第27章 勧誘
「ねぇねぇ、秘密道具って何?」
妃殿下をはじめとするご婦人方が、目をキラキラさせた。
口で説明するより見せた方が早いと思った私は、太もものガーターベルトに挟んでいた物を取り出した。
「笛?」
「吹き矢という狩猟用の筒です。森林の多い東南の国々では、弓矢よりこちらの方がよく使われています。
本来は安定性を高めるためにもっと長いのですが、護身用に携帯できるように通常よりかなり短めにしています」
「試しに吹いてみてくれる?」
さらに目をキラキラさせた妃殿下に頼まれたけれど、こんな場所で武器を使用してもいいのかしら?
護衛の方がいないのに。
私が躊躇っていると、彼女はにっこりと笑って言った。
「ここには護衛がいないから大丈夫よ。やって頂戴!」
むしろいないからいいんですかね?
すると辺境の女将軍と呼ばれている、北の辺境伯夫人がスッと立ち上がり、ワゴンの上に載っていた木製トレーを手にして、部屋の隅のチェストの上に立て掛けた。
それから座っていた席の脇に置いておいた大剣を手にすると、殿下のすぐ後ろに立ってこう言った。
「殿下の護衛は私が務めます」
なるほど。
いくら信頼のある人々だけとはいえ、室内に護衛が一人もいないことに疑問を持っていたけれど、辺境伯夫人のスカーレット様がいたからなのかと納得した。
彼女は大剣をまるで盾のようにして殿下の脇に立てかけたので、私は思わず笑ってしまった。
「たしかに吹き矢は元々狩猟用ですが、これには大した威力はありません。
まあ、相手の意表を突くのが目的なので。被害者が逃げ出す間を作る程度です。
これまでも誰が犯人なのかわかりやすいようにと、顔に傷跡が残るように矢を飛ばしていましたが、後々まで残る傷をつけたことはありません。
痛みもそれほどないと思うので、箒や棒や鋏で攻撃された輩と比べるとラッキーだったと思います。
それに私は段持ちでかなり腕が立つので、心配はいりません」
「ダンモチ?」
みんながキョトンとした。あっ、この世界には段位制度はなかったか。
✽✽✽
転生前の私は、完全なインドア派の上に喘息気味の虚弱体質だったので、学生時代にはスポーツなどしたことがなかった。
そもそも運動部に入るにはお金がかかったし。
しかし、近所の馴染みの病院の先生から、肺活量を増やすための運動としてスポーツ吹矢を勧められた。
そのために公民館のクラブに入会し、年配者に交じって練習を重ねた。道具は仲の良くなった高齢の女性からお古を譲ってもらった。
お隣のおばあさんといい、このクラブのお仲間といい、家族には恵まれなかったが、優しくて親切で面倒見が良い人々が周りにいてくれて、私は本当に運が良かった。
お返しが何にもできないうちにお別れになってしまい、とても心苦しいのだけれど。
とにかく私は高校を卒業して公務員として働き出してからも、このスポーツ吹き矢を続けていた。
そして社会人になって給料が入るようになってからは、段位試験も受けるようになって、六段まで取得したのだ。大会にも何度も優勝した。
そう。私は吹き矢の有段者で、名人まであと少しだったのだ。
十メートル先の的のド真ん中の七点のところに、スパッ、スパッと命中させていた。
(段位試験や試合はもっと距離が短いが)
吹き矢は照準機能がついていないので、的から遠い場所から正確に当てるのは思いの外難しい。
本来の筒は百二十センチメートルほどの長さだが、転生した今使っている筒は、携帯できるように三十センチほどのかなり短いものだ。それ故に飛ばせる距離もかなり短い。
しかし、狩りをするためではなく、相手を驚かすのが目的なのだから問題はないのだ。
矢は自分で手作りしている。矢の先端はまち針を使っているが、体に万が一刺さっても大したことはない。
まあ、顔を的にして吹くので、もし目に刺さったら失明するかもしれないが。
前世の記憶を思い出したのはつい最近のことだったが、私は物心ついたころから縫い物が好きだったし、吹き矢の練習も五年前から始めていた。
お風呂を沸かすときに使う火吹き棒を見ていたときに、東南の国の物語の中に出てきた吹き矢を思い出したのだ。
妙に懐かしく思えて、試行錯誤して筒と矢を作ってみた。
