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第16章 職場仲間


 新たに私の城となったのは、簡易ベッドとミニテーブル、丸椅子、小さなチェストが隙間なく置かれた、朝日だけが差し込む狭い部屋だった。

 しかし、私にとってはようやく手に入れた誰にも気兼ねなく過ごせる安寧の場所だ。

 自由奔放な姉にただでさえ短い睡眠を邪魔されることも、大切な物を壊されたり盗まれたりすることもない。

 

 転生前は過労死だった。ただしブラックな職場だったわけでは決してない。

 命令されたわけでもないのに自分の仕事に熱中し過ぎたせいだった。まあ、もともと虚弱体質だったせいもあったのかもしれないけれど。


 そして転生後もやはり忙しくはあったのだが、こちらもやはり素晴らしい上司のおかげで、他の部署とは違い、適度に交代で休暇が取れるありがたい職場だ。

 もっとも私のその休暇は、ほとんど他の同僚に譲っていたけれど。

 なぜなら定休以外に休みをもらっても家ではゆっくり休めないし、遊びに行くところもない。

 むしろこき使われて余計に疲労困憊になるだけだから。

 

 だから前世の記憶を取り戻したとき私は思ったわ。

 両親のすべき仕事や、まして家族の世話をするために睡眠不足になるなんて冗談じゃない。

 そのことで本職に影響が出たら、公務員、社会人としては失格だと。どうするんだ、と。

(城勤めって公務員だよね!)

 私はますます家から出たくなった。どんなことをしてもあの家から逃げ出したかった。

 だから初めて休暇を取り、四日間自室に閉じこもってあのデビュタント用のドレスを繕ったのだ。

 もちろん両親や姉のことなんて完全に無視して。

 そして、ルーカス様にエスコートしてもらえたおかげで、私はようやくその願いを叶えることができたのだ。

 

 この国において、貴族の子供は未成年で親の庇護下にいる場合は、基本親の命令に従わなければならない。 

 まあ当然かもしれないが。

 そして、成人かつ職業人となれば独立することができる。

 私はこの日が来るのを一日千秋の思いで待っていた。

 働くための技術を身に付けさせてくれた祖母に、心から感謝した。

 

 

 

 

 

 夜会が終わった日も寮へ引っ越すために休暇をもらった。これで連続五日だ。

 十四歳で仕事を始めてこの二年、初めて取った休暇だった。

 

 そしてその翌日。

 さぞかし城内で皆にかまわれることになるのだろう、と覚悟していたのだが、実際は違った。

 翌朝、なるべく人に会わないようにと朝一番に従業員用の食堂へ向かうと、やはり一番乗りだった。

 すぐに朝食が提供されたのだが、その時、昼食用にとパンと揚げ物とオレンジの入ったバスケットを手渡された。

 昼食を取りに食堂にこなくて済むようにと。

 

「ありがとうございます、オルガさん。でもどうして?」

 

「夜会で貴女、素敵な人にエスコートしてもらったんですって?

 騒ぎになると面倒だから仕事場に閉じ込めておくつもりだから、そのためにお昼用の弁当を作って欲しいって、貴女のところのホールズ女史に依頼されたのよ」

 

 今日は朝番らしい厨房係のオルガさんがニヤニヤしながら言った。

 彼女は既婚者で、子供もいるが、まだ二十歳で私にとっては姉のような存在で親しくさせてもらっている。

 そうか、ホールズ室長の配慮だったのか。夜会には参加していなかったけれど、誰かからパーティーの一件を聞いたのだろう。

 

 なにせ私は大勢の人前で婚約破棄された上に、奇抜で目立つ格好をしていた。

 しかも、あの英雄様と一緒にいたのだ。ご婦人方にたくさんの話題を提供していたことだろう。

 それにしても、厳しいけれどいつも部下に細かな配慮をしてくださる素晴らしい上司を持って幸せだと改めて感謝した。

 そして他の人が来る前にそそくさと食事を終えた私は、お弁当を持って急いで職場へと向かったのだった。

 

 その後私はホールズ室長の配慮のおかげで、女性に取り囲まれるような事態には陥らなかった。

 たまに仕事にかこつけてお針子部屋に侵入しようとする者はいたが、仲間達が周りを囲んで接触しなくてすむように守ってくれた。

 まあ、その代わりに夜会での出来事を仲間達に話すことになったが。 

 

 私が家を出たがっていたことはみんな知っていたので、ツギハギのドレスを着てでもデビュタントとして参加したことを、呆れながらも納得してくれた。

 そして姉や婚約者のダイキント子爵令息のことを怒ってくれた。

 いや、罵ってくれた。彼女達は口を揃えてこう言い放った。

 

「クズ! 最低野郎!」

 

 主に浮気した男に対して吐く捨て台詞だ。  

 

 実はダイキント子爵令息と姉は、互いに思い合っているが、どちらも跡取りなので結ばれることのない、悲劇のカップルという設定に酔っている残念な人達だ。

 私はそのことに気付いてはいなかったが、以前何気なく二人の話をしたら「それって精神的不貞だわ」と言われたのだ。

 観察してみるとなるほどと思った。

 

 姉は彼がスミスン子爵家にやってくると、普段とはまるで別人のように愛らしく可愛く振る舞っていた。あれって、媚を売っていたのか。

 そして彼の私に対する態度が次第に変わったのは、姉に好意を持ったから、彼女の私への批判をそのまま真に受けたのだろう。

 生意気だとか、王城務めだから偉そうにしているとか。

 もしかすると、私が姉を虐めているとか見下しているとか、そんなでたらめな話を信じたのかもしれない。

 

「僕の真実の愛する相手は貴女だ」

 

「嬉しい。私もよ。本当はあんな妹に渡したくはないけれど、私達は結ばれない運命の元に生まれてきてしまったのね」

 

 裏庭の片隅で二人で抱き合いながらそう囁き合っているのを目撃してそう思った。

 ショックを受けて嘆き悲しむよりも、ただ呆れてしまった。

 あんな姉を好きだというのなら、彼の目はとんだ節穴だ。そんな趣味の悪い男とは到底付き合えないわ。向こうも同じだろうけど。

 

 

 ルーカス様のことは、ただ私に同情したからだと説明した。

 妹さんのデビュタントのパートナーとして城までやってきたが、出張から戻ってきた彼女の婚約者が間に合ったため、ご用済みになった。

 そして帰ろうとしたとき、たまたま目の前で私が婚約破棄されたのを目撃して、助け舟を出してくれたのだと。

 

「さすが英雄ね。弱きを助け強きを挫く。騎士の中の騎士ねぇ。

 あんなかっこいい騎士様にエスコートしてもらえたなんて、まるで夢のようじゃない? 羨ましいわ」

 

「カイトン家の方々はあまり社交場に現れないって有名よ。それなのにエスコートしてもらえたなんて幸運だわ」


「貴女幸せ者よ」

 

 はい。まったくもってその通りです。

 偶然クラブで推しのアイドルに遭遇して、一緒にダンスをして、タクシーで駅まで送っでもらったようなものだ。

 つまりあれは夢のような出来事だった。

 クラブなんて行ったことがなかったから、これはテレビドラマで見たイメージなんだけれど。

 

 読んでくださって、ありがとうございました。

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