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第32章 祖父と祖母の思い


 お祖父様は職場で少しずつ飲み物に毒を混入されていたらしい。

 そのせいで次第に体調を崩すようになっていたのだが、姑に夫や娘から遠ざけられ、仕事ばかりさせられていた祖母は、夫の体調の変化に気付かなかったらしい。

 しかしそんなある日、王宮に祖母が突然現れて、祖父のティーカップにいきなりスプーンを投げ入れたらしい。

 唐突に現れて思いがけないことをした祖母にみんなはあ然としたが、彼女の次の一声で騒然となったらしい。

 

「毒よ! ヒ素よ!」

 

 その言葉で騎士が部屋に数人飛び込んで来たからだ。

 彼らは黒く変色したティーカップの中のスプーンを確認して、互いに顔を見合わせてから仲間達に合図を送るためにホイッスルを鳴らした。

 その後宰相閣下の執務室及び部下の控える部屋、給湯室は騎士達によって立ち入り禁止になった。そして捜査の結果、部下の控える部屋でヒ素入りの瓶の入った上着が見つかった。

 それは祖父とはほとんど関わりなどない若手官僚のものだった。

 取り調べの結果、その男は王太子の側近の一人に命令され、脅されて仕方なくしていたことだとわかった。まさか毒だとは思わなかったと。

 

 ヒ素……

 昔は暗殺によく用いられてという毒だ。王侯貴族はかつて高級な銀食器を使っていた。何故ならヒ素を盛られると銀食器は黒く変色するため、その予防ができたからだ。

 ところが、それはヒ素に混じり物が含まれている場合であり、純度が高いと変色しない。

 つまり近年精製技術が進歩したことによりヒ素の純度が高くなると、銀食器ではヒ素判定ができなくなった。

 そのために、次第に銀食器を使用する家も少なくなっていったらしい。高価な上に手入れに手間暇がかかるからだ。

 しかも、隣国から手ごろな値段の陶器の食器が輸入されるようになると、そちらが好まれるようになったのだ。

 色彩が豊かで手入れもしやすいし、熱い料理をよそっても食器が持ちやすいと。

 

 だから、祖父母が若い頃にはすでにもう、銀食器でヒ素が検知できるということを知らない者が多くなっていたらしい。私は祖母から聞いて知っているけれど。

 

 ある日祖母は侍女から、このところ旦那様が王城からお戻りになると、嘔吐したり腹を壊したりして辛そうにしていると報告された。

 それを聞いてもしや?と思ったという。そしてすぐさま、以前護衛をしてくれていた騎士団長のアダムス様に相談したそうだ。

 すると一刻の猶予も許さない状況だとして、すぐに騎士団の精鋭部隊を連れて王城に乗り込んでくれたのだそうだ。

 よく近衛兵がそれを許可したものだと思ったら、近衛騎士団長とは親友同士だったそうだ。ちなみにその人物はカイトン一族の人物だったらしい。

 

 そしてその近衛騎士団長は、祖父の暗殺未遂事件が有耶無耶解決になった後も、アダムス様と共同でずっと調べてくれていたそうだ。

 

「その後、実行犯の若い官僚の他に、彼にそれを強要したとされる王太子の側近の男が、殺人未遂罪の教唆罪で捕まったわ。

 唆した男は、チャールズ様が王太子が国王に即位するのを邪魔しているから王城から排除したかった。しかし殺すつもりはなかったと言ったらしいわ。

 でもおかしいでしょ?

 一介の官僚だったチャールズ様を王太子の邪魔をする存在だと認識するなんて。いくら彼が優秀だったからといって。

 彼の正体は王家と宰相、そして彼の母親と妻しか知らないはずなのに。

 それに、そもそも国王が引退する時期に決まりはないわ。終生国王でいた方も、早めに隠居なさった方もいたいし。

 だから王太子が三十を過ぎても国王になれない状況は別におかしなことではなかったはずだわ。

 その辺りを指摘して問い詰めても、スミスン子爵は王太子が国王になることを邪魔している。だから許せなかったと男は言うだけだったらしいわ。

 まあ実際のところ陛下は、王妃殿下が長患いをされていたので様子を見ていたのかもしれないわね。

 チャールズ様を王位に就けるチャンスがくるかもしれないと。それは愛する人が産んだ息子だからというだけではなく、彼が王太子より()()()()()()で、しかもスミレ色の瞳を持つ人間だったから。


 それにチャールズ様が陛下の子だという事実が表に出たら、皆も彼を王太子に望んだことでしょう。

 なにせ王太子は家臣の婚約者を手籠めにして奪ったような()()でしたからね。その上政治能力も皆無だし」

 

 ゲス……

 淑女の鏡と称賛されているカイトン伯爵夫人の発した言葉に一瞬驚いたが、先日聞いた話を思い出して納得した。

 この話の王太子って、前国王のことだ。つまり前カイトン伯爵の婚約者を妊娠させて無理やり奪い、その挙げ句に自分の元婚約者を押し付けた非常識な()()()()()()。そう。やはり()()という言葉が相応しい人間だったわ。

 なるほど、そんな男を国王にするのは不安だったのだろう。

 他に王子がいれば祖父が目の敵にされることもなかったのだろうが、隣国から嫁いできた王妃は元々あまり丈夫ではなかったらしい。

 王太子の次に王女を産んだときにかなり難産だったらしく、これ以上の出産は無理だと判断されたらしい。

 それ故に王太子は王妃や周りの者達に甘やかされて大切にされて育ったために、典型的な我儘で己の欲に忠実なゲス野郎に成り下がったのかもしれない。

 それでも唯一の跡取りだったからそのまま王太子になり、祖父の暗殺未遂事件も有耶無耶にして国王になったのだろう。

 祖母の性格からいって、祖父よりもそれを腹立たしく思っていたのではないだろうか。

 もしかして祖母がケイト様の淑女教育をするようになったのは、王家への報復のため? そんな疑問が湧いて夫人を見ると、夫人は私の抱いた疑問に気付いたようでこう言った。

 

「ヘレナ先生は王家に対して大変憤っていたと思います。毒を盛られて愛するご主人を車椅子生活にされたのですからね。

 しかもせっかく天から授かった才能を発揮できなくなった夫の無念さで心を痛めていたことでしょう。さぞかし悔しかったことでしょう」

 

「祖父は亡くなる直前に祖母をずっと愛していたと言っていましたが、祖母も祖父を愛していたのでしょうか?

 王家の命令で無理矢理嫁がされて、一方的にスミスン家のために尽くすように強制されていたのに?」

 

 祖父に対して情のようなものは持っていたとは思うけれど、あんなに頑張ったのに何一つ報われなかった祖母を思うと今でも心が痛むのだ。

 せめて祖父が本人の前で愛を告白さえしていれば、祖母も少しは報われていたと思うけれど。

 たしかに教師としては大きな功績を上げて、多くの人々から尊敬されていたのは先日わかったけれど。

 

「お祖父様が貴女にお祖母様への愛を語ったとき、ヘレナ先生はそれを聞いていらしたそうですよ」

 

「お祖母様が?」

 

「ええ。最後に夫の気持ちを知ることができて、素直に嬉しかったとおっしゃっていましたよ」

 

 私はお祖父様の言葉をお祖母様には伝えなかった。お祖母様がお祖父様をどう思っているのかわからなかったから、言っていいのかどうか判断ができなかったからだ。

 でも、お祖母様がそれを聞いて嬉しく思っていたのだったら本当に良かった。

 ようやく心の重荷が下りた気がした。

 



読んでくださってありがとうございました。

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