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第18章 カイトン一族へのお礼


 ホールズ様に気を付けろと言われたその翌日から、なんと職員の女子寮に護衛騎士が就いた。

 なんとホールズ室長と話をした当日に寮に不審者が現れたらしいのだ。

 しかもどうやら私の部屋が狙われていたらしい。

 しかし本来ならばそれくらいでは、騎士様が見張ってくれるはずはない。

 せいぜい見回りの回数が増える程度だろう。

 つまり彼らは正規の仕事としてではなく、手の空いている騎士様達が代る代る見守ってくれていたのだ。

 つまり転生前の世界でボランティアと呼ばれていた方々だ。

 

 申し訳なくて騎士の皆様に毎日お茶を差し上げながら名前を訊ねると、皆様、カイトンと名乗られた。

 つまり、ルーカス様の身内の方々だった。

 

 アンドリュー=カイトン様、

 ヘンリー=カイトン様、

 チャーリー=カイトン様、

 ディームス=カイトン様、

 エイブ=カイトン様、

 デニス=カイトン様、

 フェス=カイトン様

 ジェイムズ=カイトン様、

 ハロルド=カイトン様、

 ローリー=カイトン様……他。

 

 皆様、主に王都の見回りをしている第二騎士団の騎士様だった。

 なるほど、ルーカス様がファーストネームで呼んで欲しいと言っていた意図がようやくわかった。

 これまで気にもしなかったけれど、カイトン姓って転生前のニッポン国のスズキさんとか、サトウさんのように、とっても多い姓だったのね。

 

 それにしても、皆様がルーカス様繋がりでボランティアをしてくださっているということは、とどのつまりそのルーカス様とホールズ室長は繫がっているということなのかしら?

 ホールズ室長の旦那様は確か伯爵様で、王都近くの領地を治めていて城勤めはされていなかったはずだけれど……

 

 うーん。

 

 とにかく、私なんかのためにお忙しい騎士様達の貴重な時間と労力をおかけしていることが申し訳なくて、何かお礼がしたいと思った。

 私にできるお礼といったら何か手作りすることくらいしかないけれど。

 最初はクッキーのような後に残らない物の方が迷惑にならないと思ったが、城の厨房を借りるわけにはいかない。

 となると後は刺繍か布を使って小物でも作ろうかしら。

 

 しかし恋人や婚約者でもないのに、刺繍入りのハンカチやクラバットを贈るわけにもいかない。

 どうしよう、としばらく悩んだ結果、巾着袋を作って渡すことにした。

 修道院のバザーではけっこう人気でいつも完売するのよね。

 生地が地味目だったり寒色系だと男性も買ってくれる。

 なんでも女性と違ってあまりポーチや鞄を持ち歩かないから、薬や鍵や小銭なんかをしまって、それをポケットの中に入れたり、腰のベルトに吊り下げて持ち歩くと便利なんですって。

 

 普段バザー用に作っている物は古着を使ったリフォームやリメイクだ。

 なにせ私の職場である再生課は総務局衣料部にある。

 故に使い込んで不要になったリネンだとか、修復不可能になった古い制服だとかの後始末もしなくてはいけない。しかし言い換えれば、それらを勝手に始末しても文句は言われないということだ。

 私はそれを例の風呂敷に包んで、あちらこちらの修道院へ持って行っている。

 そして使えるものはそのまま使ってもらい、使えないものは別の形に作り変える手伝いをしている。

 

 子供服にしたり、手提げバッグや袋物などの小物を作る。

 端切れだって無駄にせずに繋げて使う。つまりパッチワークだ。

 それを夫を亡くした女性や孤児になってしまった子供達に作り方を指導している。

 みんなも熱心に取り組んでくれている。特にパッチワークは楽しいと人気だ。

 みんなも次第に腕を上げ、色々なパターンを使って美しい模様を生み出している。

 そして近頃では素晴らしい品を出来上がるようになり、バザーでもそこそこの値段で売れているようだ。

 特にテーブルクロスやバッグは人気で、注文まで来るようになったらしい。

 

 まあそれは余談で本題に戻るが、バザーで男性用の巾着袋が売れているといっても、さすがに貴族である騎士様達に古着で作った物は差し上げられない。

 新しい生地を買えればいいのだが、今までの賃金は全て親に取り上げられていたので貯金が一切ない。

 給料日まで待つしかないかな、と思っていたら、地下の倉庫で棚卸しをしていて、新品のまま放置されていた昔の騎士の制服を数着見つけた。

 現在の空色ではなくロイヤルブルーと呼ばれる濃い青色の生地の品のいい制服だった。

 

 デザインが変わっているので今さら着用することはできないので、勿体なくても処分するしかないというので、それをただで払い下げてもらった。

 騎士服なら上質の生地を使っている。色褪せも虫食いもない。これで作った物ならば失礼に当たらないわよね。

 もちろん表地は生地が厚過ぎるから、こちらはしっかりとした手提げ鞄にして、同色の薄手の裏地の方で巾着袋を作った。

 

