6・ギルドとドラゴン、どちらが強いのか?(3)
セシルはご機嫌でマドレーヌを頬張っている。時折、肩に留まっているドラゴンにお裾分けをして、満足そうに微笑んでいる姿は可愛らしい少女というしかない。
魔法使い特有のローブを除けば、カナンと二人兄弟でお使いに行く図の出来上がりである。
「セシル様、あんまり食べると夕飯が食べられなくなりますよ」
ギルドのある街まで馬車で数時間。今夜はそこに宿を取り、足りない品を買い足す。そしてギルドにも挨拶をしなくてはならない。
魔法省ギルドには既に知られているが、砦の魔女が王の命令で活動している報告を、そして傭兵ギルドには既知の護衛を一人頼んである。
「夕飯は何にするの?ポポロンのお肉の煮込みスープも好きだし、メチンのサラダ風パスタも美味しいねえ」
ウキウキ。
見知った相手だけしかいなければ、基本、食べ物のことを考えさせてご機嫌にしてしまうのがセシルの取り扱いの極意である。
「セシル様、聞いてしまったら楽しみがなくなるのではないですか」
「それもそうだね!美味しいものはいっぱいあるから、私じゃ選べないもの」
若干カナンの意図する会話と違う気もするが、セシルが上機嫌なので全て問題なしである。
「この後の予定を少しお話ししても良いですか」
カナンが真面目な表情になったので、セシルも居住まいを正して聞く姿勢になる。もちろん、マドレーヌは手放さないが。
「この後、馬車はクリスタルビーチを通り抜け、サザントーチに到着します。ここではギルドへの挨拶を済ませて、それから宿へ向かいます。面倒なことは最初に済ませた方がいいでしょう?」
「ギルド」
カナンの言葉にセシルは顔面蒼白になっている。
「ギルドには行かなくちゃいけないの?」
「そうですね。砦の魔女が王陛下より調査を依頼されたことは魔法省ギルドに知れ渡っているでしょう。いくら高位魔女とは言え、ギルドへ挨拶なしでは笑って済まされません。他の有名な魔法使いも渋々やっていることですから。ギルドを甘くみない方が良いと旦那様も仰っています。セシル様?」
カナンの話は分かっているが、体が拒絶反応を示すのだから仕方ない、とセシルは懸命に挨拶に行かなくて済む方法を探す。
使者に行かせるか。前回は使者が行って挨拶を済ませてくれた。
あ、今は休ませているんだった。
カナンだけ挨拶に行ってもらって、ああ、これもダメ。魔力がないと魔法省ギルドの門は開かないのだ。
困った。
セシルはふと肩でスヤスヤ寝息を立て始めたドラゴンを見た。
「ねえ、カナン」
「はい、セシル様」
「ギルドとドラゴン、どちらが強いのかな」
「はい?」
セシルの考えそうなことに思い至って、カナンはあわあわと首を振った。
「ダメです、絶対にダメです」
「誰の仕業か分からなかったらいいんじゃないかな」
この時のセシルの表情は非常に父親とよく似ており、俗に悪企みをする「悪い顔」と言われる類のものであることは明白だった。
こんなところで親子の遺伝子を見せつけられても困る、とカナンが悲壮な表情をしている。
普段ちっとも似ていないくせに、と顔に書いてあるカナンの言いたいことが分かって、セシルはしょんぼりした。
大好きなカナンに迷惑をかけるつもりはないのだ。
それでも、ギルドが潰れてしまえば話は簡単じゃないかと思うのだが。
セシルはドラゴンを見て吐息をつき、「冗談だよ」と微笑んで見せた。大好きなカナンの為に、自分ができそうな計画を諦めることにしたのだ。
「分かった。挨拶には行く。何にも喋らないから、カナンが話してね。それから、サザントーチの大きい海老料理を」
「はいはい、分かっています。セシル様は立っていてくれれば大丈夫です。それと大きい海老ってのはレッドロブスターですね?ちゃんと食べさせてあげますから、心配しないで下さい」
「うん」
セシルは今から緊張してきて硬い表情だ。
そんな彼女の顔をカナンが覗き込む。
「セシル様、クリスタルビーチに寄り道してもよろしいですか」
「うん、別に良いけど」
「王国一美しいと言われているビーチに寄らないで砦に帰ることは許されませんよ?」
「そうなの?」
カナンの言葉にセシルが興味を示す。
「なあに、ギルドのお役人など待たせておけば宜しいのです」
強気なカナンにセシルは笑顔で頷いたのだった。