第29章 もう一人の転生者
ライラックの会合に参加してから三日後の休日、私はカイトン伯爵家の応接間のソファーに座っていた。
斜めの前に座っているのはナタリアさん。
一月以上借りていたネックレスとベルトをようやく返して、お礼としてパッチワークで作った少し大きめのポーチを手渡すと、彼女は大喜びしていた。
そのとき、彼女が発した一言で、彼女もやはり私同様転生者だったことがはっきりした。
「あら、ハワイアンキルトね。華やかで私大好きだわ」
私はこれまで幾何学模様のパターンを使ったパッチワークの商品しか作ってこなかった。つまりモチーフを縫い付けたタイプを作ったのはこれが初めてだったのだ。
それをハワイアンキルトと、かつての世界の地名で呼ぶなんて、もう決まりでしょう?
そもそも会ったその日にイケメンとか僥倖、堪らないかと言っていた時点で疑っていたけれど。
「貴女は転生者で、以前はニッポン人だったのではないですか?」
「あら、やっぱりバレてましたか?
そうです。以前の名前は五月葵といいます。
五月の緑の綺麗な日に乳児院へ捨てられていたから、そんな名前を付けられました。
妙に意味を持たせた名前よりずっといいですよね。
名前なんて最終的に響きがよけりゃあいいのですもの。漢字を用いない国みたいに」
五月葵さんことナタリアさんは明るくそう言った。
「サツキ、アオイ」どこかで聞き覚えるような気がする。もしかして知り合いだったのかしら?
「たしかにそうですね。
私の名前だった九条院菜乃華なんて、まるで歴史物に出てくるような名前で、恥ずかしかったし、虐められる原因でもあったし。
うちの両親は旧家の出かなんだかしらないけれど、生活能力もないのに駆け落ち婚なんかして、衣食住もままならなかったのに、無計画に出産したんですよ。
極貧生活だったのに、身の丈に合わない大層な名前をつけられた娘の身にもなって欲しかったです」
私がこれまで誰にも話せなかった前世の愚痴をこぼすと、ナタリアさんは瞳を見開いた。
「クリスティナ様はやはりあのクジョウインさんだったのですね。◯◯市役所児童福祉課の職員だった……」
「やはり、私達は知り合いでしたか?」
「お話ししたことはあまりありませんでした。私が一方的に意識していただけですから。
貴女はお仕事でよくアオバ育成園に来られてていたでしょう?
私はそこの出身だったので、よくあそこへ顔を出していたんです。
ある日、子供達の服に可愛いアップリケやリボンが付いてるのに気が付いて、それはどうしたのと訊いたんです。
そうしたら転んで破いてしまったとき、市役所のお姉さんが付けてくれたんだって、それはもう嬉しそうに言ったんです。
よく見ると他の子も汚れやシミ、穴の空いたところも綺麗にダーニングされていました。
私、時々子供達に洋服を贈っていたんです。アパレル関係に勤めていたから。でも、それだけで自己満足してた。
その子に似合うかどうかくらいしか考えてなかったんです。
でも子供はすぐに汚したり破いたりするでしょ? そのときどう思うか、いつの間にか私はそのことを忘れてしまっていたんです。
先生に怒られる! 怖い! どうしよう!
