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第8章 切り裂かれたドレスー2


 そしていよいよ私の名前が呼ばれた。

 会場内が少しざわついた。でも気にしない。

 私はカイトン卿の腕から手を離し、国王陛下の前でカーテシーをした。

 陛下は私の顔を見て酷く驚いた顔をしたものの、寿ぎの言葉を授けて下さった。

 やったぁ! これで成人として認められたわ。ようやく家を出て自由になることができる。

 ニヤけそうになるのを必死に堪え、なんとかこのまま事なきを得て退場しようと、他の王族の皆様にも挨拶をしていたら、王妃殿下に少し睨まれた。

 

 王太子殿下は私とカイトン卿に視線を向けて、凝視した後で何か言いたげな顔をしたが、カイトン卿は完全にそれを無視していた。

 そして最後に王太子妃殿下の前で挨拶をすると、妃殿下は、

 

「スミスン子爵令嬢、本日は社交界デビュー、おめでとう。これからの貴女の活躍に期待していますよ」

 

 と言葉を掛けて下さったので、私は感動してして舞い上がった。

 間もなく王妃殿下になられる方に、直接声がけをして頂く機会など滅多にあることではない。

 しかも、この舞踏会終了後に平民になるであろう私にとっては、最初で最後のことだろう。最高の思い出ができた!(と、その時の私は思った……)

 

 

 王族との挨拶が済んで無事成人と認められた私は、上機嫌でカイトン卿とダンスを踊った。

 これで退去するときに成人証明書を受け取ったら、私はもう大人。自分のことは自分で決められるのだ。

 

 

「上手なんだね、ダンス」

 

 カイトン卿にそう言われて私はこう答えた。

 

「意外ですか? そうですよね。いつも座って繕い物ばかりしていて、活動的には見えないでしょうから」

 

「いやいや、貴女が活動的だということはよくわかっているけれどね」

 

 クスクスと彼は笑った。

 そうだった。

 なぜか、これまで出くわした場面はいつもいざこざの真っ最中で、私は箒や物差しや鋏を振り回しているところだったわ。

 うっ、恥ずかしい。

 

「わ、私こう見えて、実はダンスは子供のころから祖母に仕込まれていて得意なんです」

 

「お祖母様から?」

 

「はい。うちは貧乏子爵家なんですが、祖母は伯爵家の出身で、きちんと淑女教育を受けていたみたいで、孫にも厳しかったんです」

 

 私はそうカイトン卿に話した。

 自分で言うのもなんだが、素直過ぎた私は祖母の厳しい教育を真面目に受けてしまった。

 そしてそれが結果としてはまずかった。

 何故なら、その祖母の厳しい教育について行けなかった二つ年上の姉の反感を買ってしまったからだ。

 ついでに言えば、やはり祖母の望み通りになれなかったことで劣等感の塊だった母からも、私は疎まれてしまった。

 

 私の母はスミスン子爵家の一人娘で、同じ子爵家の次男であった父を婿養子にして跡を継いでいた。

 父は特別私を嫌っているわけではなかったが、母の機嫌を取るために、私をずっと無視していた。

 まあ、折檻したり怒鳴らなかっただけ、父の方がまあマシだったけれど。

 

「お祖母様が嫌いだった?」

 

「いいえ。厳しかったですけれど、それは生きて行く上で必要なことだったので感謝しています。

 私がお針子として今こうして仕事ができているのも祖母のおかげですから。

 ただ、祖母は誰にでも完璧を求める人だったので、それには困っていました。

 祖母は自分ができて当たり前のことを子や孫にまで強要するので、それに応じられなかった家族は屈折してしまって。

 そのせいで、私もかなりとばっちりを受けていますから」

 

 私はこれまで誰にも話さなかったことを、ついカイトン卿に話してしまった。どうしてかしら。

 

「貴女の今日のドレスは斬新なデザインでとても素敵ですが、元々その形だったわけではありませんよね?」

 

 カイトン卿は上手く言葉を選んでこう訊いてきた。私なんかのためにこんなにも気遣ってくださるとは……

 私は感動して、またもや本来なら隠しておくべき家庭内の事情を、馬鹿正直に話してしまった。

 

「このドレスは、昨年亡くなった祖母が作っておいてくれたものです。

 祖母はドレス作りの職人と同等の腕を持っていました。ですから、私だけではなくて母や姉のデビュタント用のドレスも祖母が手作りしていたそうです。

 そしてこのドレスは、すでにベッドの上の住人だったにもかかわらず、精魂込めて祖母が作ってくれた大切なものです。

 それなのに五日前、姉に滅茶苦茶に切り裂かれてしまったのです。

 それで仕方なくその裂けたドレスを繕って、今日着てきたというわけです。

 別の新しいドレスをすぐに用意するお金も時間もありませんでしたから」

 

