76ミュラー子爵家の日々(アドラスサイド)
この世界にも夏ミンミンゼミはいて、国の辺境にあるミュラー領でも大音量でうるさいほどになき、父上などは
「うるさい!!、虫共はどうして夏になるとこうもうるさく鳴くのだ!!イライラして本もゆっくり読めん!!」
とどなったものだが、今は晩夏、今度は鈴虫がいい声で鳴くようになったので
「ミンミンゼミどもよりはましだ」と仕事を終えた後は、メイドに好きな銘柄の紅茶を入れさせ窓辺で読書をする。父の好きなミステリー本を、父は目を少年のように目をワクワクさせて王都で発行されたばかりの新刊を読むのだ。
そんな父の姿にそういや前世学生時代、僕もミステリー本を割とよく読んだなぁと思いだす。
<小学校の図書館で、アルセーヌ・ルパンだのミステリーの古典シャーロックホームズだのを読み、それからアガサクリスティーの書いたミスマープルや、灰色の脳細胞グルメ探偵ポアロを読み胸を躍らせたのだ。小学校高学年になると悪友に進められてファンタジー小説も読むようになった。異世界・勇者・魔法・剣それらは現実にない夢の世界でうまれかわったら異世界に転生できるかなぁと思っていたら、まさかそれが現実のものになるとはあのころは思わなかったなぁ~>
「兄上」
「ああごめん」
今はルシアンを自分の前に座らせて児童向けの本を読んでいるところだった。
本のタイトルは「カグヤーテ姫物語」、言わずと知れた日本のかぐや姫物語のバリアス王国版であった。
「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました。
おじいさんは山に竹取に(千三百年前に日本から移植された)、おばあさんは川に洗濯に行きました。すると竹取に行ったおじいさんは一本の竹が光り輝いているのをみつけました。おじいさんはそこをナタで切り取りました。すると竹の中にそれは美しい小さな女の子が竹の中にちょこんと入っていたのです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アドラスはカグヤーテ姫物語をよどみなく最後まで読み終わると
「どうだ、おもしろかったか?」
とルシアンの顔を覗き込み訪ねた。
ルシアンは満面の笑みで兄を見上げ
「面白かったです兄上、ところで兄上、カグヤ―テ姫は月に返ってしまいましたが、残された皇帝はどうして死ななくて済む不死の薬を飲まなかったのですか?飲めば永遠に生きられたのに」
マリアが二人の前に良い香りを立てる紅茶とクッキーの乗った皿を、テーブルの上にそっと差し置いた。
「永遠の命を得るということは永遠の孤独にさいなまれるということだからだ。姫がこの世界にいないのに、永遠の命を得ても姫のいない孤独をどう補えるというのか、永遠のこどくばかりが皇帝をくるしめるとわかっていたからだ。もっとわかりやすくいうと、例えばおまえ、父上が死に母上が死に、お前の奥さんや子供たちが死に、孫が死にひ孫が死に友人たちもみんな死んでしまい、それでもなおお前は生きたいと思うか?」
「いやです兄上、僕嫌です!そんなさみしい悲しい人生なんて」
「そうだろう、僕もいやだ。神様が人に寿命をお与えになったのは、救いだと思う。
生きるのは楽しいことばかりではなくつらいこともいっぱいあるし悲しみに満ちることもあるから、神は人はいつか死ぬという救いをお与えになったんだと思う。そして死んだ魂は真っ白の記憶のない魂をもってこの世界に希望をもって赤ん坊として転生するんだよ。そして人は生き死に誕生を繰り返すんだよ。それは僕もルシアンお前も同じなんだよ。」
「王様も乞食も?」
「産まれて死ぬそれは王様も乞食も同じだ。」
「待ってください兄上、王様も乞食も同じ産まれえ死ぬならどうしてこんなに差があるんですか」
「それをいうと前世の報いとか行いのせいだとか神官のセリフになってくるんだが、
わかっているのは乞食は生まれながらに乞食ではないってこと、本人の努力とか性格とかで、例えば傲慢で冷酷で怠惰で嘘つきな人には人は当然寄ってこないし、商人なら客の信用や取引相手の信用を得られず、その結果商売はどんどん傾き、いつの間にか商いは多額の負債を背負いこんで、店はつぶれ乞食になってしまうこともあるんだ。人の信用を失う、信頼を失うということはこれほどまでに恐ろしいことなんだ、だがまた逆の場合もある。
だからって馬鹿正直にやれとは言わない、誠実で善良な商人が悪い貴族や商人に商売をつぶされたり乗っ取られたりすることもあるんだ。つまり馬鹿正直にやればほかの人にばかにされてなめられていいことはない。商人なら店も家族も失いかねない。貴族だった場合は他の領主に落としいれられやってもいない罪をやったとされ、自分は警吏に捕まり爵位や領地財産をうしない処刑されて首を切られ、家族はよくて平民に落とされる、最悪なのは家族も首を切られるダ。そうならないように慎重さと用心深さ疑う心が必要だ。貴族家には特にそれが必要なんだ。」
「途中まではとてもいいお話だと思いましたのに、アドラス様、確かにアドラス様のおっしゃるとおりですが貴族家の暗い闇を話すのはルシアン様には早すぎるのではないですか?ルシアン様まだ5歳ですよ」
「確かに少し早かったかもしれないが子供の成長はあっという間だ。」
「そういうアドラス様もまだ8歳ですが」
「僕が8歳だからと言って悪人が僕に優しくしてくれるのか?世の中の悪人貴族は俺が8歳だからってそれどころか反対にくってかかるだろうが!」
「確かにそうですが、間違っておられませんが」
「子供らしくないといいたいんだろうが、貴族家を生きるとは子供だからと言ってこういう心構えも必要だと思いませんか父上?」
読書をやめさっきから息子たちの話を聞いていたヘンリーは
「そのとおりだアドラス、それでこそ貴族家の嫡男だ。」
アドラスはにっこりと父親に微笑んだ。
ヘンリーはアドラスが嫡男として順調に成長していることを、心から嬉しく頼もしく思ったのだった。
でも同時に寂しくも思ったのだ。
それは晩夏のある日の夕暮れのことだった。




