第57章 二人の初めて
今日のルーカス様は黒っぽいスラックスに白いシャツ、そして上着ではなくてグレーのマントを羽織っている。
私と二人きりでいたいからと護衛を断ったせいで、必然的に帯剣せざるを得なくなって、それを隠すためにマント姿はなのだ。
「せっかくティナがそんなに可愛い格好をしているのに、僕がこんな格好でごめんね。しかも初デートなのに」
ルーカス様が謝ってきたけれど、何も問題はないわ。
ルーカス様はどんな地味な装いをしていても、王城のパーティーで着飾っている紳士方より、ずっとずっと格好いいのだから本当に参ってしまう。
というより、そもそも絵姿が市井にばらまかれて顔バレしてしまったからと、第二騎士団から近衛に異動になったのではないの?
そんな普通の格好で本当にいいの?
身元がばれてしまうのではないかと心配になった私は、変装した方がいいのではないかと、出かける前に彼に何度も提案したのだ。
それなのに、ルーカス様は絶対に嫌だと言い張った。
僕達は婚約者同士なのに、何故そんなコソコソと隠れるようにデートをしなくてはいけないのだと。
するとナタリアさんも、変装などすると却って不自然に映って、バレてしまうものですよ、と言った。
「前世で時々、大スターの突然の入籍発表に驚かさせることがあったでしょう?
そのたびに、よくこれまでバレずに交際してこれたものだと感心しましたよね?
でもインタビューでみなさん似たようなことを言っていましたよ。別に隠そうとはせずに堂々と付き合っていましたって。そうすれば案外バレないものですよ、って」
彼女が私だけに聞こえるようにさらっとこう言ったので、なるほどと納得した私だった。
「その服はナタリアのお下がりなのかな? ごめんね。本当は僕がプレゼントするべきだったのに」
ルーカス様が眉毛を悲しげに下げたので、私は慌てて首を横に振った。
「謝らないでください。服はもういらないと言ったのは私なのですから。
私の部屋のクローゼットは、すでに衣装でいっぱいなのです。
お義母様やキリア様、そしてサリーナ様だけではなく、ナタリアさんからも素敵な服をたくさんいただいたので」
「サリーナは自分のお古を君に渡したのかい?」
「いいえ。双子コーデがしたいからと、サリーナ様がサイズ違いで同じデザインの服を二着作られたんです。その一着をくださったのですよ。
明日は一緒にそれを着て、オペラを観に行く予定なのです。そしてその後はカフェ巡りをして、雑貨屋さんにも寄るつもりなのです。楽しみです。ルーカス様にもお土産を買ってきますね」
「双子コーデとは何なんだ? というより、明日は僕も付いて行くぞ。リックスにも頼まれているし」
「えっ? 明日はお休みじゃないですよね? それにオペラのチケットは二枚しかないですし、完売しているから今からではもう買えませんよ」
そのオペラは今一番人気があって、チケットは即完売になってしまい、もう手に入らない。
そもそも最初から入手困難だったそのチケットを、サリーナ様のためにリックス様が必死な思いで入手したのだ。
それなのに、前々から予定されていたとある二国間会議が、相手国の都合で変更になり、その日時が運悪くオペラの日と重なってしまった。
しかも、その会議の担当者が一昨日事故で怪我をしてしまい、リックス様がその代理責任者に選ばれてしまったのだ。
まだ二十代前半のリックス様が指名されたことは、かなり異例なことで大変名誉なことらしい。
しかし、彼本人はそうは思っていなかったらしく、話を聞いたその場でお断りをしたそうだ。
それなのに、ようやく取得したはずの休暇は無効にされ、結局その仕事を引き受けざるをえなくなったという。
昨日それを告げにカイトン伯爵家にいらした時の、リックス様の悲壮感たっぷりのお顔といったら、本当にお気の毒だった。
そんな婚約者に、
「仕方ないわ、お仕事ですもの。私は親友と出かけますからご心配なさらないで」
サリーナ様は健気に慰めていたわ。これでリックス様のホランド王太子殿下への恨みはさらに増幅されたわね、と私は確信した。
でも、リックス様が帰られた後、サリーナ様はにこやかに私をそのオペラに誘ってきたのだ。
「ティナ様、明後日のオペラには例の双子コーデをして一緒に行きましょう。
明日はルーカスお兄様とデートなのでしょう?