「なぜ姉上はそんな酷いことをしたのですか?」

 

 一瞬眉間にしわを寄せて嫌悪を表したが、まるで予想をしていたかのように、カイトン卿はそれほど驚くこともなくこう訊いてきた。

 

「姉は祖母を嫌っていたので、祖母の作ったドレスが憎かったのでしょう。

 それに、祖母に気に入られていた私のこともよく思っていないので、嫌がらせがしたかったのかもしれませんね」

 

 実は二年前、姉のキャロンはデビュタントの時に色々とやらかしていていた。

 生来の怠け者で努力が嫌いな姉は、祖母からの躾や貴族として必須の淑女教育もまともに受けずに逃げ回ってばかりいた。

 祖母の指導が厳し過ぎるから悪いのだと文句を言うのなら、母が自分で指導すればよかったのだ。

 しかし、その母も自分の母親から逃げ回っていたのだから、姉に満足に教えることができるはずもなかった。

 

 そのために、一般的な淑女マナーさえできていなかった姉は、デビュタントとして王城の舞踏会に出席した際に、周りからの顰蹙を買ったのだ。

 そして、

 

「いくらあんな立派なドレスを着ていても、着ている本人があれでは、無駄ですわね」

 

「作法も所作も目茶苦茶で、見ているこちらが不愉快になるわ。せっかくのドレスが勿体ないわね」

 

「一体どこのご令嬢なんだろうね。親の顔が見たいよ」

 

 と言われたそうだ。そして壇上で名前を呼ばれた時、周りからざわめきが起きたという。

 

「あのご令嬢がスミスン子爵夫人のお孫さん? 信じられないわ」

 

「淑女の鑑と呼ばれ、マナー講師として名高かったスミスン子爵夫人のお孫さんがあのご令嬢なの? 嘘でしょう!」

 

 これらの声を聞いた姉は、自分が嫌っている祖母が、超有名な一流のマナー講師だったということを知ったらしい。

 姉は学園には通っておらず、家庭教師から学んでいただけなので世事に疎かったのだ。

 姉は国王陛下や王妃殿下から冷たい視線を向けられ、溜息をつかれたが、どうにか寿ぎの言葉を授かることができた。

 

 しかし、それ以後姉が社交界に出ることはなかった。

 私を虐め続けていた姉だが、どうやら内弁慶だったらしく、デビュタントの失敗で社交界に恐れをなしたらしい。

 何故祖母のことを教えてくれなかったのだと、母を責め、他人は上手く教えられるくせに、どうして娘や孫の教育は失敗したのだ、と理不尽にも祖母を罵った。

 

 そして、散々私を虐めたりこき使ってきたくせに、あの日を境に私のことを完全に無視をするようになった。

 まあ、こちらとしては却って幸いだったのだが、あれから二年も経って、こんな嫌がらせをされるとは思いもしなかった。

 まあ、陰では私の婚約者にいい加減なことを吹き込んだり、仲を引き裂こうと邪魔をしていたことには気付いていたけれど。

 

「ご両親はなぜ新しいドレスを用意してくれなかったのですか? 

 いくら高価な品とはいえ、普通は借金をしてでも準備するでしょう? 

 陛下からの寿ぎの言葉を授からないと、一人前と見なされなくて、社交界に出ることが難しくなり、婚約や結婚にも響くでしょうに」

 

「さすがに両親もこのドレスには驚いて、ドレスはどうにかするから、デビュタントは来年に繰り越すようにと言いました。

 けれど私は、その一年を待つのが嫌だったのです。

 私は早く成人と認められてあの家から出たかったので。

 だから必死でこのドレスを繕いました。

 こんなドレスでは皆さんの顰蹙を買い、陛下からは寿ぎの言葉を授けてもらえないかも……と不安になりながも、どうしても諦められなかったのです」

 

 両親はツギハギだらけのドレスを身に着けた娘を見て驚き、私が舞踏会に参加するのを必死で止めようとした。

 これまで私の存在を無視して、ずっと蔑ろにしておきながら、ドレスは何とか調達するから来年まで待てと、私を引き留める両親に笑ってしまった。

 姉が社交界デビューに失敗して引きこもりになったため、私には社交界に出てもらわないと困るのだろう。

 それなのに、こんなツギハギだらけのドレスを着て私が舞踏会に参加したら、姉以上に笑い者になってしまう。

 そうなったら、スミスン子爵家はもう社交場に出られなくなり、ますます凋落してしまう、と焦ったのだろう。

 

 しかし、私はもう家のことなどどうでもいいのだ。

 そもそも我が家はすでに凋落している。

 そしてそれは私のせいではない。

 私にはあの家のために尽くす義務などありはしないのだ。

 無給で働かされてきた上に、王城で頂いた賃金まで奪われてきたのだから。

 

 

 読んでくださってありがとうございました。

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