第19章 犯人逮捕
翌日は休日だったので、私はルーカス様用の巾着袋と手提げ鞄を作る作業に励んだ。
以前は毎週末ごと修道院へ行っていた私だったが、王城の寮に住むようになってからは、危険だというので外出せずに、部屋の中でバザーに出す商品作りに励んでいた。
出かけるときは前もって言ってもらえば護衛を付けるからと言ってもらったのだが、私は彼らにこれ以上迷惑をかけたくはなかったのだ。
昼過ぎには二つとも出来上がった。
最後の仕上げに、それこそ私の思いを込めて丁寧にルーカス様の名前を刺繍した。
以前、裂かれた儀礼用の制服を繕ったときに用いた、あのルビー色の刺繍糸で。
そこが他の皆様の物とは少しだけ違った。
貴方に対する気持ちは他の方とは違うのだと、無意識に伝えたかったのかもしれない。
休み明けに、その日の当番をしてくださったヘンリー=カイトン様に、私はルーカス様の巾着袋を託した。
ヘンリー様はそれを受け取った後、笑顔でこう言った。
「たしかに預かった。俺達の護衛も今日でおしまいだから丁度良かった」
「おしまいですか?」
「ああ。必要がなくなったからな。昨日、君を付け狙っていた奴を捕まえたからね。
詳しいことは君の上司のホールズ女史に訊いてくれ」
なんと、不審者が捕まったらしい。さすがだわ、騎士団の皆様。
そしてその日の昼休憩の時間に、私はホールズ室長の執務室に呼ばれてその経緯を教えてもらった。
私を付け狙っていたのはダイキント子爵……ではなくて、なんとそのご令息である元婚約者のゴードンだった。
「なぜ今頃になって彼はそんな真似をしたのでしょう? いくらご両親にしかられたと言っても。
それにそもそも子爵夫妻だって私のことを嫌っていたんですよ。婚約はあちらの前子爵様と私の失くなった祖父が勝手に決めたものでしたし」
「ダイキント子爵はゴードン様をあなたのお姉様のところに婿入りさせて、次男の方とあなたとを婚約させようと画策しているようですよ。
それを知ったゴードン様が廃嫡される前によりを戻したかったのでしょう。
あなたのお姉様と結婚すれば子爵でいられるのに、彼女との婚約は嫌だったみたいね。
スミスン子爵家に給金を搾り取られた上に、経営まで全て押し付けられる将来が目に見えるから嫌だったのでしょう。
ようやく彼はあの家の実情を理解したようですね。
あなたがいなくなって、まだ三週間しか経っていないというのに、ご実家はずいぶんと困っているようですからね。
それでも本来、真実の相手のためなのだから、彼も喜んで尽くすべきだったでしょうに」
珍しくホールズ室長は皮肉めいた言葉を口にした。
「もし、キャロル嬢から心変わりしたというなら、他の婿入り先を見つけるか、平民になればいいだけだったのにね。
平民でも騎士になれば人並みな暮らしができたでしょうに。
でももうこれで、彼が騎士になるのは無理でしょうね」
ゴードン様は私との婚約破棄を撤回したくて、私と話をしたがっていたが、手紙の受け取りを拒否された。
その上まだ学生である彼は容易に王城へは入れなかった。
そこで家の使用人の男に、父親の忘れ物を届けるという名目で登城させ、女子寮に手紙を届けようとしたらしいが、当然私の部屋の場所がわからず、ウロウロしているうちに怪しまれて逃げ出したらしい。
その後もチャレンジしようとしたが、登城のチェックが厳しくなってしまった。
そして数日前、ゴードンは学園でご令嬢達のこんな噂話をたまたま聞いたらしい。
「今、パッチワークのテーブルクロスが流行っているって知っている?」
「もちろんよ。修道院のバザーで売られている商品でしょ? 私も買ったわ」
「わあ、いいわね。私も自分の部屋用に欲しいのよね。できればクリスティナ嬢のものが欲しいけれど、注文は受けていないのよね」
「そりゃあそうよ。お城勤めをされていて、あくまでも奉仕活動でパッチワーク作りをなさっているんですものね」
「最近は作り方の指導の方がメインで、休日には修道院で教えていらっしゃるそうよ。
誰でも受講できるそうだから、私も明日行ってみようと思っているの」
「まあ、それでは私も行ってみようかしら」
この会話で、ゴードン様は初めて私が修道院で奉仕活動をしていることに気付いたみたい。そしてそれと同時に、私が城から出る日を知ったらしい。
そして友人から紹介されたはぐれもの二人を雇って、修道院に入ろうとした私を無理やりに馬車に引きずり込み、ゴードン様の待つ町外れに建つ廃屋に連れ込んだという。
しかしそこへ間髪入れずに、ルーカス様やこれまで護衛をしてくださっていたカイトン一族の皆様が踏み込んだ。
そして三人は現行犯逮捕され、依頼したゴードン様にお金をもらって協力した友人もその後捕まったらしい。
「ちょっと待ってください。
私は昨日は寮から一歩も出ていないのですが……」
「そんなことは知っているわ。あなたを狙っている人達がいるのに、外へ出せるはずかないでしょう。
囮を使ったようですよ。
いつまでも行動を制限されては貴女も困るでしょう?
