第39章 告白
「ウェンリー様、先ほどは大変申し訳ありませんでした。そしてありがとうございました。
溜まっていたものを全て吐き出すことができました。おかげでスッキリしました。これからは気張らず、気負わず生きて行こうと思います。
これまでずっと、ルーカス様や皆様方にご心配、ご迷惑をおかけていたことを深くお詫びします。
そしてそのお気持ちを素直にありがたいと思います。私ってずいぶんと果報者だったんですね」
肩の力の抜けた私が、フニャリとした顔になってウェンリー様にこう言うと、なぜか彼は顔を赤らめた。
その時、カツカツ、カツカツという勢いのある足音が聞こえて来たと思うと、ノックの音とほぼ同時に勢いよく扉が開いた。
今度は誰? 私がそちらへ顔を向けると、そこには息を切らしたルーカス様が立っていた。
バーン!っと顔から勢いよく蒸気が上がったような気がした。
振られてもいいから私の長年の思いをルーカス様に伝えよう。当たって砕けろ! と心に決めたところだったからだ。
えっ? 夕飯時に戻られるのではなかったの?
ルーカス様は私とウェンリー様の顔を交互に見比べてから眉を釣り上げて叫んだ。
「兄上! 若いご令嬢と二人きりで締め切った部屋に籠もるとは何事ですか!」
「いや、人に聞かれるとまずい話があったから……」
「人に聞かれるとまずいって、どういう意味ですか! 二人揃って顔を赤くして!」
ウェンリー様、その言い方は誤解されますよ。私は慌てて口を挟もうとしたが、彼は自ら墓穴を掘った。
「おいおい誤解するなよ。たしかにクリスティナ嬢の笑顔が可愛いなとは思ったが、私が成人になったばかりの子に手を出すわけがないだろう! 八つも違うんだぞ」
「ええ。年が離れているから余計安心できないんですよ。兄上は婚約者のキリア嬢とは七つ違い。年下好みの兄上なら、八つ違いのクリスティナ嬢ならさらに好ましいでしょ! 可愛らしく見えるでしょう」
「私は幼女趣味でも年下好みでもない。変なレッテルを貼るな!
私がキリアにプロポーズした時は、たしかに彼女がまだ十二歳の時だったよ。しかしあのときの彼女の方が、今のクリスティナ嬢よりよっぽど大人っぽかったぞ!」
それは地味に酷い。
たしかに私は色気も何も無いし、鈍感女だ。しかし、十二歳の少女より子供っぽいと言われては立つ瀬がない。
ルーカス様もこれにはカチンときたらしくこうやり返した。
「クリスティナ嬢が子供っぽいというより、キリア嬢が異常に大人っぽいというか、年上のご令嬢と張り合うために、無理にませた振りをしていただけですよ。
兄上が年下好み幼女趣味じゃなくて安心しました。兄上は単なる甘えただったんですね」
口をパクパクさせているウェンリー様をその場に残し、ルーカス様は私の手を取って応接間を出ると、中庭へと向かった。
「クリスティナ嬢、兄が失礼なことを言ってすみませんでした。婚約者のことになると本当に馬鹿になるので」
歩きながらルーカス様が本当に申しわけなさそうに言った。
「正直驚きました。評判通り頭の切れる方だとは思いましたが、ウェンリー様はもっと厳しいというか、クールな方かと思っておりましたので」
私は素直にそう感想を告げると、ルーカス様も頷いた。
「ウェンリー兄上は、理解力、判断力、決断力、行動力、指揮力、洞察力に優れていて、真の意味で頭の切れる人間で、正しく宰相に適していると思う。
顔も母上に似て精悍だから、キツく感じられるかも知れない。だけど、性格は父上に似ているから温和で優しくて情熱的なんだ」
なるほどと思った。キリア嬢への一途と思える愛情は、以前ルーカス様から聞いたお父上のカイトン伯爵に通じる気がした。
「我がカイトン一族は本来恋愛に関しては淡白で、熱烈な恋愛感情というより、情を重んじるタイプの人間が多いみたいなんだ。
