8・カゴの中の
セシルの鼻歌にカナンはガックリと肩を落として目の前の光景をどう処理したものか悩む。
金髪の「呪われた」男を光の檻に閉じ込めたセシルはご機嫌で何やら術を構築している様子だ。檻の中の男は気絶しているようだ。
「セシル様、拉致された女性を探してみたりとか、してみませんか」
「うん」
気のない返事にカナンは彼女の気を引くお菓子があったかな、と斜め掛けカバンの中をゴソゴソと探していると、セシルの嬉しそうな笑顔が目に入る。
「セシル様、どうされましたか」
「できたよ」
「はい?」
言葉の少ないセシルの表情を読み取ることが得意なカナンでも、今回の「できたよ」の意味には疑問符しかない。
「だから、呪いの封じ込めと応用と連れて行かれた人の追跡」
「え」
色々と説明してもらわねば凡人は理解できない。
カナンはどこから突っ込もうか悩みながら、とりあえず、見つけた琥珀糖をセシルの口に放り込んだ。途端に可愛らしい笑顔に変わるセシルに微笑み、カナンはまずは男のことを聞こうと決める。
「この方の呪いはどのようなものなのですか」
「えっとね、簡単に言うと国を滅ぼす呪い?この人の存在自体が脅威になるように設計されている呪いだね。今は呪いが発動しないように檻に入れてあるけど、もうすぐ呪い返しが発動するから、檻も必要なくなるよ。それでね、ちょっと面白い呪いだったから、真似して呪い返しに似たような術を織り込んでみたの。それが応用ね」
今、凄いことを簡単そうに言った気がする、とカナンが目をパチクリさせているとセシルはもじもじしてカナンを上目遣いに見ている。
「セシル様?」
「あのね、もう一つ、無意識に術を入れちゃって」
「はい、それが?」
カナンの問い返しの言葉が言い終わらないうちに、空からレッドロブスターが降ってくる。
「セシル様?」
「ごめんね?食べたいなあって思ってたら、海の精霊が食べさせてあげるよって言った気がするんだよね。だから、こっちに転移させる術を発動させちゃったみたい」
天才とは無意識に魔法を使えるらしい。
カナンは苦笑して海老を馬車の御者に手伝わせて袋に集める。丁寧に海老のハサミには蔦が巻かれており、精霊のマメな性格に感謝して彼は思案する。
まずは男を魔法省ギルドに預けよう。魔法省であれば国と直結しているのでなんとかしてくれる筈だ。そして大量の海老はレストランと傭兵ギルドにお裾分けだ。これでレストランはタダになるし、傭兵ギルドには「お土産」はかなり効果的なのでより友好的な商談ができる。
大きい海老、バンザイ。
カナンは上機嫌でセシルの手を引いて馬車に乗り込もうとした。
「あ」
男と連れ去られた女の存在を忘れていた。
基本、セシル以外に興味が向かないため、カナンは面倒ごとに内心ため息をついた。
そして気がつく。
「どうしたんですか、顔が赤いですよ?」
セシルが真っ赤な顔でカナンに引かれている自分の右手を見ている。
「べ、べつに」
挙動不審はいつものことなので、カナンは気にせず背後の男と檻を見た。
「ところでセシル様、連れ去られた女性は今どちらに?」
「あ、それはこの街の大きい建物だよ。時計塔があって、噴水が見えて、綺麗なところ」
大雑把な説明でも彼には分かる。
役所だ。
「どうしてそんなところに」
独り言のように呟くとセシルが「ああ、それは」と口を開く。
「スパイが役所にいるからだよ」
「……どこのスパイだか分かりますか」
「ええとね、あれはどこの国の印だっけ?天馬に雷の絵の」
セシルの言葉にカナンは盛大なため息をこぼす。
「分かりました。ちょっと使者をお借りしても?旦那様に至急報告を」
「うん」
セシルは一番足の速い使者を出現させる。
小さな人間の体に大きな羽のそれは美しい尾を持った姿をしている。
「一瞬で砦まで行ける子だよ」
「ありがとうございます」
カナン自身は魔法が使えないので書簡を急いで作成し、その使者に持たせる。
「良い子ね。お父様に急いで届けてくれる?」
セシルが頼むと使者は頷いて消えた。
「この街に駐在する騎士団がすぐに動くでしょう。そこの方も先ほどの女性も、彼らが保護していいようにしてくれます」
この面倒ごとは丸ごと放置しても大丈夫だ、とカナンは笑顔になっている。
「それじゃ、ギルドにご挨拶に行く?」
嫌なことを早く片付けてロブスターを、と顔に書いてある。
「こちらから出向かなくても、きっとギルドから来てくれますよ」
呪い返しなどという高度な技を発動させた形跡はギルドに感知されているだろう。それを確かめに来るギルドの役人がいるはずだ。
「そうなの?行かなくてもいいの?」
パッと顔が明るくなるセシルにカナンは苦笑を漏らす。
自分の実力のお陰で挨拶しなくても良くなったのだから、もっと尊大な態度でギルドに接すれば良いのだが、人見知りする彼女には無理な話だ。
「おやおや、誰かと思えば、砦の魔女殿」
突然、空中から声がかかる。
二人が降り仰ぐと、宙に長い黒髪を一つにまとめた美貌の青年が浮いている。
「げ」
カナンが思わず嫌そうな顔と声を表に出してしまう。
「なんですか、その反応は」
イラっときたように彼は宙から地面へ着陸した。
彼はカチッとした軍服のようなものを着ており、ギルドの役人という雰囲気ではない。ツヤツヤ光る黒い長靴を進めてセシルに貴族的な挨拶をする。つまり、膝を下り、手の甲にキスを落とす。
固まるセシルを尻目に、彼は立ち上がりカナンを睨む。
「お守り役がいながら、この事態はどういうことでしょうか」
黒髪の青年は同じくガラス玉のように美しい黒い瞳の照準をカナンに当て、鋭いナイフの切先のような視線を送る。
「ガベレージュ様、お久しぶりでございます」
「ええ、本当に、久しいですね」
彼は固まっているセシルをチラッと見て、少しの思案の後、彼女を横抱きにして歩き出す。
「ちょっと、やめてくれませんかね。大事なお嬢様の身に触れていいのは護衛の俺と旦那様だけですよ」
カナンの抗議にガベレージュはふんと鼻を鳴らす。
「私のすることに異議を唱えられる者は数少ないと知っていての発言ですね?そんな瑣末なことよりも、このカゴの中の鳥を移動させます。君もちゃんと付いてこないと、君の大事なお嬢様とはぐれることになるけれどいいのかな」
ガベレージュは言いながら、光の檻ごと男をどこかへ移動させ、自身も体の回りに魔法陣を出現させる。慌ててカナンもその中に入る。
魔法陣が発動する直前に、カナンは馬車の御者に海老をレストランと傭兵ギルドに届けるように叫んで指示を出した。
「全く、抜け目のないのは変わらない」
ガベレージュがカナンを見下ろして言う。カナンは不敵に微笑んで彼の黒い瞳の中にある思惑を読み取ろうとしている。
彼らは瞬時に魔法省ギルドの大広間に跳んだ。
先に届けられた男の光の檻は消えていて、セシルの言う呪い返しが履行されたのが分かる。
ガベレージュは自分の腕の中で硬直したまま自分の世界に閉じこもってしまったセシルと男を見比べて、ほんの少し口元に笑みを浮かべていたのだった。