第33章 祖父の友人
前章でスプーンの色が変色したからヒ素が入っているのがわったと書きました。
純度が高ければ変色することはなかったのですが、当時すでにヒ素は厳しく管理されていました。そこで足がつかないように、怪しげなところから手に入れた粗悪品だったために反応しました。
「ヘレナ先生はご主人のそのヒ素事件後も、騎士団のアダムス様や私の主人の叔父にあたるカイトン伯爵(本家ではない。元子爵だったが功績を上げて陞爵された)ともずっと親しくされていたの。
それである時、先生はアダムス様から相談を受けたの。
娘が辺境伯令息と思い合っているのだが、身分違いで悩んでいると」
「もしかして、娘さんって北の辺境伯夫人のスカーレット様のことですか?」
「ええ、その通り。
スカーレットは父親からヘレナ先生を紹介してもらって、色々と相談するようになったわ。自分のことだけでなく、私やエマについても。
エマと私は同じ子爵家で領地が隣同士の幼なじみだった。そして、スカーレットとは学園で仲良くなったの。
彼女は伯爵令嬢だったけれど、幼いころから騎士団長のお父様から剣や弓の鍛錬をさせられていて、美人だったけれど気取ったところがなく気さくな性格だったわ。
下位の人間とも差別なく接してくれたので、私達三人はすぐに仲良くなったの。そして切磋琢磨するライバルでもあったわ」
「皆様の相談事というのは恋愛に関することですか? 室長のご結婚の際のエピソードはお聞きしました。伯爵家のご主人とは格差があって反対されたと。
しかも、室長が結婚しても仕事を続けたいと言ったので余計に。
ケイト様の事情はルーカス様にお聞きしています」
「ええ。そうよ。でもね、たしかに私はカイトン伯爵夫人に反対され、色々な嫌がらせをされて悩んでいたけれど、二人は相手方のご家族から反対されていたわけではないの。
どちらも爵位が一つしか違わないのだもの、本来問題にもならないわ。
つまり横槍が入ったのよ」
「王家からですか?」
「察しがいいわね」
「祖父を陥れたようなクズな前国王ですからやりかねないと思いました。
反対の理由は辺境伯と騎士団長が縁続きになって、結託されることを恐れたからですか?
室長のことは、女性でありながら結婚しても仕事を続けたいと主張していたことに対する嫌がらせですか?
男尊女卑で女は家を守ればいいとお考えのようでしたから」
「ご明察」
「でも不思議なのです。昔から市井だけでなく王城だって女性はたくさん働いています。
特に王宮などは女性がいなければ成り立ちませんよね? それなのに働く女性を否定する意味がわかりません」
「陛下にとっては王宮の女官の仕事も下女の仕事も、仕事というカテゴリーには入らないのでしょう。
エマは男だけではいつまで経っても男目線の政策しか作れないからと、官吏試験を受けたいと訴えていたの。
それで国王に目を付けられたのよ。女に役人が務まるわけがないと頑なに信じている方だったから」
役人だけでなく、女官や下働きの女性がいなければ、それこそ王族だって困るだろうに、そんなところにも頭が回らないなんて、頭が悪い。
清潔な寝具や肌着も、整理整頓された室内や廊下やご不浄も下女達のおかげだというのに。
それに乳母がいなければ乳をもらえずに、今の王家はなかったでしょうに。
そして、女が仕事をすべきでないというなら、夫や父親を亡くした女性はどうやって暮らせばいいのよ。
厨房係のオルガさんみたいに病気になって働けない夫と子供を持つ妻はどうすればいいの?
国が面倒を見てくれたとでもいうの? 見てくれなかったでしょ!
弱者を救う対策を何一つできないような無能な人間のせいで、有能なお祖父様の力が封じられてしまったのだ。
祖父が上級役人として働き続けることができていたら、おそらく今よりずっと良くなっていたに違いない。(まあ、自分の家族の絆は守れなかった祖父だったけれど)
何せ、あのお祖母様も付いていたのだから。その証拠に昔と比べて女性の立場が、少しずつだけど良くなってきている。
奉仕活動のリーダー的役割をしているローランド伯爵夫人や、宰相夫人のケイト様やカルトン一族の皆様のおかげで。
そしてそんな彼女達を教育したのが祖母だったのだから。二人が力を合わせることができていたら、もっとこの国の有り方が変わり、周辺の国々から遅れをとることはなかったかもしれない。
私が生まれるずっと以前の話だとわかっていても、非常に頭にきた。
自分でいうのもなんだけれど、私はどちらかというと少し達観していて、あまり感情を表へは出さない方だが、さすがにこの前国王の話にはかなりカチンとくるものがあった。
「腹立たしいでしょ?
