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第7章 王太子殿下の謝罪  


 パーティー会場へ入ると、最初に私を見た人達は必ず一瞬ギョッとした顔をした。

 しかしその後、なぜかご令嬢方の方からにこやかに話しかけられた。カイトン卿ではなくてこの私に。

 まあ男性の方々は、カイトン卿が妙ちきりんの変わった意匠のドレスを着た私を連れていることに、一様に驚いた表情を浮かべて、私達の顔を見比べていたけれど。 

 

 舞踏会が始まると私達デビュタントとパートナーは、国王陛下夫妻や王太子夫妻、各王族の皆様に挨拶をするために、壁側に沿って並び始めた。

 もちろん爵位の高い順に。

 かなり裕福そうな男爵家のご令嬢も数人いたので、私がその前に立つのはとても気が引けたがまあ仕方が無かった。

 まさか、あの(・・)カイトン卿を最後尾に立たせておくわけにもいかなかったので。

 

 今年の舞踏会で社交界デビューする令嬢の中で、もっとも高位なのは侯爵令嬢の三人。

 彼女達のカーテシー並びに所作は全て完璧で、後方に並ぶわたし達の良い手本になった。

 

 しかし、彼女達に続こうとしていた伯爵令嬢が、挨拶を始めようとした瞬間にひと悶着があった。

 なんとデビュタントである一人のご令嬢がカーテシーをする直前に、王太子殿下の方が先に頭を下げたのだ。

 そして何か必死に謝罪というか言い訳じみたことを言い出した。

 

 謝罪されたそのご令嬢はタジタジになって、王太子殿下からなんとか距離を取ろうとしているのが見えた。

 するとそこにパートナーの紳士が間に入って、何か低い声で捲し立てていた。

 会場の中がざわつき始めた。

 隣を見上げると、カイトン卿がこの場面を予想していたかのように渋い顔をして、片手を額に当てていた。

 もしかしたらあそこにいるご令嬢って、さきほどのナタリアさんの話に出できた、カイトン卿の妹のサリーナ様かしら?

 

 と私は思った。

 すると、やはりサリーナとかリックスとかバーナードとかいう名前が聞こえてきた。 

 

 サリーナ様の婚約者が王太子殿下の側近だと聞いたけれど、それって、外相バーナード侯爵のご子息、リックス様だったの? 

 リックス様はかなり優秀で、カイトン伯爵家のご嫡男と共に殿下の双璧だと噂で聞いている。顔は知らなかったけれど。

 だけど、サリーナ様との時間を作るために王城の仕事を辞めたと、さきほどナタリアさんが言っていた。 

 それって、王太子殿下の側近を辞したってことだったの? 

 

 えーっ!

 

 もしかして、今壇上で繰り広げられている騒動ってそれに関することなの?

 

「カイトン卿、妹君をお助けしないでよろしいのですか?」

 

 出しゃばったことだとは思ったのだが、ついそんな言葉が口から出てしまった。

 カイトン卿は少し驚いた顔をしたが、その後平然とこう言った。

 

「貴方は、私の妹とその婚約者であるバーナード侯爵令息を知っているのですか」

 

「いいえ、お顔は存じませんでした。

 でも今しがたお名前が聞こえてきたので、もしやと思ったのです」

 

「ええ、そうなんです。

 全く恥ずかしい限りです。あんな一番目立つ場所で揉め事を起こすなんて。

 でも、あの二人が今後の人生を共にするつもりなら、二人でこれくらいのことは乗り越えられないと困る。だから手を出すつもりはありません」

 

 カイトン卿の言葉を聞いて、彼が本当に妹カップルを大切にしていることがわかった。

 甘やかすだけが愛情ではない。

 なんでもかんでも手を出してしまうと、自分一人では何もできないくせに、人にしてもらっても感謝もしない、うちの姉のような人間になってしまう。

 

 

 静観していると、三人の間に王太子妃殿下が仲裁に入り、どうやら事なきを得たようだった。

 場所も立場を考えずに詫びを入れた王太子殿下。

 まもなく王位に就くと聞いているけれど、あれで大丈夫なのかと生意気にも思ってしまった。

 

 すると私の感情が読めたのか、カイトン卿は他の人には聞こえないくらいの小声でこう言った。

 

「殿下は基本的に人を信じないから、特定の人間ばかり重用する。

 だから、リックスに辞められてかなり焦っているんだ。

 もう一人の側近は私の兄、つまりサリーナの兄だから頼るわけにはいかないし。 

 兄も常日頃、殿下に苦言を呈していたのに、聞く耳を持たなかったからな」

 

 カイトン三兄弟は揃いも揃って眉目秀麗の人気者。

 ところが適齢だというのに特定の方が未だにいないのは、もしかして、デートする暇もないからだったの?

