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9・お砂糖か蜂蜜か

 セシルは温かい牛乳に蜂蜜を入れようとして躊躇した。

 あれは?


 テーブルの上には白い角砂糖が可愛い容器に入れられてちょこんと置かれているではないか。

 どっちが良いのかしら。悩む幸せって、こういうことなんだわ。

 どちらも牛乳を美味しく変身させるが、風味が違う。

 ああ、決められない。


 セシルが角砂糖に手を伸ばしたところで、夢から覚めた。

 自分を大切な宝物のように腕の中に閉じ込めているのは黒髪の青年だ。

「ガッべさま」


 セシルはもじもじしながら名を呼んで、彼が眉を寄せて文句を言うのを堪えている表情を眺めた。

「ガベレージュ様」

 セシルが言い直すと彼のご機嫌は直ったようで、すぐに微笑みが降りてきた。


 人見知りのセシルが彼に気を許す訳がなく、ぎこちなく微笑み返す。

 セシルが小さな頃に何回か会ったことがある程度の彼に愛想を使えるのには訳があった。


「私の愛しい婚約者殿」

 セシルをそう呼んで、ガベレージュはひしっと彼女を抱きしめた。途端に彼女は小さな悲鳴をあげて失神した。


「……セシル?」

 ガベレージュは腕の中の少女を覗き込むが、返事はない。

 カナンが呆れたように彼を見ているが、割り込む気はなさそうだ。その証拠にこの場にいたギルドの職員と立ち話を始めている。


「カナン、彼女をどうにかしてくれないか?」

 結局セシルをカナンに渡して、ガベレージュは残念そうに一歩下がってセシルを見ている。

 気がついたセシルはカナンの腕の中にいると知ると真っ赤になって居住まいを正した。


「セシル様?なんかさっきから変ですよ?」

 挙動不審はいつものこと。だが、そこに何かの要素が入り込んでいるようだと流石のカナンも気がついた。

「変じゃないから。これが普通の乙女の反応ってやつだよ」

「普通の、乙女、と?」

 カナンは解せぬ、と言う顔でセシルを見ている。


「カナン、従者としてあるべき姿でいてもらわなければ私も辺境伯殿に抗議させてもらうことになりますが?」

「天下の公爵様ともあろう方が余裕のないことを仰いますね?」


 挑発するようにカナンがガベレージュを見上げる。

「その手の話に事欠かない色男であらせられるガベレージュ様におかれましては、我がお嬢様のようないたいけな女性をどのように扱えば良いのかよくご存知のはずでは?」

「君はよほど私の怒りを買いたいようだと見受けられますね。何が目的かな」


 ばちばちっと両者の目から火花が散っているようだ。

 セシルはぼんやりそれを見ていたが、男が目を覚ましたようだったので、そちらに行ってみる。


「大丈夫?」

「レーニアを助けに行かねば……」

 焦った様子で呟き、彼はここが室内だと気がつく。

「女の人は大丈夫そうだよ。騎士が救出に行くって話になっているみたい」

 そう話しかけると彼はまじまじとセシルを見て、そして自分の体を確認するように動かしている。


「君が、呪いを解いたのか」

 驚愕した様子で男はセシルを見た。

「手の込んだ魔法がかけられていたね。面白かった」


「面白いなどと……感謝はするが、何も礼を返すことはできないぞ」

 男は顔を背けて言った。

「王子様なんでしょ?別にお礼はいらないけど、国に戻った方がいいみたいだよ」

 セシルの言葉にギョッとしたように男は彼女の肩を掴んだ。その瞬間、男はカナンの手によって拘束されてしまう。


「カナン、大丈夫だから。放してあげて」

「しかし、お嬢様に危害を加えようとした男ですよ?」

 セシルは頷いた。

 仕方なくカナンが解放すると男は肩を落として両手で顔を覆った。


「運命は動き出したんだよ。きっと、良い方へ進むから」

 ここではないどこかを見ながらセシルが言った。

「……感謝する」

 男は無言で泣いているようだった。


 その様子を腕を組んで黙って見ていたガベレージュがギルドの職員に何か指示を出した。

「砦の魔女殿、報告を。それからお茶にしましょう。特別にあなたの好きな蜂蜜を用意しています」

「蜂蜜……」

 夢の中では白い角砂糖に手を伸ばしていたっけ、とセシルはぼんやり思い出す。


「ああ、そう言えば、公爵であるガベレージュ様がどうしてこちらへ」

 カナンが振り返って問う。

「私が魔法省ギルドの理事もしていることを知っていて問うているのですよね?ギルド本部である魔法省から査察でこちらに来ていましたが、まさか砦の魔女殿にお会いできるとは思ってもみなかったです」


 絶対嘘だ、とセシルとカナンが疑いの眼差しでガベレージュを見る。

 彼は魔法省の一番のお偉いさんである。そして王家とも深い繋がりがあり、その行動には全て理由がある。


「さあ、砦の魔女殿、私と応接室へ参りましょう。その可愛らしい口で報告をして下さい。時間を気にせず、あなたのお話を私にたっぷり聞かせて下さいね。その間、カナン、君はその男性の調書を取っておいてもらおうか」


「なんで俺がしなきゃいけないんです?ギルドの人の仕事でしょうに。俺はお嬢様の従者ですから、お嬢様の行くところに行くんです」

 カナンとガベレージュが睨み合いをしているとギルドの見習いの少年が「お茶の準備ができました」とサロンに案内しに来てくれる。


 ひとまず休憩することにしてセシルたちは温かいお茶と軽食の用意されたテーブル席へ移動して一息ついた。

 セシルの両隣ではカナンとガベレージュが砂糖と蜂蜜をそれぞれに持って彼女のカップにこれでもかと継ぎ足している。

 いくら甘いものが好きでも、流石に激甘と予想されるお茶を飲むのは気合がいる。

 一口飲むと、意外にいけた。もちろん、甘すぎて他のお菓子はいらなさそうだった。


 セシルは初めて会った時とは印象の全く違う金髪の男に目をやる。彼もセシルを見ていたようでバッチリ目が合った。

「自己紹介をさせてはいただけないだろうか」

 男はそう言って、かしこまった。



 

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