第14章 傍迷惑な求婚
「もしかして、夫人が公爵令嬢としても遜色のないご令嬢だと思われた方が、現在のカイトン伯爵夫人、カイトン卿のお母様だったのですか?」
「ご明察。
その場にいたのは、祖母が疑っていた通り、四人とも伯爵家以下のご令嬢だった。
それなのに全員がまだ成人前だというのに、高位貴族のご令嬢としか思えない素晴らしい淑女ばかりだったそうだ。
特に私の母は公爵令嬢と言われれば誰もがそうかと納得し、誰も疑わないくらい堂々としていたらしい。昔祖母がよくそう言っていたよ。
祖母と母は実の母娘のように仲が良かったので、結婚前にそんないざこざがあったなんて、私は大人になるまで知らなかった」
カイトン卿のお母様と姑であるお祖母様が、結婚後わだかまりもなく仲良くされていたと聞いて、他人事ながら私もホッとした。
お針子部屋の井戸端会議でも、嫁姑問題はよくテーマに上がるが、上手くいっている話はほとんど聞かない。
あんな話ばかり聞いていてよくみんな結婚をしたがるもんだと、それが不思議で仕方がなかった。
うちの場合は似た者夫婦で仲はいいけれど、子供の私にとっては最悪な家庭だったから、結婚に対して夢なんか持っていない。
でも、人の不幸は蜜の味っていうから、みんな無意識に不幸な話題ばかり選んで喋っているだけで、実際はむしろ幸せな結婚生活の方が多いのかしら?
まっ、それはともかく、ご令嬢の素晴らしさは身分の高さに比例していないという、名目上の王太子殿下の実験は成功したらしい。
そしてその計画に私の祖母が協力していたのだわ、きっと。
実験台?にされたご令嬢方に完璧なマナーや高度な教養を見事に教え込んだのが、話の流れから察すると祖母みたいだから。
「現在のカイトン伯爵家が存在するのは、貴女のお祖母様のおかげなんですよ」
両親や自分達兄弟はスミスン前子爵夫人に深く感謝しているのですよ、とカイトン卿は言った。大げさです。
「カイトン伯爵夫人は元々素晴らしい方だったのですから、別に私の祖母がいなくても、お姑様に気に入られたのではないですか?」
と私は返した。それはよいしょなどではなく正直な気持ちだった。
しかし彼は頭を横に振ってこう言った。
「たしかに母は優秀だったらしい。
しかし家があまり豊かではなかったから、その仕草や振る舞いはとても高位貴族の令嬢には見えなかったそうだよ。当たり前だよね。
まあそれでも、本来の我が家の家風ならばなんの問題もなかったんだけどね。
ところが、祖母は王家に繋がる公爵家の出身だからね、その辺が厳しくてね。
仮に結婚できても母が嫁いびりされるのは一目瞭然だった。
父はそれを危惧して、王家を利用してあんな芝居がかった真似をしたんだ。祖母に心から納得してもらうためにね」
カイトン卿によると、ご両親の結婚は伯爵の一方的な望みであって、夫人は最初は引き気味だったらしい。
「まあ、母も父を愛してはいたそうだよ。
だけど結婚できるだなんて全く考えていなかったらしい。
家格の違いもあったけれど、持参金が準備できなかったから」
カイトン卿の母君は父君を避けていたらしいが、それでもグイグイと迫ってくることに、彼女は困惑していた。
名門伯爵令息が親しげに話しかけてくるために、たくさんのご令嬢から嫌がらせや虐めを受けるようになっていたからだ。
しかしそれだけならまだ我慢ができた。彼女達が嫉妬する気持ちもわかったので。
ところがそのうちにご令嬢達以外からも次第に色々な圧力をかけられるようになり、しっかり者だった母君もすっかり憶病になって、精神的にかなり参ってしまったそうだ。
そりゃ公爵家から目を付けられたら怖いよね。自分だけならまだしも家族にまで何かされたらと思うとね。
だからある日、とうとう母君ははっきりと彼に拒絶の言葉を告げたらしい。
「私は貴方と結婚するつもりはありません。もう私に関わらないで下さい。迷惑です」
そう言われた父君は、その後母君には近付かなくなったらしい。
しかしだからといって申し込まれた縁談話が消えることはなく、彼女は途方に暮れたという。
相手が伯爵家でそれなりの力があり、しかも仕事関係で家とも繋がりがあったので、なおさら断りにくかったらしい。
おそらく、最初の顔合わせのときは相手も政略的な意味合いで臨んだのだろう。
ところが相手方は、カイトン伯爵夫人と実際に会って気に入ってしまったようだ。
そんなとき、カイトン卿のお母様は私の祖母の訪問を受けたのだそうだ。
そしてそれから事態が好転したのだという。だから祖母に感謝して止まないと。
ちなみに持参金の問題は、カイトン伯爵夫人が子爵家へ支払った迷惑料で納められたので、問題は解決したそうだ。
実質お金のやり取りなしは無しってことで。
「でも、祖母はなぜカイトン卿のお母様の元へ伺ったのでしょうか?
伯爵家から依頼されたのですか?」
私がこう尋ねると、カイトン卿は視線を一旦窓の外へ向けてから、にっこりと微笑むとこう言った。
「話はここまでにしよう。そろそろ王城に着くからね」
「え~っ!」
話を聞くのに夢中になって、馬車が動き出したことに気付いていなかった私は、思わず令嬢らしくない声を上げてしまった。
まるでお預けをくらった犬みたいな気分になった。
祖母とカイトン伯爵家がなぜ知り合いなのか、その話をずっと聞いていて、ようやく祖母が出てきたところで終わりですか?
祖母がカイトン卿のお母様に淑女教育を施して、公爵令嬢と思わせるほどに立派に仕上げた。
その結果カイトン伯爵夫人に認められて結婚できた、ということは大まかな話でわったけれど。
昨夜成人したというのにあまりにも子供ような私の(おそらく)不満顔を見て、カイトン卿はクスクス笑いながらこう言葉を続けた。
「続きは次に逢ったときにしよう。
良かったよ。君と次に逢える理由ができて。
君っていつも僕から逃げ回っているから、なかなか話ができなかったからね」
と。
主語がいつのまにか、私から僕に変わっていた。
読んでくださってありがとうございました。




