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第47章 王太子の婚約・・・第三者視点・・・

 シェリル王太子妃は、執拗ともいえるくらいに、クリスティナとナタリアにドレスの製作を依頼してきました。

 これには彼女がどうして二ーディン王国に嫁いできたのか、その背景が大きく関係しています。

 その説明ために、この章から第三者視点による過去の話が続きます。


 時は十一年前に遡る。

 

 

 ニーディング王国の王妃はアルソア=カイトン伯爵を憎んでいた。

 王家の後ろ盾になっているのは実家の侯爵家なのだから、王妃である自分こそがこの国でもっとも強い立場にいるはずだ。

 それなのに、この国ではカイトン一族が幅を利かせていて、全く思い通りにならない。

 この国の王である夫でさえ一々宰相にお伺いを立てないと、何一つ決められないのだ。

 そんな馬鹿なことがまかり通るなんて信じられない。王家が高々伯爵家の言いなりになるなんて許せない。王妃である自分が蔑ろにされていることも含めて。

 王家の権威を取り戻すためにはどうすればいいのか……王妃は熟考した末に一つの結論に達した。

 

「そうだわ、カイトン一族でも対抗できない相手をこちらが取り込めばいいのよ」

 

 彼女は自分の産んだ息子であるホランドの妃に、隣国の王女を迎えれば、さすがにあの宰相だって、王太子には逆らえなくなるだろうと思った。ブーリアン王国は大陸一の大国なのだから。

 愛する息子にだけは絶対に惨めな思いはさせない、王妃はそう心に決めた。

 

 

 すると意外なことに、王妃の提案が宰相によってあっさり承諾された。しかも彼は率先してその話を進めてくれた。

 その結果ホランド王太子は十三歳の時、二つ年下のブーリアン王国のシェリル王女と婚約することになったのだった。

 

 しかし王妃は知らなかった。

 宰相であるカイトン伯爵がなぜ彼女の要望を積極的に応じてくれたのかを。

 

 実は、宰相であるアルソア=カイトン伯爵は、恩人ヘレナ=スミスン元子爵夫人の唯一の願いを叶えるために、できるだけ早く王太子の婚約者を決定したかった。

 彼女の孫のクリスティナが王家に取り込まれなくてすむように。過酷な運命を背負って生まれた少女が、できるだけ早く自由に安心して暮らして行けるように。

 

 そしてもう一つの理由としては、長年仕えてきたウエリン国王の憂いを払拭し、たった一人の王族として孤独に闘ってきた彼の心に、可能な限り早急に安寧をもたらしてやりたかったからだ。

 そのために、彼の愛する息子と手を携えて、共に進める伴侶を早く見つけてやりたかったのだ。

 宰相は、ホランドが王太子になると決まった十歳の頃から、身内のカイトン一族に命じて、国内外から王子妃に相応しい令嬢を探させていた。

 

 そして、婚約が整う一年ほど前にシェリル王女の名前が挙がって以来、王女の情報を入手し続け、半年くらい前からすでにブーリアン王国と交渉を始めていたのだ。

 もちろん国王にはその都度報告をしていたのだが、王妃には秘密にしていた。

 なぜなら、お相手がどんなに素晴らしい方であろうと、その王太子妃候補者を宰相が見つけてきたのだとわかったら、確実に拒絶されてしまうと思ったからだ。

 

 自分以外の誰かに、シェリル王女の話を持っていかせようと考えていたら、偶然にも王妃から先にシェリル王女との婚約の話を打診されて、彼は唯唯諾諾とその指示に従った。

 普段冷静沈着な彼も、この時ばかりは、これぞ天啓だと、心の中でガッツポーズを決めていたことは、誰も知らなかっただろう。

 

 

 結局のところ王妃は、宰相であるアルソア=カイトン伯爵の手のひらの中で踊らされていただけだった。

 彼女はブーリアン王国という大国を後ろ盾にすることで、王家の権威をカイトン一族から奪い返そうと図った。

 しかし、ブーリアン王国はアルソア=カイトン伯爵という後ろ盾があるからこそ、大切な末娘である第三王女を、ニーディング王国の王太子の元に嫁がせることにしたのだ。

 

 大国が望んでいたのは隣国の安定のみだった。ニーディング王国が不安定になったり、もし万が一崩壊して、流民が大量に発生したら、近接しているブーリアン王国が一番迷惑を被るからだ。

 かつては武力によって領地を拡大させていたこともあったが、今はもうそんなことは望んではいなかった。平穏無事こそが国家の発展には欠かせないと。

 

 ブーリアン国の王は、才色兼備で自慢の娘、シェリル王女の嫁ぎ先にずっと悩んでいた。そして、王国にとって唯一不安材料であった隣国との関係につい思い悩んでいたある日、ふと、娘を政略結婚させるのも有りではないか、という考えに至った。

 もちろんいくら王女が優秀でも、伴侶となる王太子の出来が悪過ぎたのでは意味ない。娘に多大な苦労をかけ、不幸にするだけで終わってしまう。

 しかし探らせてみると、王女より二つ年上だというホランド王太子は、多少融通がきかないタイプではあるが、真面目でそれなりに優秀。将来国王になっても何の問題もないことがわかった。

 

 先代は傾国の王と呼ばれるほどの愚王だった。しかし、名宰相コナール=カイトン伯爵のおかげでどうにか持ち堪え、今は彼の息子であるアルソアと現国王ウエリンによって、ようやく右肩上がりになりつつあった。

 そして次期国王になる王太子の側近も宰相の息子で、彼もまたかなり優秀らしい。

 

 たしかに王妃には色々問題があるようだが、賢い娘ならばなんとかそれも上手く躱せるのではないか。王太子やその優秀な側近達が周りを固めてくれるのであれば……と。

 そんな思惑を実現させるためにそろそろ行動に移そうとしていた時、彼の国の宰相アルソア=カイトンから書簡が届いたのだ。

 さすが名相と名高い人物だ。彼もまたブーリアン王国と同じことを考えていたようだった。

 そしてその書簡の一番最後にはこんな一文が記されていた。

 

『貴国の宝玉である姫君は、カイトン一族が身を挺してお守りする所存です』

 

 と。それは国王が一番欲していた契約事項だった。

 読んでくださってありがとうございました。

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