第2章 二者択一
カイトン卿にエスコートの申し出をされたとき、実際にそれを受け入れた場合を想像して、私は少し身震いをした。
女の嫉妬は実に恐ろしい。
普段女性ばかりの仕事場に身を置いているので、簡単にその状況が目に浮かんだ。
そして次に、彼のエスコートを辞退した場合を思い浮かべてみた。
デビュタントなのにパートナーなしで舞踏会に参加したら、まず驚かれて嘲笑されることは間違いない。なんて惨めなのかしらと。
その上私は、多くのデビュタントが着用する清楚なドレスではなく、奇抜なデザインのドレスを着ている。
それ故に、非常識だ、はしたないと言われるのは間違いない。
まあ、誰も私に近寄ったりはしないだろうから、定番の水やお酒を零されたり、足をかけられて転ばされるということはないと思うけれど。
悪い意味で注目されてしまうのは仕方のないことで、その結果馬鹿にされ貶されてもやむを得ないと思う。
ただし問題は、そんな有り様でも社交界デビューしたと認めてもらえるのか、ということだった。
私はどうしても今日、社会的に成人と認められたい。(国王陛下のサイン済みの成人証明書のこと)
そして明日には家を出て、城内にある使用人の寮に入りたい。
そのためには、どうしても社交界デビューを成功させなければならないのだ。
だからこそ私は、姉に切り裂かれたドレスを無理に繕ってまで、こうして王城にやって来たのだから。
この場所にたどり着くまでは苦難の連続だった。
通常、婚約者であるパートナーがいる場合、馬車で家まで迎えに来てもらってから登城するのが一般的だろう。うちには馬車がないのだからなおさらだ。
しかしゴードンは迎えに来てはくれなかったので、私はこのツギハギドレス姿で歩いて城までやって来た。
働いて得る賃金は、全て母親に取り上げられてしまうので、乗り合い馬車に乗るお金もなかったからだ。
まあそれは、通勤時と変わらないと言えば変わらないけれど。
さすがに高いヒール靴を履いて四十分も歩くのは無理だと思ったので、城に着く直前までは普段のペったら靴を履いてきた。
あ〜あ。王城の中だけでなく、王都中で噂になるかもしれないわ。
デビュタントの令嬢が奇抜な格好で、馬車にも乗らずに歩いていたと。
でもこちらはむしろ同情されるかもね。
あれは頭がおかしい残念な令嬢に違いないとか、あるいは、哀れな貧しい貴族の令嬢に違いない、とかいうふうに。
とにかくカイトン卿のお誘いを断ったら、私はパートナー無しでこの夜会に参加することになり、この姿も相まって笑い者となって悪目立ちして、結局国王陛下のお目通りも許されないかもしれない。
もしそうなったら今日の社交界デビューは失敗となって、私は成人とはみなされない。
そして私はあの家から出ることができず、これまでのように奴隷のようにこき使われた挙げ句に、城で働いた賃金まで取り上げられる。
そんな暮らしがこれからも続くことになるのだ。
カイトン卿がゴードン様を睨んでいた僅かな時間に、私は二者択一を迫られ、頭をフル回転させた結果、英雄様の申し出をありがたく受けることにした。
まあ、断り方を知らなかったというのもあったけれど。
「助けて頂いてありがとうございます。エスコート、どうかよろしくお願い致します」
私はカイトン卿に頭を下げた。どちらを選んでも注目されるだろうし、女性方からの顰蹙を買うのは目に見えている。それに明日以後壮絶な虐めを受ける未来も。
でもどうせ悲惨な目に遭うのなら、成人として認められて、両親や姉と縁が切れる方がずっとずっとマシだと私は思ったのだ。
英雄のカイトン卿にエスコートされていれば、国王陛下との謁見も護衛騎士に止められることもないだろうと。
すると私の返事を聞いたカイトン卿が、その厳しかった顔を笑顔に変えて微笑んでくれた。明るい茶色の瞳はとても優しかった。
そう。以前街中で破落戸に絡まれたときに助けてくれて、泣きじゃくる私を慰めてくれたあの慈愛の籠もった眼差しと同じだった。
そして艶のあるダークブラウンの長い髪を後ろに一本で縛り、凛々しく整った顔には、長くて濃いまつ毛が影を落とし、キリリとした唇は珍しく少しだけ口角が上がっていた。
うっ、久し振りに明るい室内で見るカイトン卿の笑顔は破壊的だ。
これまでは同じ距離でも薄暗い場所ばかりだったし、じっと見つめたこともなかったから、こんなにドキドキすることはなかったけれど。
憧れのカイトン卿にエスコートされるなんて、夢でも見られそうにないスペシャルな機会を得られたのだ。
どんな悲惨な結末を迎えようと、もう十分幸せだと改めて思い直した私だった。
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