第11章・・・第三視点による過去回想1・・・
過去回想の話は、愚王と呼ばれた先代国王の王太子時代にまで遡ります。
故に登場人物も多く、分かりにくいかもしれません。ご注意ください。
王家はカイトン伯爵家を陞爵させなかっただけでなく、公爵家や侯爵家などの高位貴族と縁を結ぶことも、長い間良しとしなかった。
カイトン伯爵家がこれ以上力をつけるのを恐れたからだ。
そして、彼らの方もむしろその方が都合がいいと思っていた。
彼らは質実剛健、質素倹約をモットーにする家風だったので、実家を楯に偉そうにする贅沢で我儘なご令嬢など、迷惑以外のなにものでもなかったからだ。
その上、彼らは大変な合理主義であったので、名ばかりの飾り物の当主夫人よりも、社交だけでなく夫とともに家の実務をこなしてくれる女性を望んでいた。
しかし、カイトン伯爵家出身の人間は優秀な人物が多かったので、縁を結びたがる高位貴族の家は多かった。
それ故に、カイトン伯爵家との縁談に一々口を挟んでくる王家の姿勢に、次第に不満を持つ貴族が増えていった。
そしてとうとう王家に対して堂々とカイトン伯爵家との婚姻を要求する者が現れた。
それは王家の傍流であり、力のあるセレンディー公爵家の令嬢のリリアナだった。
公女はカイトン伯爵家の嫡男との婚姻を望んだ。そしてそれを王家は拒めなかった。
なにせアルマンド王太子(愚王と呼ばれた先代国王)が他のご令嬢を無理矢理に行為に及んで、子供まで妊娠させてしまったのだから。
娘を溺愛する公爵の怒りをこれ以上買えば、今後完全に見限られてしまう。
それ故、王家は彼女の要求を飲まざるを得なくなかったのだ。
たとえそれが長年王家が守ってきた、あの不文律だったとしても。
カイトン伯爵家の嫡男はコナールといった。現在の伯爵アルソアの父親だ。
彼は文武両道な上に、かなりの美丈夫で、国中の若者から愛されているというか、憧れの的の人物だった。男女関係なく。
そして公爵令嬢のリリアナもその中の一人だった。
彼女は公爵家の令嬢として厳しく教育されていたので、決して甘やかされた我儘なご令嬢などではなかった。
容姿端麗な上に才女だと評判だった。
その分気が強いのが玉にキズだったが、身分の高さを鼻に掛けるような令嬢ではなかった。
つまりカイトン伯爵家からすれば、王家が良しとするならば、公女を夫人にすることになんの問題もなかった。
もちろん最初は色々とゴタゴタしたが、結局コナールとリリアナの二人は結婚し、その後の生活にはなんの問題も起きなかった。四人の優秀な子供にも恵まれたし。
ところがだ。
その後嫡男アルソアの婚約の件で問題で起きた。
王家の血を引くやんごとなき姫君だった伯爵夫人は、嫡男アルソアの選んだ令嬢が気に入らず、絶対にその婚約を認めようとはしなかったからだ。
素直でこれまで反抗の一つもしなかった息子が、母親に逆らったことも余計に彼女の怒りを増幅させた。
夫人は息子の想い人に身を引くように命じた。しかし、そもそも彼女の方はカイトン伯爵家からの婚約の話など、元々お断りしていたにもかかわらずだ。
ところがそれを知った後も、夫人は執拗にそのご令嬢に様々な嫌がらせをし続けた。
その挙げ句、彼女がどこかへ嫁げば息子も諦めるだろうと、実家の公爵家の力を借りて、彼女の家では断われない格上の家からの婚約話を持ちかけた。
それを知ったアルソアは激怒し、父親のコナールに自分を廃嫡して欲しいと願い出た。
王立学園から騎士学校へ転校し、今からでも手に入れやすい騎士爵を自分の力で得て、好きな女性と婚約したいからと。
これには母親だけでなく、いずれ彼が仕える予定になっていた、彼より二歳年上の王太子ウエリンも大いに慌てた。
カイトン伯爵家の次男も三男も優秀ではあったが、どちらかというと次男は武闘派で三男は頭脳派だった。
それに比べて長男は父親同様に文武両道で弟二人分の力を持っていたからだ。
彼のような優秀な人間を手放すわけにはいかなかった。
カイトン伯爵夫人はある日、宰相である夫や息子アルソアと共に王宮に呼ばれた。
そして王太子に、息子と子爵令嬢の婚約を認めるように説得されてしまった。
アルソアが側近を辞めたら自分を含めこの国が困るのだと。
そう言われてしまっては、夫人も嫌でもそのご令嬢を認めざるを得なくなってしまった。
ところが、息子は母親に許すと言われても家を出る決意を変えなかった。
いやいや許されても、結婚した後で妻が姑に虐められるのが火を見るより明らかだからと。
もっともだと伯爵は思った。そこで彼は改めて妻にこう訊ねた。
「リリアナ、君はどうしてそこまで子爵令嬢を嫌うのだ。会ったこともないというのに。そんなに格下の子爵令嬢は嫌いか?
