第40章 伯爵夫人の提案
「ようやくくっついたのか。我が国の英雄は二人そろってヘタレだったから、周りの人間達もずいぶんとはやきもきさせられたぞ」
夕食の席でカイトン伯爵様にこう言われて、ルーカス様と私は恥ずかしさと申しわけなさで下を向くと、身の置きどころがなくてモジモジしていた。
するとルーカス様の隣に座っていたハルディン様が、笑顔でバシバシと彼の背中を叩きながら、
「良かった、良かった」
と、繰り返し口にしていた。これでナタリアさんも自分の思いに応えてくれるだろうと、私達同様に嬉しさを抑えられないのだろう。
そのナタリアさんは、食堂の片隅で、エプロンの裾で涙を拭っているのが目に入った。
彼女は私のために自分の幸せを棒に振ろうとしていたのだ。
信じられない想いだった。転生前の人生では、同世代の親友はいなかったのだから。
でも、もしもっと長生きできていたら、きっと彼女とはそういう関係になれていたと思う。
気が遠くなるほど時間がかかったけれど、今日ようやく彼女と友達になれた。
そして彼女の幸せの邪魔をしなくて済んだことに心底ホッとし、安堵した。
デザートを食べている時に、ケイト様がにこやかに微笑みながらこう言った。
「今日は本当に素晴らしい日ね。
『カイトン伯爵家の三兄弟は女性に全く関心を持たない変わり者』
という忌々しい噂をようやく払拭することができるようになったのだから。
三月後にパーティーを開いて、三組まとめての婚約発表をしましょう!
キリアちゃんもそれでいわよね?」
「「「え~っ!」」」
私を含めたその三組が驚きと躊躇いの声をあげたが、伯爵は平然とそれに賛同した。個別に発表するのは面倒だと言って。
質実剛健のカイトン家では無駄なパーティーなどしない主義だ。しかし祝賀のためのパーティーは避けられない。
しかしそのお祝い事のためのパーティーとなると、一族郎党集まるだけで大人数になる。そこへ他所様まで招待するとなると、かなり大がかりな会になってしまう。
それ故に、予め開かなければならないとわかっている祝い事なら、まとめてやってしまう方が効率がよく無駄がない……というわけだ。
しかし。
「父上、母上、いくらなんでも早すぎませんか? 私達は今日ようやく思いが通じ合ったばかりなんですよ」
「お前はクリスティナ嬢と婚約したくないのか?」
「婚約したいです。当たり前じゃないですか!
しかし、心の準備とか、周りに手回しする時間が必要だと思うのですが」
ルーカス様が厳しい顔で言った。そうよね。この国で一番の人気者のルーカス様が、お城のお針子をしている貧乏子爵令嬢といきなり婚約となったら大騒ぎよね。
でも問題はそんなことよりも……
「伯爵様、私はたしかにルーカス様をお慕いしております。
ですが私は家を出ており、いずれ平民になります。しかも、学園にも通っておりません。ですからルーカス様、いえカイトン伯爵家に嫁げるような身分の人間ではありません」
私がそう訴えると、伯爵様は顔色一つ変えずにこう言った。
「ルーカスもハルディンも、どうせ結婚して家を出ることになったら平民になるのだから、君達の間に身分の問題などはなくなるよ。
そもそも身分が高いというだけで中身のない妻より、高い能力を持ち、夫と助け合って行ける女性の方が我が一族には好ましい。
とはいえ、いずれ息子は二人とも一代限りの爵位を与えられるだろう。
しかしその時点ですでに結婚していれば平民だって何の問題もない。叙爵の話が来たら即刻婚姻の届けを出してしまえば済む話だからな。
それに想定されるその手回しとやらは、ハルディンがどうにかするはずだから、クリスティナ嬢とルーカスは何も気にすることはない」
「ハルディン兄さんが?」
「そう。私一人に嫌な役目を押し付けられたらたまったもんじゃないだろう?
しかもここまで私がお膳立てをしてやるのだから、そのフォローくらいは自分でやれと言っておいたんだ。
それにこれは彼の問題でもあるのだからな。
で、どうなんだ、その後の進捗状況は」
長兄のウェンリー様が尋ねると、ハルディン様は平然とこう答えた。
「首尾は上々。来週ルーカスを襲ったやつの裁判があるだろう?
だからその前に動きを見せると推測していたら案の定だ。単純且つ短絡的思考の連中で本当に助かった。
しかし、我がカイトン一族をこれほどまで舐めまくっていたとは、本当に驚いたよ。
というより武芸に優れている家門のはずなのに、まともな戦略も立てられないって、詰んでるよな。ただの脳筋じゃ上に立って指揮なんてとれないだろうに」
「そんなんだから王城内でルーカスを襲ったんだろう。
まともな頭をしていたら、王太子の信頼厚く、しかも英雄と評判の高いルーカスを狙うか?
奴らはいつまで大昔の栄光に縋っているんだろうね」
息子達の話を聞いた伯爵は、はぁ〜と深いため息を吐いた。
「一人勝ちをするつもりなんて毛頭なかったのに、なんでこんなことになったんだか。
我がカイトン一族は代々現状維持くらいしか望んではこなかった。これまで勢力拡大なんて露ほどにも考えていなかったんだ。
今だって我々は、野望の欠片さえ持ってはいない。それなのに、なぜ彼らはこちらを敵認定して、勝手に自滅するような真似をして来るのだろうね?」
それを聞いていた、テーブル席に座っていた皆様全員が、大きく頷いたのだった。
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