そして遊びのつもりで的当てをやっているうちに、練習をするのがいつの間にか日課となり、やがて百発百中の腕前になっていたのだ。
とはいえ、その吹き矢は最初はただの遊び道具のつもりだった。
しかしそれを持ち歩くようになったのは、ある意味本気で自分も犯罪被害者になりうるのだ、ということを自覚してからだった。
それまでは護身術を習っていても、自分が危険な目に遭うことなど想定していなかったのだ。
まだ子供だし、裕福そうには見えないし。
しかし、その後色々な事件に遭遇して、たとえ貧しかろうが子供だろうが、悪人どもにかかれば利用価値があることを知らされた。
そしてふとした油断で人攫いに攫われそうになった。
あのときの恐怖は四年経った今でも忘れられない。いくら自分には何も価値などないと思っていたとしても。
それに若い騎士様に救い出してもらい、アダムス様に真剣にしかられたことで、反省したのだ。自分の生命を軽んじてはいけないと。
しかし、だからといって困っている人を見て見ぬふりをするのは嫌だった。
だからこそ悪人に近づかずに撃退できるようにと飛び道具を使うことにしたのだ。それが吹き矢だった。
パチンコを試してみたこともあるが、パチンコの跡だと、犯人だという確実性な証拠にはなりにくかった。
それに比べて顔や首元に付ける線のような傷はわかりやすいし、言い逃れしにくそうだった。
針の先端には痺れ薬を塗ってあったし。
✽
両足を開き、的に斜めに体を向けて立ち、私は筒を両手で持った。
そこへウエストのベルトに吊るしてあるポーチから一本矢を取り出して筒の中へセットした。
それからゆっくり大きく息を吸い込みながらそれを頭上に持ち上げ、ゆっくり吐きながら一旦下ろし、それを二回繰り返し、再び息を吸い込んでから筒を口に加えた。
これが正式な所作だ。
この世界では初めて人前で披露した。野蛮な飛び道具だと思われたくないからだった。
健康のため、年配の仲間達ともに練習に励んだ吹き矢を、単なる人や獣を殺傷するための野蛮な飛び道具だとは思われたくなかったのだ。
もっとも、実戦ではこんな悠長なことをしてはいられないけれど。
フッ!!
プスッ!!
矢は、的に見せかけたトレーのド真ん中に命中した。
「「「わぁー! すごい!」」」
という歓声の中で、私はその後も続けざまに同じ動作を繰り返して、残りの四本の矢を最初の矢の周りを囲むように打ち込んだのだった。
パフォーマンス後、私は辺境伯夫人のスカーレット様からは辺境軍団に、その他のご婦人方からは侍女兼護衛になってくれないかと勧誘された。
けれどそれにまったをかけてくれたのは、なぜかホールズ室長ではなく意外な人物だった。
「駄目ですよ。ヘレナ先生の大切なお孫さんにそんな危険な仕事をお願いしては。
それにクリスティナ様は縫い物がお好きで、そちらの方面に天賦の才をお持ちなのです。
やはりうちの商会の専属のお針子になって頂いて、デザイナーのうちの娘役とペアを組んで、斬新なファッションをこの世に送り出してもらわなくては」
ナタリアさんのお母様のカラッティー商会の会長のこの言葉に、一瞬だけそれもいいかななんて思った私だったが、なんと王太子妃のシェリル殿下がそれに反対した。
殿下は私を王太子妃専属のお針子にしたいと言うのだ。
すると、それならうちを王室御用達にしてくださればいいのでは?と会長はすまして言った。
妃殿下は娘のデザインがお好きですよね?と。
すると、妃殿下はため息をつきながら、
「カイトン伯爵家の御用達の商会を王家の御用達にできるはずがないでしょう。
王妃様がカイトン伯爵家をひどく疎ましく思っておられるのですから」
と言った。その理由は以前ルーカス様から聞かされた話で想像がついた。
現在のカイトン伯爵と夫人の結婚の際のいざこざのとき、王家を巻き込んだせいだろう。
もっともその大元の原因は王家のやらかしなのだから、文句を言う筋合いではないだろうに。
前国王がまだ王太子だったとき、人の婚約者を孕ませて無理やりに奪ったのだ。そしてそのときのお子様が現在の国王陛下なのだから。
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