公爵令嬢だった君には格下の子爵令嬢は気に入らないかもしれないが、伯爵家と子爵家との縁談は本来なんの問題もないはずだよ。
かつてのご先祖様にも子爵家から嫁いで来ているし。
まるで我がご先祖まで貶されているようで腹立たしい。
我が伯爵家を卑しいと思うのなら、なぜ嫁いできたのだ。
私は何も頭を下げて無理矢理に君に嫁いでもらったわけじゃないぞ」
夫の言葉に妻はハッとした。
そう言われて初めて、自分のこれまでの発言がいかにカイトン伯爵家を侮辱していたのか、それにようやく気付いたからだ。
結婚をする際の唯一の条件が、伯爵家を軽んじる真似は絶対にしない、ということだったのに。
「侮辱するつもりなんてありません。私はただあのご令嬢があの子には……」
似合わないと言いかけてその続きは紡げなかった。
なぜなら彼女はその令嬢と一度も会ったことがないのだから。
そして彼女が毎回息子に次ぐ成績をとっていること、生徒会役員を見事に務めてること、そしてダンスや刺繍も得意であることも知っていた。
そう。その令嬢が才色兼備の文句なしの優秀な令嬢だということは、息子の口だけでなく家令に調べさせてわかっていた。
それなのにどうして反対したのかというと、彼女の家柄が気に入らなかったからということに他ならない。
夫人はひどく焦った。
そんなことがわかったら愛する夫に嫌われてしまうと。
夫人はどうしても夫に嫌われたくなくてその場で言いわけを始めた。
「学生のころに、下位のご令嬢方からずいぶん嫌がらせや虐めを受けていたのです。
学園内では身分は関係ないと。
そのせいで下位貴族の方を避けるようになりました。
もちろん全員がそんな人間だと思っているわけではないし、カイトン伯爵家に嫁いできたご先祖様もみんなご立派な方々だと存じております。
ただどうしても苦手意識を持ってしまうのです。礼儀作法などもやはり違いますし」
しかし三人ともそんな彼女の言葉を信じなかった。この気の強い女性が嫌がらせや虐めを受けて、大人しく泣き寝入りしていたはずはないと。
そして結婚前の話だが、彼女に嫌われてしまったせいで社交界から消えてしまったご令嬢が何人もいることを、夫は知っていたのだから。
結婚してからは夫である伯爵の目が厳しくなったせいで、そんな真似はしなくなっていたが。
「そうですか、夫人は下位のご令嬢に偏見や思い込みがあるのですね?」
「偏見や思い込みだなんてひどいですわ。ただ苦手意識があるというだけですわ」
この場に及んでも誤魔化そうとする夫人に、王太子は冷ややかな笑みを浮かべてこう言った。
「お気の毒に、夫人はたまたま運悪く問題のある下位のご令嬢ばかりと知り合ってしまったのですね。
ですがそういう人間は身分の上下関係なく存在することを、これからは認識された方がいいですよ。
それと、マナーや教養を身に着けることに身分の上下などは関係ない、というのが私の研究テーマなんです。
だから、夫人にもその研究に協力してもらいたいのだが、いいだろうか?」
「殿下のお手伝いですか?
いったい私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「いえね、各爵位のご令嬢と面談して、そのご令嬢の爵位を当てていただきたいのですよ。爵位で貴族としての品位が変わるのかを実験したいので。
夫人のように人を見る目が肥えている方にぜひとも審査をお願いしたいのです」
審査員という言葉に、それまでは青褪めていた夫人の顔に赤みが差した。
ただしその審査は、王太子の研究が出ると見込まれる半年後だという。
「その実験結果を見てから、ご子息の婚約問題を決めても遅くはないと思うのだが、どうだろう?」
王太子のその言葉に、元公爵令嬢としての自分の力が求められているのだと思った彼女は、その話を受けることにした。
しかし、それ以後も長男からは避けられ続け、夫とも気不味い関係になってしまった。
子爵令嬢と身内の者との婚約斡旋は当然撤回し、これまでの行いを子爵家に謝罪したのだが。
夫人は心を入れ替えましたと必死に二人に訴えたが、そう簡単に信じてもらえるはずがなかった。
読んでくださってありがとうございました。