お兄様やナタリアお義姉様とばっかり仲良くして、私妬けちゃうわ」
と。
学園に通ったことのない私は、当然ながら制服姿のまま授業の後で、友人と街に繰り出すなんて経験はない。
それに給金を全部親に奪われて、ろくな小遣いもなかった私は、仕事帰りに仲間とカフェやレストランへ行くどころか、安い食堂にさえ入ったことがなかったのだ。
リックス様には大変申し訳なかったけれど、サリーナ様の申し出に一も二も無く飛び付いた私だった。
だから、ルーカス様の護衛の申し出を私はやんわりお断りをした。いつもの護衛の方にお願いすればいいのだから。
ところが、彼はこう言って譲らなかった。
「僕は別にオペラを観たいわけではないから、チケットなどいらない。護衛として付いて行くだけだ。
愛する婚約者と妹を守るのが僕の最重要の役目だからな」
ええ~っ!
大変有り難いお話なのですが、サリーナ様とルーカス様がご一緒していたら、それこそカイトン伯爵家の美し過ぎる兄妹だとバレバレで、却って人集りができて危険が増すのではないですか?
そう私は思ったが、護衛のプロに向かってそれを口にすることはできなかった。
それに、そもそもルーカス様が私達の護衛をするのは公務だというのだから。
国際会議の代表者の関係者が狙われる、そんな可能性もあるからと。
おそらく、リックス様が仕事を引き受ける際にその条件を提示し、王太子殿下がそれに応じたのだと思う。
それを聞いた私は、今日も明日もハラハラドキドキする一日を送ることになるのだろうな、と改めて思った。
まあ、それはそれで刺激的でいいかもしれないけれど。
目的地に向かって二人で歩きながら、リックス様の不幸に同情し合った。
しかしそんな会話でさえ楽しく、幸せを感じた。
(リックス様、本当にごめんなさい)
そして久し振りに礼拝堂へ着くと、そこで皆さんから熱烈歓迎され、祝福された。
そしてその後私達は、カフェ巡りをして、雑貨屋さんにも寄った。
ルーカス様は、私の初めてを共に経験する権利を、サリーナ様に奪われたくなかったと呟いた。
それを聞いた私は、思わず嬉しくて絶叫したくなって、慌てて両手で口を押さえたのだった。
そして最後に公園のベンチに座って、屋台で買った串肉を食べた。思った通りに甘い濃厚なタレのかかった肉はジューシーでとても美味しかった。
それなのに、ルーカス様はなぜか大きくため息を吐き、「失敗した……」と小さく呟くのが聞こえた。
何を失敗したのかしら? 最高の初デートだったのに
……と思った瞬間、私はハッとした。
美しい夕暮れの公園には私達同様にたくさんのカップルがいたのだが、彼らがやたら体を寄せ合っていることに気が付いたからだ。
ああ、そうか。そういうことね。
さすがに串肉を食べた後でアレは無理よね。ムードがなさ過ぎるもの。
顔から火が噴いた。
私は恥ずかしさのあまり、ルーカス様の顔を見ることができず、思わず下を向いてしまったのだった。
双子コーデのことはもちろん、ナタリアがサニーナに教えた。
ナタリアばかりクリスティナと一緒にいてずるい、と焼きもちを焼かれたので。
突如王都に出現した、ワンピースからリボン、帽子、靴、バッグまでお揃いの、超絶可愛くて美しい、二人の仲良しご令嬢達の話題は、王都にあっという間に広がった。
そしてその影響で王都では双子コーデが流行し、カラッティー商会はまたしても大儲けをした。
その後、なぜかクリスティナとサニーナの元には、モデル料だという名目の大金が届けられたのだった。
読んでくださってありがとうございました。