ヘレナ先生は喜怒哀楽を決して表には出さなかったけれど、王家に対する怒りは持っていたと思うわ。
家臣の忠誠心を利用して、実の兄を殺そうとしたのだから。
義父は直接事件には関わっていなかったけれど、近衛だった従兄から真実を知らされていたから、宰相になるのを固辞したことを後悔していたそうよ。
自分が宰相だったら決して事件を中途半端にさせなかったのにと。
貴女のお祖父様は義父の二つ年下の後輩でね、一緒に生徒会役員をしていて、弟のように思っていたのですって。
だから色眼鏡をかけていても、後輩の瞳が珍しいスミレ色だったことにも気付いていたけれど、隠しているのだとわかっていたから聞かずにいたのですって。
義父がスミレの瞳の伝説を知ったのは、前国王が病に倒れて、当時の王太子殿下から宰相になって欲しいと懇願されたときだったそうよ。
前職の宰相から引き継ぎをした際に、王太子と共にその王家の秘密を教えられたそうよ」
「王太子殿下、つまり今の陛下もそれまで知らなかったのですか?」
「ええ。本来ならもっと早く国王自身が教えるべきことだったのです。でもそれは自分の矜持が邪魔をしてできなかったのではないかしら。
この大陸において最も歴史の古い我が国が凋落しつつある原因が、本来王となるべきスミレ色の瞳を持つ者を差し置いて自分が国王になったからだ、と息子に思われたくなかったから。
なぜその昔、無理にでも彼の悩みを聞き出さなかったのかと、義父は酷く後悔したそうよ。
知っていたら出生の苦しみから彼を助けられたかもしれない。そして真犯人を処罰できたかもしれないと」
たしかに祖父は自分の出自について、祖母に知られるまでは誰にも話せず辛かっただろう。
でも、ケイト様から先代伯爵様の思いを聞いて、祖父にもそんな風に親身になってくれる友人がいたことを知ることができて嬉しかった。
「話が大分本題から逸れたけれど、いざというときに貴女を守って欲しいと依頼してきたのは、元々はお祖父様のチャールズ様の方が先だったの。
寝たきりになる前、車椅子でわざわざカイトン家にいらして、義父に頭を下げられたの。下の孫娘を守って欲しい、あの子は自分に似てしまったから、と。
王家の影が張り付いていることに気付いていたから、子爵はそれ以上詳しいことは話さなかったけれど、義父はすぐに頷いたそうよ。それだけでお互い通じ合ったらしいわ。
そして義父は夫と私に王家とスミスン子爵家の関係について、話してくれたの。本当は自分で貴女を守りたかったのだと思うけれど、すでに現役から退いていたから、息子に任せた方が確実だと思ったのでしょう。
それに、そもそも義父は年老いてもとにかく目立つ容姿をしていたので、元宰相だと顔バレするのであまり動けなかったでしょう」
カイトン一族は容姿の整った人が多いと有名だが、前伯爵のコナール様はその中でも伝説級の見目麗しい人物だったという。
私は生憎お目にかかったことはないが、お年を取られても、その先代当主様は未だに人々から注目を浴びる容姿を持っているらしい。
そして髪と瞳の色は違うが、その方に一番外見が似ているのは、孫のルーカス様だと聞いたことがある。
その上カイトン一族の長であるコナール様と違ってルーカス様は本家とはいえ三男だったので、却ってご令嬢からの標的にされたようだ。
嫡男でないなら、自分でも妻になれる可能性があるかも、と女性達から思われたようだ。特に婿取りを望むご令嬢達から。
幼いころからいつもそんな目で見られていたせいで、ルーカス様は次第に女性に対する苦手意識が強くなっていき、女性を避けるようになったのだそうだ。
そしてとうとう女性への興味を無くし、あの冷徹な態度をとるようになったのだと、先日ルーカス様の従兄であるアンドリュー様から聞かされた。
読んでくださってありがとうございました。




