたのだ。

 そしてそれは、かつてそれを望んでいたにも関わらず、叶わなかった祖母の願いでもあったのだろう。

 祖母だってきっと一人でも生きて行けたはずだ。

 けれども祖母は、一見するときつそうに見えても本当は優しくて情のある人だったから、政略結婚を受け入れ、嫁ぎ先のために一生懸命に尽くしてきたのだろう。

 それなのに、却ってその熱心さが仇となって、家族から煙たがれてしまったに違いない。 

 

 私は祖母が亡くなったその日、来年十六歳になったら家を出ようと心に決めた。

 その二年前からすでにお城でお針子として勤めていたので、独立してもやっていけると思った。

 本当は祖母がいなくなった時点で、お城の中にある使用人用の寮に入りたかったのだが、両親がそれを許さなかった。

 使用人としての私がいなくなったら困るからだろう。

 未成年は親の許しがないと入寮は不可能だったので、この一年ひたすら耐えてきた。

 一日千秋の思いで今日という日を待ち望んでいたのだ。

 それ故に私は、たとえドレスが破られても、あと一年も我慢することはできなかったのだ。

 私は必死でドレスを繕った。

 そして仕上がったそのドレスを着た私を見て、姉のキャロンが愉快そうに嘲笑った。

 

「お祖母様の作ったドレスがいかに素晴らしくても、ツギハギだらけになったらなんの価値もないわ。

 もしそんなのを着て舞踏会へ参加したら、私以上にお祖母様の評判を下げるわね」

 

「そうですね。

 でも最初からそれがお望みでお姉様はこのドレスに鋏を入れたのでしょう?

 ですから、私はお姉様の思い通りに行動します。嬉しいでしょう?」

 

「クリスティナ、そんなことをしたら、お前は笑い者になり、我がスミスン子爵も終わりだ。

 二度と社交会には出られなくなり、どこの家とも付き合えなくなる」

 

「そんなことは今さらでしょう? 

 それにお父様もお母様も、お姉様の命令には素直に従えといつも言っているじゃないですか! 

 だから、私はお姉様の指示通り、この格好で舞踏会に行ってきます」

 

 これから起きることの結果は、全て貴方達なのせいなのですよ、と私はそう家族に告げて家を出てきた。

 

 

「貴女は家を出たいのですか?」

 

 カイトン卿にそう尋ねられて私は首を横に振り、こう答えた。

 

「出たいのではなく絶対に出ます。

 今日、いえ舞踏会が終わるとはもう明日になってしまいますが、一度家に荷物を取りに帰ってから、城の使用人用の寮に入るつもりなんです。 

 上司には前々からお願いしていて、すでに部屋を確保してもらっているので」

 

 すると、カイトン卿は少し間を置いてからこう言った。

 

「もし、貴女が本気で家を出る気なら、戻らない方がいいんじゃないかな。恐らくご家族に妨害されると思うよ」

 

「まあ、そうなんですけれど、祖母との思い出の品やお気に入りの洋裁道具など、これから使う物がまだ部屋の中にあるので」

 

「そうか。それでは私が君の荷物を運ぶ手伝いをしよう」

 

「はい?」

 

 カイトン卿の発した言葉の意味がわからず、私がキョトンとすると、彼はこう言葉を続けた。

 

「私は貴女をエスコートすると約束したからね、貴女を屋敷までちゃんと送り届けるよ。

 ただしすぐそこから離れるというのなら、ついでだから、貴女の最終目的地まで我が家の馬車で送って行く」

 

「カイトン卿にそこまでしていただくわけにはいきません。舞踏会にエスコートして頂いただけでもありがたいというのに。

 私は歩いて帰れます」

 

 私が慌ててこう言うと、カイトン卿はわざと困った顔を作ってこう言った。

 

「私のために最後までエスコートさせて欲しい。

 騎士がパートナーを家まで送らなかったと知られたら、私は世間から騎士失格の烙印を押されてしまうからね」

 

 あっ!

