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7・取り扱い、厳重注意

 ざざん、ざざん……波の音が永遠に続いていく。

 美しい浜辺は細かくキラキラと輝く砂が続き、透明な海は夕日色に染まって幻想的だ。遠浅の波間に白い泡がたっている。


 海に沈む夕日をセシルとカナン、二人で砂浜に座って眺めていると言い争う声が聞こえてくる。ドラゴンは眠ってしまったので馬車に置いてきた


「せっかくの綺麗な景色を見ないで喧嘩するなんて、勿体ないね」

 セシルの言葉にカナンが感動して潤んだ瞳を彼女に向ける。

「とうとうセシル様にも名勝を愛でるお気持ちが芽生えたのですね!」

 カナンが言った途端にセシルが嫌そうな顔をする。

 私だって年頃の娘なのに、とかなんとかブツブツ言いながら、言い争っている二人の男女に目を向けた。


 男は長い金髪をお団子にくくって、はっきりした目鼻立ちを不快そうに歪めている。綺麗な顔立ちのせいか、そんな表情でも見る者をうっとりさせるのに充分だったが、いかんせん、セシルに美醜は意味がないものだ。

 怒っている人は嫌い、と意識から弾き出す。


 対する女の方は短くはねる黒髪をバンダナでとめ、勝ちきそうな大きな黒目で男を睨みつけている。背は低めで、いや、男が背が高いので彼女が小さく見えるだけの様だが、華奢な体が震えている。


 彼女は両手を振り上げて思いっきり彼の胸に打ちつけた。

 グッと堪えて、彼はわんわん泣き始めた彼女を受け止める。

「悪かった」

 そう呟いているのが風に乗って聞こえた。


「どうやら仲直りした様ですね」

 ほっとしたようにカナンが言った。他人のことなのに、心配していたカナンが理解できず、セシルはじーっと彼を見つめる。


「どうしました?」

「カナンは優しいんだね」

「はい?」

 これでも冷血無慈悲な兵士を自負しているが、とカナンがセシルの言葉の意味を考えあぐねている。


「まあ、いいけど。そろそろ大きい海老食べに行かないと」

「はいはい、行きましょう」

 立ち上がって砂を落とすと、先ほど言い争いをしていた二人がトボトボと歩いてやってくる。見るとはなしに見ていると彼が一瞬セシルに目を向けて、そして何事もなく通り過ぎていった。


 あれが恋人同士の修羅場というやつだったのかな、とセシルがその背を見送る。

 カナンが貸してくれた恋愛小説にそんな場面が載っていた気がする。浮気をした男が女に責められて、なんやかんやと熱い夜を過ごして仲直りすると言うやつだ。

「大人って難しい」

「セシル様にもいずれ分かる時が来ますよ」

 男女の仲は本人たちにしか窺い知れないところがある。


「それでは馬車を回すよう言ってきますから、セシル様はここで待っていてください。ぜーったいに知らない人に付いて行ってはいけませんよ?」

「カナンは私が知らない人とお話しできるとでも思っているの」

 恐ろしい想像に身もすくむセシルの様子に苦笑して、カナンは走って街道の方へ行ってしまう。


 一人で待つことになったセシルはもう一度海に目を向ける。

 森の砦付近で暮らす彼女にとって、海というものは本に出てくるもので実在するものだと言う感覚はなかった。

 それがどうだろうか。

 こんなにうつくしいものだったなんて。


 もう一度見にくることがあっても良いかもしれない。

 そんな風に思う。

 お出かけは嫌いだが。


 ふと、争いの気配に顔をそちらに向ける。

 先ほどの男女の二人連れだ。仲良く手を繋いで歩いている。そして、荒々しくやって来た馬車から男たちが飛び出して、暴力的に彼と彼女の間を裂き、彼女が連れ去られる。


「え」

 セシルは迷う。馬車を止めるのは簡単だ。でもどちらの味方をするべきなのか分からない。

「セシル様!」

 その時カナンの焦った声が聞こえた。


 次の瞬間カナンに抱きしめられる。護衛の彼は緊急事態にはセシルを荷物のように抱えて逃げることもあるし、彼女の姿を隠すために突き飛ばして茂みに強制的に投げ入れることもある。

 だが、抱きしめられるのは初めてかもしれない、とセシルは温かい彼の体温がくすぐったく思える。


「あの野郎、自分の諍いをこっちに飛び火させるんじゃねえぞ」

 どすの効いた声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。

 セシルはカナンの顎が頭に食い込んでいるのが気に入らなくなり、モゾモゾと彼の腕の中から這い出る。


「カナン、背が伸びた?」

 少し前までは同じくらいの背丈だった気がする。

「え?そんなことありませんけど。セシル様、この前背が伸びたって仰ってましたよね。俺を追い越すんだって言ってたじゃないですか」

「そうなんだけど」


 顎が頭に乗るってことはセシルの方が小さいということだ。

 何だか悔しい。


「それでは大きい海老、食べに行きましょうか」

 すぐ近くにセシルたちの馬車が停まっている。


「あ、やっぱり気になるな、あの人」

 セシルは言って、いつもの人見知りも何のその、女を連れ去られ、謎の男たちに暴力を振るわれた男のそばに走って行ってしまう。

 普段のっそりしか動かないのに、自分の興味が向く時には有り得ない脚力を披露してくれるのだ。


「セシル様、知らない人に近寄っちゃダメだって、優秀な従者に教わりませんでしたか」

「うん」

 簡素な返事を返して、セシルは倒れて座り込んでいる男を覗き込む。


「あ、やっぱり」

 セシルの目に好奇心という欲望が爛々と輝く。

 カナンはそれで理解した。あの男には魔力的な何かがある。セシルの興味はお菓子か魔力の関わるものだ。人間にとんと興味はないが、魔力持ちの人間なら少しは興味を持つ。


「笑いに来たのか。女一人守ることができない無力な俺を」

 殴られたせいなのか口元から血が出ている男はセシルを睨む。

「ううん。確かめに来たんだよ」


「何を?」

「あなた、呪われてるね!」

 実に楽しそうにセシルは言った。


 男は身構えて、先ほどまでの無気力な目とは比べ物にならないほど強い力の籠った瞳をセシルに向ける。

「とっても強い力の呪いだね!これは扱いがとっても難しいやつだよね?こんなところに野放しにしていていいのかな?あれ、でも何種類かの呪縛の魔法も入っているのかな。面白いねえ」


 実験動物を見る目でセシルは男の全身をくまなくチェックする。

 後からやって来たカナンは正直頭を抱えたくなる。

 取り扱い厳重注意の呪われた男と、同じく取り扱い厳重注意の砦の魔女の組み合わせは、もはや滅びの予感しかない。


 耳に美しい海が提供してくれる寄せては返すさざ波の音が聞こえてくる。

 現実逃避しちゃおう、と決めたカナンの前で、セシルはモゴモゴと口の中で何かを言って、そしてそれが魔法の詠唱だと知っているカナンの焦った表情も気に留めないセシルは完璧な魔法を発動させるのだった。

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