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第3章 伯爵家のファッション事情


「スミスン子爵令嬢、まだ時間があるから、少し髪を整えてきた方がいい。今日もここまで歩いて来たのだろう?」

 

 えっ? 何故それを? というか、私が徒歩通勤しているのを知っているんですか? どうして?

 

 色々と疑問を感じたが、私は今、ただでさえみっともないドレスを着ている上に、汗をかいて化粧や髪が乱れているようだ。

 ああ、ゴードン様ごめんなさい! 

 こんな醜い姿でカイトン卿の前に立っていたなんて。

 私は自分の状態に初めて気付いて、血の気が引いた。

 やっぱり憧れの人にこれ以上迷惑かけるわけにはいかない。

 やっぱり家に帰ろうと思った瞬間、後ろから声をかけられた。

 

「お嬢様、私が身繕いのお手伝いをさせて頂きますから、レストルームへ参りましょう」

 

「えっ?」

 

 振り向くと、そこには二十歳くらいの落ち着いた感じの美しい女性が立っていた。

 おそらく、どこか高位貴族のお屋敷の侍女だろう。

 

「スミスン子爵令嬢、彼女はナタリア。我が家のメイドだ。おしゃれに関しては抜群のセンスがある。彼女に直してもらうといいぞ」

 

「えっ?」

 

「さあ、参りましょう、お嬢様」

 

 えーっ!!

 ナタリアさんは私にニコリと微笑むと、キビキビした動きで歩き出したので、私は慌ててその後を追った。

 そしてレストルームに入ると、ナタリアさんは私の髪を一旦解してから、新たに見事なまでに美しく結い上げてくれたのだ。

 

 その手際の良さに思わずため息が溢れた。

 そしてサッサと化粧を直してもらって鏡を覗いた私は絶句した。そこに映っていた私はもはや別人だった。

 あまりの驚きにそのときの私は、いつも長めに垂らしている前髪が、頭部の方にまとめられていて、顔全体が晒されていたことなど気にも留めていなかった。

 

「凄いですね、ナタリアさん。さすがはカイトン伯爵家のメイドさんですね」

 

「ありがとうございます。私は伯爵家ではオシャレ専門のメイドなのです」

 

 ナタリアさんが笑って言った。

 凄い。オシャレだけを担当するメイドがいるなんて、さすがは名門伯爵家だわ。

 うちなんて、通いのメイドが二人と庭師が一人いるだけで、大概のことは自分達でやっていて、平民と大して変わらない生活をしているというのに。 

 いや、恐らくちょっとした商人ならうちより使用人がいるに違いない。

 

「こんなことをバラしてしまっては罰せられるかもしれませんが、カイトン伯爵家の皆様って、ファッションセンスがゼロなのです」

 

「えっ? カイトン伯爵ご一家は皆もセンスが良い、と評判だと伺っていますが?」

 

 ナタリアさんの言葉に驚くと、彼女は笑った。

 

「センスがいいですって? うふふ……。

 伯爵家の皆様は服を選ぶのが面倒だって、屋敷の中にいるときはいつも同じデザインの服を着ていますよ。私服なのにまるで制服みたいなのです。

 それぐらいですから、皆様とにかく私的な外出が大嫌いなのです。

 特に三人のお坊ちゃま方は非常にモテるのに未だに結婚なさらないのは、デートのためにおしゃれを考えるのが面倒だからじゃないですかね」

 

「まあ。でも、男性はそういう方も多いですよね」

 

「いえいえ、奥様もサリーナお嬢様も同じようなものです。まあ、さすがに男性陣のように黒一色ってことはありませんけれど」

 

「それでは、皆様が社交場でお召になっている服は……」

 

「はい。私がご家族全員のコーディネートさせていただいています。以前は私の母が。

 カイトン伯爵の家風は質実剛健、質素倹約がモットーだそうで、女性の方々は違うのでしょうが、衣装に金をかけて贅沢するのは無駄なことだと、男性の方々はお考えのようです。

 まあ、カイトン家の皆様は全員お顔も容姿も飛び抜けてお美しいので、高価で華やかな衣装をお召にならなくても格好いいですけれどね」

 

 ナタリアさんの言葉に頷きながらも、私は頭を捻った。

 仕事場の噂では、カイトン伯爵家の皆様はご夫人だけでなく男性の皆様も、服だけでなく靴や小物に至るまで、流行の先端の品を身に着けているという話だったのに……と疑問に思ったのだ。

 彼らが身に着けた物はすぐに流行することから、社交界のファッションリーダーと呼ばれていると聞いていたのだ。

 

 私がそんなことを思っていると、ナタリアさんは持っていた手提げ鞄の中からジュエリーケースを取り出した。

 そしてその中から、二連になった真珠のネックレスを取り出して私の首にかけた。

 私は驚いてナタリアさんを見た。

 勝手にこんな豪華なネックレスを私の首などに掛けたら、カイトン伯爵家の方々に叱られるのではないかと。

 私はすぐにそれを外そうとしたのだが、手に触れていいものかどうかわからずに躊躇ってしまった。

 すると、慌てている私に優しく微笑みながら、ナタリアさんがこう言った。

 

「それは本物の真珠ではなく、イミテーションですから気になさることはないですよ」

 

「イミテーション? こんなに綺麗なのに? 信じられないわ」

 

「お褒め頂きありがとうございます。これは私がデザインしたんですよ。 

 それにこれは伯爵家の物ではなく私個人の物ですから、気にしないで着けてくださいね」

 

「なぜナタリアさんは、ご自分のアクセサリーをこんなにいくつも持ち歩いていらっしゃるのですか?

 胸元にはゴールドの素敵なネックレスをなさっていますよね?」

 

 ナタリアさんの胸元には、捻れた鎖のようなネックレスが掛けられていた。普通のチェーンネックレスよりも太めで、キラキラと光ってとても華やかだった。初めて見る意匠で、とても素敵だった。

 

「実は私の実家はファッション関係の商会をしておりまして、昔からカイトン伯爵家御用達をさせていただいていますの。

 今回のカイトン伯爵家の末娘のサリーナお嬢様のデビューに際しても、新しいドレスや宝飾品などをご用意させて頂きました。

 しかし、お嬢様はいつも土壇場になって、これでは嫌とか違うデザインがいいとか、まあ、かわいい我儘をおっしゃることも多々ございますので、毎回いくつか予備を準備しておりますの」

 

 そこまで聞いて私はピンときた。

 先ほどからナタリアさんは、カイトン伯爵家はファッションに全く関心がないと強調していた。

 それなのに、社交場での彼らはお洒落でセンスのいい家庭だと評判で、彼らが身に着けていたドレスや靴や、アクセサリーなどの小物はすぐに流行って品切れになると聞いている。

 しかし、質素倹約がモットーだという伯爵家が、毎回そんなに豪華な衣装やアクセサリーを購入するとは考えにくい。たとえ裕福だったとしても。

 もちろん大切な場ではご自分の装飾品を身に着けるのだろうが、一般的な社交場ではもしかしたらレンタル品を用いているのかもしれない。

 つまり彼らは、あの人気のカラッティー商会の広告塔になってるのだろう。つまりギブアンドテイクだ。

読んでくださってありがとうございました。

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