 私は自分のことばかり考えていて、カイトン卿の立場を慮ることをしなかった。散々お世話になったというのに。

 私は慌てて、

 

「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」

 

 とカイトン卿に頭を下げたのだった。

 

 

 

 やがて翌朝、パーティーは(私にとって)大した波乱もなく無事に終了した。

 

 その後私は、大切な大切な成人証明書を誰よりも先に受け取って、カイトン卿と共にいち早くホールを出て、車止めに停まっていたカイトン伯爵家の馬車に乗り込んだ。

 

「あの、ナタリアさんはどうなさるのですか?」

 

「彼女は今回一応妹付きのメイドとなっているから、バーナード侯爵家の馬車に乗るだろう」

 

「そうなんですか……ナタリアさんにはとてもお世話になったので、直接お礼を言いたかったのですが。

 それにネックレスとベルトをお借りしたままなのですが、カイトン卿にお預けしてもよろしいのでしょうか」

 

 図々しいと思いながらも、早くナタリアさんに返さないと迷惑を掛けるかけてしまうのでそうお願いした。

 するとカイトン卿は、無責任にもこんないい加減なことを言った。

 

「今度会ったときに返せばいいさ。どうせそのうちまた会えるから」

  

 と。

 えーっ!

 私はこれからはほぼ城の中で缶詰状態になると思うのですが。

 出かけるとしても教会くらいだと思うので、ナタリアさんにお逢いする機会なんておそらくない。

 どうすればいいの?

 

 

 早朝なので街中はまだしんと静まり返っていて、馬の足音と馬車の車輪の音だけが響いている。

 

 カイトン卿の美し過ぎる顔を見るのが嬉しくもあり、恥ずかしくもあったので、私はただ顔を赤くして下を向いていた。

 朝になってもこうして彼と一緒にいることが不思議だった。普通、夢なら朝には消えているはずよね?

 あっ、まだ眠っていないからか。

 一度眠って目が覚めたら、きっとカイトン卿はいない。

 そんな当たり前ことをつらつらと考えているうちに、馬車はスミスン子爵家に着いた。

 

 まとめてある荷物を取ってくるだけなので、カイトン卿には馬車で待っていてもらって、私は自分で門の鍵を開けて庭に入り、こっそりと裏口から家の中に入った。

 案の定家族はまだ起きていなかった。

 彼らは怠け者で朝はいつも私が仕事に出かけた後に起きるらしく、おはようと挨拶をした覚えがない。

 つまり、私がいないとメイドさん達はこの屋敷にも入れない。

 そのことを思うと申し訳なさが募るが、今回は許してもらいたい。

 明日以降は両親が対処するだろう。

 

 数少ない衣類や日用品は、すでに仕事部屋へ少しずつ運んで、隅の方に置かせてもらっていた。

 だから今日持って行くものは祖母から譲られた裁縫箱と手芸の材料。

 そして祖母からもらったプレゼントが入った小箱だけだ。

 それらを大きな正方形の生地に包んで背負った。

 孤児院へ古着を運ぶときもこのスタイルなので、もうすっかり慣れている。

 しかしたとえツギハギとはいえ、デビュタント用のドレス姿でこれはないなぁと自分でも思う。

 けれど、もう着ることのないとはいえ、祖母が縫ってくれたドレスを捨てる気には到底なれなかった。

 かと言って持って行くことになると荷物になるから、このまま身に着けておくしかなかったのだ。

 

 この世界ではあまり見かけたことないけれど、風呂敷って最高のエコバッグよね。

 どんな形の物だって包んで運べるんだから、高価なトランクなんて必要ないわ。

 

 私はできるだけ物音を立てないように静かに歩を進めた。

 しかし、一階に下りて裏口のドアを開けた瞬間、背後から母に声をかけられてしまったのだった。

 



 読んで下さってありがとうございました。

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