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第21章 祖父の懺悔  


 


 祖母の夫、つまり祖父は私が十歳のときに亡くなった。

 祖父は両親や姉の前では素っ気ない態度だったが、二人きりのときは優しかったし、私のことを可愛い、可愛いと言って可愛がってくれた。

 そして永遠の眠りに入る直前、祖父は私にこう謝った。

 

「お前の母親のアマンダをあんな人間にしてしまったのは私だ。

 お前に辛い思いをさせてすまなかった。キャロンにも、そしてヘレナにも申し訳ないことをした」

 

「お祖母様に謝りたいのなら、ご自分ですればよろしいのではないですか」

 

「謝りたい。謝りたいが、今さら私の言葉など受け入れてはくれないだろう。

 私はいつも母の側に立ち、彼女の味方をしなかったから。

 娘を奪われてどんなに辛かったことだろう。

 

 母は私の妹達のことを私以上に愛情深く、そしてしっかり躾けていた。

 だからアマンダのことも最初のうちは、母に任せておけば問題ないと思っていたのだ。

 ヘレナはとても才能のある優秀な女性で、元々結婚願望がなく、教師になる夢を持っていた。

 だから彼女のためにも家に縛り付けるよりも、外で働かせた方がいいと思っていたんだ。

 

 だが、自分の子供と孫は違うものらしい。母は孫のアマンダを溺愛した。

 甘やかすことだけが愛情ではないと、ヘレナに何度も諭されたのに、そのことに私は気付けなかった。

 気付いたときはすでにどうしようもなくなっていた。

 

 母はこのスミスン子爵家に後ろめたさを感じていた。

 だから正当な血筋のアマンダを自分が守らなければならないと頑なになってしまった。

 自分に似た娘達と違って、孫のアマンダはスミスン子爵家や本流のバークマン伯爵家の特徴が色濃く現れた娘だった。

 それ故に余計そう思い込んだのだろう。

 そしてそれは私も同じだったのだ。

 血筋を重んじるのであれば、まずはヘレナを大切にすべきだったのに、私達はそんなことにも気付かない愚か者だった。

 

 

 そう。ヘレナは国からの命令で仕方なく私と結婚してくれたのだ。

 それでも私は彼女を愛していたし大切にしたかった。

 だが、不甲斐ない自分が情けなくて、素直にそれを口にできなかった。

 

 母が亡くなった後、やり直したいとどれほど思ったことか。

 しかし、体が不自由になって妻に何もしてやれなくなってから、愛していると伝えることはどうしてもできなかった。

 いくらなんでも卑怯だし図々し過ぎると思ったからだ。

 結局溝が深過ぎて埋められず、これまで感謝するだけで、愛を告げるどころか謝ることさえできなかった」

 

 祖父は悲しそうにそう言うと、これまで人前で外したことのなかった色の付いた眼鏡を取って私の目を見つめた。

 その祖父の瞳の色は私と同じスミレ色をしていた。ああ、私の瞳の色は祖父譲りだったのか。

 なぜそれを教えてくれなかったんだ、と一瞬思ったが、実の娘にさえ見せなかったのだから、何か大きな理由があるに違いないと察した。

 先ほどの祖父の話にも「スミスン子爵家に後ろめたさを感じていた」という秘密めいた言葉があったし。

 

 あのときの私はまだ十歳だったけれど、なんとなくその意味が分かってしまって文句を口にできなかった。

 案の定祖父はこう言った。

 

「この瞳の色のせいで、お前にもずっと辛い思いをさせてしまった。これからも色々あるだろう。許してくれ。

 だが、これは私だけの罪であり、お前にはなんの咎もない。それだけは覚えておいてくれ。

 そして私ではお前のために何の力にもなってやれなかったが、ヘレナはその知恵のみならず、その人徳で幅広い人脈を持っている。

 必ずお前を守ってくれるだろう。それだけは信じてくれ。

 あと最後に一つ頼みがある。

 私がいなくなったら、アマンダはますますヘレナを邪険に扱うだろう。婿も、そしてキャロンも。

 クリス、どうかヘレナを頼む」

 

 意味がわからないよ、お祖父様。

 お祖母様に私のことを頼むのならまだわかるけど、まだ子供の私にお祖母様を頼むと言われても困る。

 だけど「わかった!」と答えた。そう言うしかないじゃないの。

 あの会話の後間もなくして、祖父は深い眠りに入り、そのまま目覚めることなく息を引き取った。

 大泣きする母の側で祖母が声を殺して泣いていた。祖母が泣くのをそのとき私は初めて見た。

 

 

 ✽

 

 

 私を嫌っていたはずのダイキント子爵が、突然私に接近したがっていると知ったとき、それは祖父母が何か関係しているのではないかとふとそう思った。

 まあ単なる勘だったけれど。

 そしてホールズ室長からその理由については「ライラックの会」の会合で明らかにすると言われたとき、その勘が当たったと思った。

 噂のエリート集団。そんな人達と関係がありそうなのは、祖父母しか考えられなかったからだ。

 

 しかし実際に彼女達から知らされた真実は途方も無い話で、俄には信じられなかった。

 だって、私に王家の血が流れているだなんて! 

 まるでお芝居の話みたいじゃないですか!

 それもあまりにベタ過ぎる!

 

 もっとも冷静になって考えてみれば、王家の血はかなり薄まっていて、だからどうした!みたいな感じのことだと気が付いた。

 もうすでに傍流も傍流、そんな人間はごまんといるだろう。

 ただし問題なのはその真実に、王家が隠蔽しなければならないくらい重大な理由があった、ということだ。

 

 私と姉は王太子殿下とは又従兄妹に当たるらしい。つまり、母は国王陛下の従妹だという。

 もっとわかりやすく言えば、祖父が先々代の国王の子(隠し子)だったらしい。

 しかも簡単には()()()()()()()()()()()、面倒な存在だったということだ。

 そしてその面倒な理由(わけ)は、私にも引き継がれていたのだった。

  

 読んでくださってありがとうございました!

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