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第20章 祖母の教え子

やたら登場人物が多い章です。


「そうそう。ずいぶんとお待たせしたけれど、明後日ようやく『ライラックの会』を開けることになったの。

 だからクリスティナ嬢にも是非参加してもらいたいのだけれど、都合はつくかしら?」

 

 ホールズ室長が突然話を変えた。


「私なんかが参加して皆様の不興を買ったりしないのですか?」

 

「買うわけないでしょ。

 むしろこれまで、なぜ呼ばないのだと文句を言われていたくらいですよ。私ばかりあなたを独占して狡いと」

 

 えっ? 

 

 私はまたもや彼女の言葉を理解できずに困惑するのだった。

 

 

 ✽✽✽

 

 

 王城の長くて広い廊下をホールズ室長の後に付いて歩いて行くと、とある扉の一つの前で彼女が足を止めた。

 同じような扉がズラッと並んでいる中でよくここだとわかるものだと、そんなことに感心していると、彼女はトントトン……トンというリズムで扉をノックしてから、返事も待たずに中へ入って行った。

 私もそれに続いて中へ入ってぎょっとした。

 

 そこには十人ほどの上品でとても堂々した貴婦人方がいた。名前を伺うと私でも知っているくらい著名な方々だった。

 社交界の華と呼ばれている公爵夫人。

 外務大臣の奥方で、他国の王侯貴族の方々とも親交が深い侯爵夫人。

 辺境の女将軍と呼ばれている北の辺境伯夫人。

 大商会を経営している伯爵夫人。

 この国の奉仕活動を援助している伯爵夫人。

 王立学園の副校長をしている侯爵令嬢。

 南方のリゾート地でホテルチェーンを展開している大富豪の夫人。

 大農園の経営者夫人。

 

 そしてナタリアさんのお母様のカラッティー商会の会長に、ルーカス様のお母様のカイトン伯爵夫人……

 

 クラクラと目眩がして倒れそうになったが、必死に踏ん張って耐えた私は偉い。

 幼少期から元騎士のアダムス様から鍛えられたおかげだわ。

 ちなみにそのアダムス様は祖母の知人だ。

 

 しかし、最後に登場した人物に私は心の中で悲鳴を上げて昏倒しそうになった。

 なんと王太子妃殿下のシェリル様がにこやかに微笑んでいたからだ。

『ライラックの会』恐るべし。

 

 

「つまりね、みんなあなたのお祖母様のスミスン前子爵夫人、ヘレナ先生の教え子なの。今まで黙っていたけれど、もちろん私も」

 

 ホールズ室長が言った。

 

「教え子ですか? こんな素晴らしい方々がですか?」

 

「素晴らしいかどうかはわからないけれど、今現在私達がこの地位にいられるのは、ヘレナ先生のおかげということです」

 

 と、カイトン伯爵夫人。

 お祖母様が一流のマナー教師だとは知っていたけれど、まさかこんなに凄い人達を教えていたとは。

 

「ヘレナ先生はクリスティナ様も良く知っていらっしゃると思うけれど、マナーだけでなく、学問や語学、護身術にも優れ、しかも刺繍や洋裁の技術はプロ並みでした。

 私はただ貴族の方と商売をする上で、最低限必要なのマナーや教養を身につけたかっただけなのです。

 ですが結局、最低限どころか最上級のマナーを叩き込まれた上に、刺繍や洋裁の技術まで学ばせてもらいました。

 しかも、従来の商売のコツのみならず、新しいやり方を教わりました。先生には足を向けては眠れません」

 

 とカラッティー商会の会長。

 

「祖母らしいですね。中途半端に教えるのは嫌いで、徹底的にやらないと気が済まない人でしたから」

 

「でも、それは見込みのある人間だと判断した者に対してだけだったようですよ。

 自分で言うのもおこがましいけれど、ここにいるメンバーやあなたのようにね」

 

 と北の辺境伯夫人。


「私ですか? 私は実の孫だからじゃないですか?」

 

「孫だからってわけじゃありませんわ。その証拠にあなたのお姉様のことはあっさりと手を引いたでしょう?

『やる気ない人、向上心のない人に教えても、成果はでません。そんな無駄なことはしません。時間は有限ですから』

 というのが先生の口癖でしたもの」

 

 

 たしかに言われてみれば。

 姉が拒否をしたから教えなくなったのかと思っていたが、あの厳しい祖母が孫に嫌だと反抗されたくらいで手を引くはずがない。

 祖母は姉のこと、そしておそらくは自分の娘である母のことも諦めてしまったのだろう。

 何を言っても何をやっても無駄だろうと。

 でもそれって少し寂しいなと思ったとき、奉仕活動のときにお世話になっているローランド伯爵夫人がこう言った。

 

「あなたのお姉様のことはわからないけれど、お母様のことは簡単に諦めて見捨てたわけじやないのよ。

 ヘレナ先生ね、娘を義母様に取り上げられていたの。貴女は仕事だけをしていればいいからって。

 夫だった子爵様が甲斐性のない方だったみたいで、先生が働かなければならなかったみたいなの。

 そして母親べったりの人で、先生の味方はしてくれなかったそうよ」

 

「マザコン……」

 

「その通り。先生は離婚して娘を連れて屋敷を出て行きたかったそうよ。

 でも王命による結婚だったから、離婚をしたら自分はともかくご実家の伯爵家にまで迷惑がかかるからと、それもできなかったらしいの。

 そもそも、王家への忠義心だけで娘の幸せなど全く考えなかった親のために、そこまで気を使うことはなかったのではと思うけれど、兄弟やその家族、そして使用人のことを考えるとそれもできなかったのでしょう。人に優しい方だったから」

 

 そしてローランド伯爵夫人の後を受けて、学園の副学長をしている侯爵家のミランダ様がこう言った。

 

「私はヘレナ先生の娘さん、貴女のお母様のアマンダ様とは学園時代の同級生だったの。

 でも仲が良かったわけではないわ。娘である貴女の前では言いにくいけれど、とにかく彼女には近付きたくなかったの。

 我儘で自己中心的で、人の話をきかない人だったから。

 彼女が何か問題を起こす度に呼び出されていた、祖母である前子爵夫人を見てわかったわ。

 ああ、この人に育てられたからこんな人間になったのだって。

 でも不思議だった。前子爵夫人に過ぎない彼女がどうしてこうも上から目線で横柄な態度をとれるのかって。

 元伯爵令嬢だった嫁であるヘレナ先生は、高名なマナー教師だったけれど、誰に対しても礼儀正しく、謙虚な方だったから余計に。

 そしてこの『ライラックの会』に入ってようやくわかったの。ああ、そうだったのかって。

 そして先生が気の毒過ぎて涙が出たわ」

 

 

 皆さんがそれに同調していた。そして悲しそうな辛そうな顔をした。

 曾祖母のことは知らないが、たしかに祖母は大変な思いをしていたと思う。何せあの母と父と同居していたのだから。

 本当は祖父の亡き後は家を出たかっただろう。祖母はどこでだって暮らして行けたのだから。

 でも、私を残してはそれもできなかったのだろう。

 かつては人質にされていた娘によって、今度は孫を人質に取られたのだから。

読んでくださってありがとうございました。

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