第43章 ドレスへの思い 2
第43章 ドレスへの思い 2
デザインが決まると、すぐにカラッティー商会長が、そのデザインに最適な生地を選んで準備してくれた。
そしてその後は私がパターンを作り、それをもとに生地を裁断した。
生地にハサミを入れるその瞬間は、かなりの勇気を要した。失敗は許されないからだ。
これまで私はリフォームでしか洋服を作ったことがなかった。
もちろん原型を留めない布状の生地に戻してから作る場合も多いので、製作自体に問題はないと思った。
でも、今回はかなり高価な生地で、しかもカイトン伯爵家が購入してくれた生地だったので、そのプレッシャーも大きかったのだ。
ナタリアさんのドレスの方は、商会が運営している洋裁店の職人が、生地の裁断をやってくれるというので、それだけは少しホッとした。
あちらも私が裁断することになっていたら、きっと胃に穴が空いたに違いないわ。
そして、いよいよ縫う作業に入れば、もう生地を駄目にしてしまうというプレッシャーがなくなり、私は鼻歌交じりで縫い進めた。まずはナタリアさんのドレスから。
私のために愛するハルディン様との結婚を諦めようとしていたナタリアさんには、絶対に幸せになって欲しい。
前世から私を思ってくれていた彼女に、最高のドレスを贈りたい。さすがカイトン伯爵令息に相応しい女性だと、みんなに言わせてやりたいわ。
そんな思いから、せっせと細かな運針で縫い進めていった。洋裁店の職人さんにしつけをしてもらってあったので、作業効率がとても良かった。
そして、ナタリアさんのドレスが大分形になってきたある日、私はこう思った。
(やはり高級感のある生地は縫いやいすわ)
と。そして、自分のデビュタント用のドレスを切り裂かれて、それを必死に繕っていた時のことを思い出した。
高位貴族でもそうそう手に入らなさそうな高級な生地。そんな生地で私のために成人を迎えるためのドレスを縫ってくれた祖母。
自分が祖母にどんなに大切にされていたのか、それを改めて思い知って私は涙を流した。そして、
あっ!
思わず縫う手を止めた私を見て、隣でしつけ作業をしていたナタリアさんが、
「どうなさったのですか? お疲れになりましたか?」
と訊いてきたので、首を振った。
「祖母のことを思い出していたのです。
祖母はずっと働き詰めでとても忙しい身でした。それなのに、実の娘と孫のためにデビュタント用のドレスを一から作ってくれました。
私のドレスだけでなく、母や姉のドレスも大層素晴らしく、周りから絶賛されていたそうです。
それは祖母の愛情がたっぷりと入っていたからだと思います。
私のドレスは姉に無惨に切り刻まれてしまいましたが、あのドレスを試着した時、本当に幸せな気分になりました。
それなのに、母と姉はなぜ祖母の思いに気付けなかったのだろうと、それがずっと不思議でした。
いいえ、もしかしたら母達は気付いていたのに、それを認めたくなかっただけなのかもしれませんが。
だって、今頃になって分かったことがあるのです」
「何をですか?」
「母は私に社交界デビューをさせたがっていたのです。姉があんな状態で社交は無理だったので。
でも、私のドレスが切り刻まれて着られなくなってしまったと知り、来年にしろと言ったのです。それまでには新しくドレスを作り直すからと。
けれども、当時我が家には二着も白いドレスがあったのですから、それを着れば何も問題はなかったのです。わざわざ新しいものを作り直さなくても」
私の言葉にナタリアさんもその意味がわかったようで頷いた。
そう。母と姉は祖母が作ったドレスをクローゼットにしまってあったのだ。自分ではもう二度着ることのないドレスを。
「二人とも祖母の悪口ばかり言っていたけれど、本当は嫌いなんかじゃなかったのかも、なんて今ふとそう思ったのです」
私がこう呟くと、ナタリアさんはため息をつきながら言った。
「つまり、お二人ともツンツンだったということですか?」
「ええ。多分」
「お姉様の方はともかく、子爵夫人の方は大概ですね。そろそろいいお年だというのに。
でも大丈夫ですよ。立派とまではいかなくても一応人並みの貴族として振る舞えるように、ボストム様がきっちりとお二人を矯正してくださると思いますから。ついでにお父様も」
ナタリアさんがにこやかに笑いながら、辛辣なことを口にした。
矯正……う〜ん、本当に可能なのだろうか。
というより、ボストム第三騎士団長にそんなことをお任せしていいのだろうか、いや駄目でしょ。
カイトン一族の男爵家の次男であるボストム様は、まだ三十前という若さで第三騎士団長を任されている。つまり、エリート中のエリートだ。
豪快で肝っ玉が座っている上に、頭脳明晰で、戦略を得意とする知将として評判の人物だ。
その方が、よりによって私の姉のキャロンと婚約すると聞いたのは、ついこの先日のことだった。
しかもあのスミスン子爵家に婿入りするというのだ。
このありえない話に、当然私は仰天したのだった。
読んでくださってありがとうございました。