それに修道院の子供達やご婦人方もあなたが来るのを待っているでしょうし。
私達もいい加減腹立たしくなったので、こちらから仕掛けて、悪党どもを捕まえしょうと提案したのです。
そうしたら、ルーカス卿やお仲間の騎士の皆様がすぐに計画を立てて、それを実行してくださったのですよ。
因みに、学園であなたの噂話を流したのも仕込みです。ルーカス卿の妹のサリーナ嬢が演じてくれたそうですよ。
それに本当に見事に引っ掛かりました。所詮彼は世間知らずの子供です。ルーカス卿にかかったら猫の手をひねるより簡単でした。
もっともやろうとしていたことは、愚劣で野蛮で、とても未成年者とは思えないことでしたけれど」
そう。ゴードン(もう、様付けなんかしてやらない!)は、私よりも三ヶ月ほど生まれが遅いので、まだ未成年だ。そしてそれが却って都合が良かったとホールズ女史は言った。
もし成人していたら、息子は廃籍していたとダイキント子爵に言い逃れをされたかもしれないからと。
未成年の息子がしでかした事の後始末は親がするものだ。
彼も罪人となれば、いくらなんでももう私を次男と婚約させる、などいうくだらない計画はおじゃんになると思うわ。
それにこれで実家も婿のきてがなくなって困ることだろう。しったことではないけれど。
それにしても、私を攫って言うことをきかせようとしていただなんて。
深窓の令嬢とは違い、子供のころから下働きの使用人のように市井の人々と触れ合ってきた上に、職場で毎日噂話を聞かされて耳年増になった私は、彼が何をしようとしていたのかを察して震えがきた。
そしてそれと同時に、私の身代わりになった女性のことにようやく気が付いて、さらに大きな震えに襲われた。
「私のために囮になった方は、大丈夫だったのでしょうか? 変なことや酷いことをされたりしなかったのでしょうか?」
「大丈夫よ。その方は騎士見習いでしかも男子だから。
それにルーカス様達が飛び込んで来る直前に、手を出されそうになって、その瞬間に相手を叩きのめしたそうだから」
「男の子?」
私は喫驚した。たしかに私は女性としては上背があるが、男の子が代わりを務められるものなの? まだ年少なのかしら……
「ケインズ男爵家のジェミン様を知っているでしょう?
彼がカツラを被り、女装してくれたらしいわよ。
王城のお針子の制服を着た姿はすこく可愛らしくて、男だと疑う者は誰もいなかったらしいわ」
ジェミン様!
たしか学園に入学したはずだけれど、騎士見習いもされていたのか。よほど優秀なのね。
なるほど。ジェミン様は普通の男子の格好をしていても女の子に見えたものね。
それで以前王城で不良役人に襲われかけたこともあったし。
「最初は女性騎士に依頼しようと思っていたようですが、彼が自ら志願したそうですよ。
貴女に助けてもらったことがあるので、いつか恩返ししたいと思っていたからって」
「助けただなんて。最終的にはルーカス様のおかげで事なきを得たんですよ」
「近衛騎士団に突き出したのはルーカス様だったのでしょうが、あなたが持っていた箒で打ちのめしていなかったら、彼はどこかへ連れ込まれて乱暴されていたでしょう。
貴女って、本当にあちらこちらで人助けをしているのね。
そのうち騎士団から引き抜かれるんじゃないかと、こちらは気が気ではないわ」
やれやれというようにこう冗談を言いながら、ホールズ室長は大袈裟にため息をもらした。そして、
「騎士団……生きて行くためなら私は職を選びません。
そして目の前で誰かが困った事態になっていたら、やっぱり助けようとしてしまうと思います。
でもできれば、私はこのままお針子としてずっと働きたいです。大好きな仕事なので」
私がこう答えると、彼女は呆れた顔をしたのだった。
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