しかる先生ばかりじゃなかったけれど、先生達はギリギリの人数しかいなくて、みんないつも忙しくて余裕がなかった。
だから当然服を繕う時間なんてない。かと言って衣類は不足している。
だから、服を傷めると大人はいい顔をしません。それは無意識だけれど子供は敏感で、罪悪感と嫌われてしまうという不安感に襲われるのです。
でも貴女は服を破った子にこう言ったそうですね。
「破れても汚れても大丈夫よ。私が後で直してあげるから。気にしないで元気に遊んでね」
と。そして実際に貴女は園に訪れる度に繕ってくれていたそうですね。
だから子供達は安心して遊べるようになったんです。
それを知って私がお礼を言うと、貴女は笑って、
「自分も貧しくて古着ばかり着ていて虐められていたの。でも隣に住むおばあさんにアップリケを付けてもらったり、リメイクして可愛くしてもらったおかげで虐められなくなったわ。
おばあさんにしてもらったこと、助けてもらったことを自分も誰かに返したいだけなの」
と言ったのです。
私はそれまで家族のいる人が羨ましくて仕方がなかった。
家族がいても私達よりも貧しかったり、親に虐げられて辛い思いをしている人がいることは知っていたのに。
それから私は人を羨んだり妬んだり、孤児であることを理由になんでもすぐ諦めるのをやめようと思いました。
そして、デザイナーになる夢にもう一度挑戦しようと心を新たにしました。
つまり、貴女は私の恩人で目標になりました。
でもそれから暫くして、私は貴女の訃報を知ったのです。
あまり丈夫ではなかったのに、人より多く仕事をしていた上に、奉仕活動にも頑張り過ぎて過労死したと聞きました。
子供達は皆号泣していました。
だから、それからは私が貴女の跡を継ぎ、子供達の服を繕ってきました。
いつまで経っても貴女のように上手くはできなくて、子供達からは文句ばかり言われていましたけれど」
ナタリアさんの話に驚嘆した。
前世の知り合いが、同じ異世界の同じ時代同じ国に転生していたなんて、そんな偶然があるのかと。
彼女は死ぬ直前に私にまた逢いたい。今度は友人になりたいと願ったそうだ。
もしかしたらそのおかげかもしれないと彼女は優しく微笑んだ。
その気持ちがとても嬉しかった。
そしてナタリアさんが私のように早死にして転生したわけではなく、デザイナーになる夢を叶え、愛する人と結婚して、二人の子供を持ち、幸せに暮らした後で寿命で亡くなったと知ってホッとした。
五十年も前に先に死んだ私の方がナタリアさんより後に転生するなんて、これまた不思議だったけど、彼女はこう言った。
「先ほども言いましたが、私は死ぬ直前に貴女にまた逢いたいと願いました。
そして逢えたら今度こそ貴女が愛する人と巡り合って、幸せになれるように、私が友人として手助けをしたい! 手助けができる人間になりたい! と強く望んだのです。
ですから、それができるように早めに転生したのではないでしょうか。
でも実際は、転生前より酷いご両親からネグレクトされ、姉から暴力を受け、メイドのように働かされたあげくに、城で働いた賃金まで奪われるという、最悪の事態になっていました。
そのことにも気付かずに、ずっと辛い思いをさせてしまったことを申し訳なく思っています。
私の方は平民ではありますが、裕福な商売人の家に生まれて何不自由なく暮らし、しかも大好きなファッションや美容の仕事もできて、とても恵まれた暮らしをしていたのに」
明るい表情のナタリアさんしか見ていなかったので、暗い顔で辛そうにしている彼女に驚いた。
だって私のこのドアマット人生は、彼女とは何の関わり合いもないのだから。
だから申しわけない気持ちになってこう言った。
「貴女が気に病むことではないですよ。そもそもいつご自分が転生したことに気が付いたのですか?」
「一年前に知人からパッチワークのテーブルクロスを貰ったときです。
修道院のバザーで購入したと言っていました。そのときに、突然転生前の記憶を思い出しました」
「やはり割と最近なのですね。それでは仕方ありませんわ。
これから仲良くしてもらえたらそれだけでありがたいです。できれば友人になってもらえたら嬉しいです」
私がそうお願いすると、ナタリアさんは涙を浮かべながらもとても嬉しそうに微笑みながら何度も頷いた。
そしてそのとき、ノックの音がして扉が開くと、そこには天使の如き美しく愛らしいご令嬢が立っていた。
ルーカス様の妹のサリーナ様だろう。
あの夜会のときには遠目でわからなかったけれど、瞳の色は緑がかった青色で見事な金髪。ルーカス様とは色目が全く違ったが、顔立ちは本当によく似ていた。
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