だから政略結婚もすんなり受け入れて、その後良い関係を築いていこうと努力していく。
そのためにむしろ穏やかで円満な家庭を送っている者が多くてね、不仲になって離縁する者はほとんどいないんだ」
だからこんなにもカイトン一族は繁栄しているのね。納得。つまり、現在のご当主と嫡男の方が珍しいということかしら。
んん? でも……
「でね、この父親の気質は三人兄弟に揃って受け継がれていたみたいなんだ。
妹だけは見かけは父親に瓜二つの割に性格は母親譲りで、結構あっさりしているんだけどね」
そうルーカス様が言った時、突然目の前が、明るくなった。
そこには、まるでお日様の眩い光を集めたような水仙が咲き乱れていた。
ルーカス様は、その華やいだ花壇の前まで来ると足を止めた。
そして私の正前に立ち、そのまま腰を下ろして私の右手を取り、唇を付ける振りをしながら、私の目を見つめて言った。
「ずっと貴女が好きでした。どうか私の恋人になってください」
それはムードもへったくれもないストレートな言葉だった。
でもそれは鈍くて自信のない私にでもわかるように、私が変な誤解をしないために違いない。
玉砕覚悟で今日私から告白しようと思っていたのに、まさか反対に告白してもらえるなんて。
喫驚して何も言えない私を見て、ルーカス様はちょっぴり悲しげな顔をしたけれど、すぐに明るい顔になってこう言った。
「突然こんなことを言われても困るよね。だけど、一度や二度断られても私は諦める気はないから、それだけは覚えていてね」
えっ? 断る? 私が? まさか!
私は慌ててしゃがみ込み、ルーカス様の顔の位置と同じ高さになると、彼の目をじっと見つめながら、私の長年の思いを告げた。
「ルーカス様。私は貴方に助けていただいた十二歳の時から、ずっとお慕いしていました。
身分違いなだけでなく、素晴らしいルーカス様と私なんかが釣り合っていないことは百も承知で、この思いは一生胸に隠しておこうと思っていました。
けれど、好きだと心で思うだけで実際に相手に自分の思いを告げられないのなら、所詮その程度の思いなのだろう。そうウェンリー様に挑発された時に、違うと叫んでしまいました。
そして、今まで押し殺してきた負の思いを全部吐き出してしまいました。淑女としては最低な振る舞いでしたが。
でもそのおかげで、ルーカス様への純粋な思いだけは絶対に誤魔化してはいけないと気付くことができました。
たとえ失恋しようと、自分の正直な気持ちを大切にして行こうと。
ルーカス様がいつも笑いかけてくださったから、困っている時に必ず手を差し伸べてくださったから、こんな弱い私でもこれまでやって来れたのです。
貴方は私の英雄です。これからも一生貴方の推し活をさせてください」
「私にとっては貴女が英雄でしたよ。貴女が立場の弱い人を助ける姿を見て、自分も頑張らなければと己を鼓舞することができました。
貴女を助けられる人間になりたかったから。
貴女がいなければ目標もなく、ただ義務的に与えられた職務を惰性的にこなしていたこでしょう。
そして女性に嫌悪感を持ち続けて、愛することもできずに、一生独り身を通したことでしょう。
貴女を好きになれて私は嬉しいのです。こらからも貴女とずっと共に歩いて行きたいのです。一緒に隣を歩いてくれますか?」
ルーカス様の言葉に私は大きく何度も何度も頷いた。涙が喉に詰まって声を出せなかったから。
ルーカス様がハンカチを取り出して、優しく私の涙を拭いてくれた。
でも、それが四年前、初めてルーカス様に助けてもらった時にお礼として渡したものだと気付いて、また涙が溢れてしまった。
まだ幼かった私が必死に差した、まだ拙い刺繍入りのハンカチを、彼がずっと持っていてくれたことが嬉しくて……
読んでくださってありがとうございました。
ようやく二人の気持ちが繋がりました。