 一気に十人分の騎士様の手提げいわゆるトートバッグと巾着を仕上げた後で、誰の物か見分けがつくようにそこに彼らのファーストネームを刺繍した。

 

「こんなつまらないもので申し訳ないのですが、どうか受け取ってください。感謝の気持ちです

 巾着袋は小物用に、そしてバッグの方は書類とかが入る大きさなので、良かったら使って見てください」

 

 私がそう言って手渡すと、ぜひ使わせてもらうよと言いながら、全員が笑顔で受け取ってくれたのでホッとした。

 

 ところがその数日後、眉間にシワを寄せたルーカス様がその日の当番であるアンドリュー=カイトン様と共に私の前に現れた。

 三週間振りに再びルーカス様に逢えた私は、歓喜しながらもそれを表に出ないように必死で抑えながら、夜会でお世話になったことと、ご親戚の騎士の皆様を派遣してくれたことに対する礼を述べた。

 すると彼は何か言いにくそうに、モゴモゴと口の中で呟いた。

 いつも、キリッとしているのに今日はどうされたのだろうと不思議に思っていると、アンドリュー様がこう言った。

 

「ここ数日こいつがいじいじとして鬱陶しいから何とかしてくれって、伯父夫婦に頼まれてしまってね。それで君のところへ来たんだ」

 

「はい?」

 

 子爵家の嫡男であるアンドリュー様はどうやらルーカス様の従兄らしい。

 それにしてもルーカス様がいじけるってどういうこと? 

 意味がわからず首を捻った。そんな私を見てアンドリュー様はニタニタと含み笑いをした。

 

「彼は世間では冷静沈着でクールとか言われているが、六歳のときに妹が生まれてくるまでは末っ子の甘えん坊だったんだ。

 今はこんな見かけだけど、案外子供っぽいとこがあってね、俺達だけがお揃いの巾着袋と鞄を持っているのを見てイジケてしまったんだ。なんとかしてくれないか?」

 

「はぁ?」「えっ?」

 

 私が驚いて思わず声を出すと、ルーカス様も怒りなのか恥ずかしいかわらないが、顔が真っ赤になっていた。

 

「本当はね、彼も護衛当番のメンバーに入りたがっていたんだよ。

 だけど、妙な噂が立つと君に迷惑がかかるからと俺達が止めたんだ。

 彼は目立つだろう? 

 だから悪いけど彼の気持ちを察して、彼にも同じ物を作ってやってくれないか?」

 

「おい!」「えっ?」

 

 欲しいの? あの巾着と鞄を? 本当は私だってルーカス様にもらって欲しかったのよ。だって私の手作りを使ってもらえるなんて僥倖じゃないの。

 たしかにあの儀式用の騎士服も私が繕ったものよ。

 でも、あれは滅多に着るものではないし、元々私が縫ったオリジナルじゃないものね。

 お礼なんかいらないと何度も強調するから、貧乏人からお礼をもらうことにためらっているのかと思っていた。優しい方だから。

 

 もらって頂けるのならすぐに作りますね、と私はルーカス様に告げた。すると彼は、

 

「強請るような真似をしてすまない。忙しいのだから無理しないで欲しい」

 

 そう言うと、うつむいたまま赤らんだ顔を上げることもなく、アンドリュー様を残して足早に立ち去ってしまった。

 


「ルーカスにがっかりしたかい? イメージと違っていて」

 

 アンドリュー様にこう訊かれて私は勢いよく首を横に振った。

 

「そんなことありません。

 ルーカス様がご令嬢方が噂しているように、ニヒルでクールな素っ気ない方ではなく、優しくて思いやりかある方だってわかっていますから。

 それに私は何度も(・・・)ルーカス様に助けて頂いていて感謝しているんです。

 あの方は私にとっては尊敬する英雄です」

 

「さっきルーカスのことを末っ子の甘えん坊だったと話しただろう? 

 だけどそれは本当に子供のころの話で、成長してからというもの、あいつはいつもどこでも冷静沈着、泰然自若としていて、滅多に感情を表すことがない。

 モテすぎて人間というか女性不審になっていたせいなのかもしれない。

 そんなあいつが俺達の巾着袋やバッグを見て嫉妬したから、ついつい嬉しくなってからかってしまったんだ」

 

 それを聞いて、再び私は首を傾げた。

 ルーカス様が嫉妬するのが嬉しいだなんて変なことを言っているわ。

 大体私のことなんかで嫉妬なんてするわけがないじゃないの。

 するとなぜか呆れたような顔をしてから、やがて少し笑いを堪えるようにアンドリュー様はこうも言った。

 

「君ってしっかりしているようで、やっぱりまだ子供なんだね。

 まあとにかく、あいつは君を大切に思っていて、守ってやりたいと思っている。そのことは分かっていて欲しい」

 

 ルーカス様は超多忙な方なのに、私なんかの護衛をしてくださろうと思ってくれたことを知って、心底嬉しかった。

 これまでの人生で本気で私のことを心配してくれた人なんて、祖母しかいなかったのたから。

 だから私は素直に頷いたのだった。

読んでくださってありがとうございました。

明日から、投稿は夜の一度になります。

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