 

「重用された者は殿下にその能力と人間性を認められたことになるわけだから、名誉なことだし誇らしく思う。だから必死で働く。

 しかしそれが度を越すとさすがに心身ともに疲弊する。

 それでこれまでも幾人もの優秀な人間が再起不能に陥っている」

 

「酷い……」

 

 思わず私はそう呟いた。前世の過労死した人達のニュースを思い出したのだ。

 真面目で優秀であればあるほど、与えられた仕事をきちんとこなさなければと頑張るから、それを利用されてさらにハードワークを強いられる。

 そして疲れ過ぎて思考能力が低下するの、それを断ったり逃げ出すという判断もできなくなって、最後は……

 

 王太子殿下がしていることは、ブラック企業の上司と同じだ。

 まあ私の前世の仕事は公務員で、好きな部署の仕事をしていただけだったけれど。

 

 あっ!

 

 今、死因を思い出した。やっぱり過労による突然死だった。

 でもそれは、上司に過酷な労働をされたからではなかった。

 周りから働き過ぎを注意されていたのに、仕事にやり甲斐を感じて夢中になって、それを止められずに体を壊したのだから、正に自業自得。


 しかも私のせいで他の人が怠けているように思われてしまったのだから、本当に申し訳なかったわ。

 何事にも限度があるし、人は仕事のために生きているわけじゃなくて、より良く生きるために働くのだから。

 

 王太子殿下も最悪の状況に陥っているわね。

 人を信じていないから、信頼できる人だけに負担をかけ、その結果大切な人を再起不能にし、信頼する者をなくす。

 このままでは破滅ルート一直線ね。

 信頼できる大切な相手なら、より一層大切に扱わないといけないのに。

 

 ああ、そうか。

 

 先々月、王太子殿下が市中見廻りに出た時に暴漢に襲われたという噂が一時期出回っていた。箝口令が敷かれていつの間にか消えたけれど。

 その時殿下をお守りしたのは近衛騎士ではなく、王都の警邏をしている騎士団の若手騎士のルーカス=カイトン卿だった。

 そして先月英雄として国王陛下に褒賞を頂いて、王都の見回り騎士から近衛騎士に大抜擢されたのよね。

 

 周りの人達はカイトン卿のことを大出世だ、羨ましいと言っている。

 実際に彼を妬んで嫌味を言ったり、絡んでくる者達もいたと聞いている。

 いいえ、それどころか実際に闇討ちをかけてきたとんでもない奴がいた。

 たまたまそこに私が通りかかったことで、それを防げたけれど。

 みんなは近衛に選ばれたことを名誉なことだと言っているけれど、カイトン卿がそれを望んでいたのか、喜んでいるかはわからない、と今の話を聞いて私は思った。

 おそらく彼は今、王太子殿下にこき使われているはずだもの。

 

「バーナード侯爵令息様はご立派ですね。闇に落ちる直前に、ご自分にとって何が大切なのかに気付かれて、愛する婚約者であるサリーナ様をお選びになったのですから」

 

 私がぼそっとそう呟くと、カイトン卿は頷きながらこう言った。

 

「だから彼に妹のエスコート役を譲ったんだ」

 

 やっぱりカイトン卿はちゃんと婚約者のことを認めたからこそ、サリーナ様のエスコート役から身を引いたのね。

 

「彼とは学園時代からの友人でね。僕が二人の縁を取り持ったようなものだから、以前から気にはしていたんだ。

 彼の真面目なところは利点だが、それが過ぎると道を誤るからね。

 だから、このまま王太子殿下だけに忠誠を誓い、周りが見えなくなって、本当に大切なものを守れないような奴なら、妹は託せないと思っていたんだ。

 でも妹を選んでくれて良かったよ。妹のためというより、彼自身のためにね」

 

「これからどうなるのでしょうか?」

 

「心配しなくても大丈夫だと思う。王太子妃殿下はしっかりとした方だから」

 

 あんなに可憐で儚げな方なのに、見た目とは違って精神的にタフなのかしら。

 そう言えば、ナタリアさんもそんなことを言っていたような気がするわ。

 

 少しずつ列は短くなっていき、次第に王族の皆様のお顔がはっきりとしてきた。

 今後こんなに近くでご尊顔を拝することはないだろうと、私は失礼のない程度に、皆様を見つめていた。

 その時、王太子妃殿下と目があった気がした。少し驚かれたような顔をなさったのは、きっと私の異様なドレスのせいだろう。

 お目汚し失礼します。申し訳ありません。

 こんな奇抜な格好をしていますが、どうか私を成人として認定して下さい。

 私は心の中で手を合わせたのだった。

 読んでくださってありがとうございました!

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