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第25章 疑問とその答え


 あっ、まずい。瞳の色の話からつい昔の忌々しいことを思い出してしまったわ。

 それにしても、両親から目を隠すように命じられたことが、結果的に私にとっては都合が良いことだったとは。

 私は母の嫌がらせ、もしくはお金に余裕がなくて学園に入学させてもらえなかったのかと思っていた。

 でも実は、そもそも祖母も私を入学させる気はなかったようだ。

 髪の毛や眼鏡だけでは私の瞳の色は誤摩化し切れないと思ったらしい。

 

「ヘレナ先生は王都一人気の一流マナー教師だったのよ。孫を学園に通わせるくらいの蓄えがないわけはないでしょ。

 あなたのお姉様が学園に入学しなかったのだって、単に試験に落ちたからだしね」

 

 学園の副校長のミランダ様が言った。

 姉は試験に落ちて入れなかったのか! 知らなかったわ。

 まあ、勉強をしているところを見たことがなかったから、当然といえば当然の結果だったと思うけれど。

 


 

「カイトン伯爵夫人、スミレ色の瞳の伝説は王家だけに継承されてきたということですが、それはなぜですか?

 歴代の高名な王がスミレ色の瞳をしていたのならば、自然と民間や貴族にも伝承されていて不思議ではないのに」

 

「スミレ色の瞳ってね、直視しないと見えないのよ。

 今こうやって貴女をじっと見つめているから、ああ本当にスミレ色なのだと分かるけれど、夜会のときに遠くからあなたを見かけたときには、青あるいは水色の瞳にしか見えなかったわ。

 あなたは無意識にダイキント子爵と目を合わせていたのでしょう。

 彼は王宮の資料館の古典文書の整理をする文官だから、極秘文書を勝手に盗み読みをして伝説のことを知っていたのだと思うわ。

 今取り調べを受けているから、そのうちはっきりするでしょう。

 

 市井の人々が王族を間近で見れる機会はほとんどないから、おそらく誰も王がスミレ色の瞳をしていたことに気付かなかったのではないかしら。

 もちろん貴族達は気付いていたのでしょうが、時代とともにスミレ色の瞳を持つ王族がいなくなり、いつの間にか忘れられていったのでしょうね」

 

「祖母はその伝説を知っていたのですね」

 

「いいえ。先生は婚約したその日に、絶対に目のことには触れるなと姑様にきつく言われたそうよ。

 でも、そもそも目が悪いわけでもないのに、夫がずっと濃い色付き眼鏡をかけていることに疑問を持たれていたし、珍しい瞳の色のことにも気付いてはいたそうですが。

 夫婦ならどんなに隠そうとしても無理な話ですからね。

 

 そしてあなたが生まれたとき、ご主人がひどくショックを受けているのを見て、もしやと思ったそうです。孫と夫の瞳の色が同じだったから。

 そんなある日、赤ん坊だったあなたが寝ているときに、涙を零して謝っている夫の姿を見て、先生はこれはただ事ではないという思ったそうです。

 

「瞳のことには決して触れてはいけない」

 

 と姑と夫から言われていたが、その姑はすでにこの世にはいない。

 愛する孫に関わることならば、これ以上知らぬ振りはできないと覚悟を決めて、夫のチャールズ様を問い詰めたそうです。一週間以上ずっと。

 そうして、ようやく真実をお知りになったそうです。

 

 ですからあなたが母親に言われて前髪で目を隠し始めたときは、これ幸いと思ったそうです。

 だて眼鏡をかけたら、却ってあなたが自分の瞳を意識して、不自然な態度をとるようになることを恐れていたそうですから。

 先生はあなたが王族に目を付けられることを恐れていました。

 伝説のスミレ色の瞳を持つあなたの存在が知られたら、否応なしに王太子の婚約者にされて、政治に利用されてしまうに違いないと考えたのでしょう。

 だから、王太子に婚約者が決まるまで、いいえ婚姻するまではあなたを貴族社会に出さないと決められたのです。

 そしてこれまた都合よく、あなたは母親の嫌がらせで学園に通えなくなったというわけです。

 まあ実際のところホランド王太子殿下はあなたが十三歳のときに、こちらにおられるシェリル妃殿下と婚約をなされました。

 それ故に、どうしても学園に通えない、という状況ではなかったのでしょうが、第二夫人になれと言われる可能性もあったので、そこは慎重になられたのでしょうね」

 

 カイトン伯爵夫人の丁寧な説明になるほどと思った。しかし、そこに新たな疑問が浮かんだ。

 

「でも、それならなぜ祖母は私に王城勤めを勧めたのでしょうか。

 私のような下働きの者が王族の方と接触する可能性は、まあほとんど無いに等しいでしょうが、私の瞳の色が王城内で噂になったら、すぐに王家の耳に届いてしまうのではないですか?」

 

「『灯台下暗しって』ってことわざがあるでしょ。

 まさか身近にそんな伝説の瞳の持ち主がいるだなんて誰も思わないわ。

 それに、エマの下に預けておけば心配なしだと先生は思われたのでしょう」

 

「というより王城には王家直属の配下より、カイトン家一族の人間の方が多いくらいだから、ここが一番安心だと思われたのよ、ねぇケイト」

 

 ホールズ室長がカイトン夫人の方へ目をやりながらクスクスと笑うと、夫人も同じく微笑んだ。

 エマとは室長の名前でケイトとはカイトン伯爵夫人の名だ。

 ファーストネームで呼び合っているのだから、お二人はかなり親密で心許す仲なのだろう。

 

 

「先生はご自分がいなくなったとき、あなたがあの家を出ても一人で生きて行けるようにしっかりとした道筋を立てておきたかったのでしょう。

 三年前、この「ライラックの会」の会合にいらっしゃって、初めてご自分の結婚事情とあなたの秘密を明かされたの。

 そしてどうかあなたを守って欲しいと、先生は頭を下げられたのよ」

 

 

 そうか。私は自分の知らないところで、室長やカイトン夫人を始めとする、たくさんの祖母の教え子の皆様に守られてきたのか。

 もしかしてルーカス様がいつも助けてくれたのも、夫人から依頼されていたからなのかしら。

 そう考えれば、私が困難に直面している場に何度も現れて助けてくれたことも納得できる。でも、それっていつから? 

 五年前に街中で破落戸に絡まれていたときに助けてくれたのは、祖母の話を夫人から聞く前だったのならいいけれど。

 

 

 運命的な出会いだなんて、勝手に舞い上がっていたけれど、そんな小説やお芝居のお話のようなそんな偶然が実際あるわけないわよね。

 そうよ、そんなことはわかっていた。いや、わかっているつもりだった。

 それに元々、彼と私は身分違いの上に年も離れていて、恋愛対象になるばずがない。

 彼にとって私は、ただの庇護者に過ぎないのだろう。

 でも、いくら私が現実主義者だとしてもやっぱり私も女の子だから、あんなに格好が良くて強くて素敵な人に助けてもらったら、舞い上がってしまったのも当たり前でしょ。

 

 これまで散々守ってきてもらったのに、恨めしく思うなんて間違ってる。それはわかってる。

 憧れの王子様にデビュタントでエスコートしてもらって、一緒にダンスも踊ってもらえた。

 手を……手を取ってくださったのよ、あんなツギハギだらけのドレスを着たみっともない私の手を……

 そんな素晴らしい思い出をもらっておきながら不満を抱くだなんて、私は一体いつからそんなに図々しい人間になってしまったのだろう。

 

読んでくださってありがとうございました。

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