第42章 ドレスへの思い
ルーカスはクリスティナをティナという愛称で呼ぶようになります。
そして家族はクリスと呼んでいました。
社交界がナクルア元侯爵家の醜聞で賑わっていたころ、私は王城での仕事の合間に、毎日のようにカラッティー商会に足を運んでいた。
ナタリアさんや彼女の母の商会長夫人、そして商会の縫い子さん達と、婚約披露パーティー用のドレスを作るためだった。
ドレスのデザインは、ケイト様やサリーナ様も参加して侃々諤々と意見を交わした後で、最終的にはナタリアさんが決定した。
そもそもナタリアさんは、ケイト様とサリーナ様の意見を取り入れる気なんて最初からなかったと思う。
ナタリアさんに言わせると、お二人はファッションオンチなのだから。前世だったら、ジャージ姿で1日中いても平気なタイプよ、と以前言っていたわ。
カイトン伯爵家の母娘は顔立ちはあまり似てはいなかったけれど、お二人ともに本当に美しく、かつ愛らしかった。
花に例えれば、夫人は高貴な深紅の薔薇で、令嬢の方は可憐な妖精のような淡いピンク色の薔薇だと思う。
スタイルも抜群なので、どんなドレスでも着こなしてしまう。前世のトップモデル以上だ。
だからカラッティー商会から提供されたドレスを、二人がパーティーで着用すると、そのドレスはあっという間に流行って、女性達は皆それに似たドレスを欲しがった。
それ故にカラッティー商会はいつもホクホクだった。
ところがこのお二人はナタリアさんが言っていた通り、着る物に頓着しない性格だったみたい。
「TPOに添っていて、清潔でサイズが合い、そこそこ品があって顰蹙を買わない衣装ならば、もうなんでもオーケーよ」
ケイト様がそう言った時は驚いた。
それでもまあ、何を着ても似合っていたし、素敵だったけれど。
「自分で言うのもなんだけれど、質実剛健、質素倹約がモットーのカイトン家の妻として、私は最適なんじゃないかしら。
ドレスや宝飾品、美術品や骨董品には全く興味も関心もないから、欲しいなんて思ったことはないもの。
まあ、家族の肖像画だけには拘るけれど」
と、デザインがようやく決まってお茶会を始めた時に、ケイト様はこうおっしゃった。
するとカラッティー商会長がジト目で夫人を見てこう言った。
「見掛け倒しですよね、ケイト夫人は。
見た目は、最高級のドレスと装飾品を身に纏い、最高級の美術品の飾られた壮大な部屋の中で豪華なソファーに腰掛け、高級茶を上品に飲んでいる、そんな雰囲気なのに、全くもったいないですね、美に関心がないなんて。
でも、それは個人の好みですので文句などありませんが、一言だけ言わせて頂きます。
夫人は美的センスが皆無なのですから、将来の娘のドレス選びだけは、今後一切口を挟まないでくださいませね。
それがナタリアをカイトン家に嫁に出す唯一の条件です。
サリーナ様も同様にお願いします」
「「えーっ!」」
「だって、後世にまで残る肖像画に、娘のみっともないドレス姿など残したくはありませんからね」
お二人は不満の声をあげたが、会長のこの言葉で黙り込んだ。
しかし、ため息をつきながら、ケイト様がやがてこう呟いた。
「娘のドレス選びは母親の楽しみなのに、それが禁止なんて。
でもとりあえず、新しい三人の娘達が、我がカイトン家に相応しい価値観の持ち主で本当に良かったわ。
今後余計な口を挟んで、彼女達と不仲になるのは嫌だものね」
すると隣にいたサリーナ様が、珍しくちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべてこう言った。
「キリアお姉様とクリスティナ様は、たしかに質素倹約生活にも耐えられそうね。けれどナタリアお姉さまは大丈夫かしら? オシャレ大好きだし、派手好みだし」
「あら、そんな心配はいらないですよ、サリーナ様。自分のドレスは、実家の返品になった生地をもらって、自分で作りますから。
私、嫁いでも自分で気に入ったものしか身に着けたくないので」
「それじゃあ、私のもお義姉様が作ってちょうだい。せめてデザインだけでも」
「私は着るものに拘りを持たない方のためにわざわざドレスを作るつもりはありません。
バーナード侯爵家でリックス様好みのドレスを作ってもらってくださいませ」
それは正しいわ。どうせ何でもいいのなら、リックス様の好みのドレスを着るのが一番いいわよね。
私もいつもルーカス様の好みのドレスを着ていたいわ。でも、今回ドレスを作る際に、彼の好みを訊いたら、
「ティナなら、どんなドレスを着ても可愛いよ。ティナの好きなドレスにしていいよ。費用はいくらかかっても構わないからね」
と眩しい笑顔で言われた。
どんなドレスでも構わないって、つまりケイト様やサリーナ様と同じってことですか?
ちょっと引いたけれど、それを聞いて、私はとんでもない妄想をしてしまった。
自作のペアルックを着て、リゾート地を腕を組んでルーカス様と歩いている姿を。
色合いを合わせることはよくあるけれど、この世界でペアルックなんてさすがにあり得ない、とは思うけれど。
でも、私達を誰も知らない土地でなら、別に問題ないかも……その発想がその後も消えることはなかった。
読んでくださってありがとうございました。




