3・砦の外へ出かけます、たぶん
少女は宙を睨んで思案している。
砂を混ぜたようなくすんだ金髪は柔らかくカールし、肩につくかつかないかの長さで切り揃えられている。太陽を拒絶してきたのかと思わせる透き通る白い肌を全身を覆い隠すローブで包み、曇り空に一筋の青空が垣間見えるような不思議な色合いの瞳を一点に睨み、小さな唇を尖らせている。
謎に包まれている砦の魔女の正体がこの少女だった。
砦の魔女の身長は同じ年頃の少女よりも低い。成長期だというのに一向に変化しない己の体を魔法で変えてやろうか、とも考えていたが、祖母にそういった自分への魔法は禁止されている。
砦へ無理やり連れてこられて、セシルは大変不機嫌だったものの、王様との水鏡での謁見を終えてからは少々妙だ。時々微笑んでは急に宙を睨んで思案を始める。
「お嬢、どうした?妙な顔ばかりして」
ガシッと頭を鷲掴みにされて、セシルは目を上げて相手を睨む。
父の側近だという大男サムだ。
「王様はリュシカのパイをお駄賃に下さると言ったけど、リュシカのパイって」
にたあ、と微笑んでからセシルはハッとして表情を固くする。
「とっても貴重なものだし、数も獲れないし、本当に用意してくれるのかなって思って。でも、一度食べたことあるけど、とっても美味しいんだよ。ほっぺが落っこちて戻らないくらい幸せの味がするの。それを思うと不知火の魔法使いを探しに行くことは容易いなって思ったんだけど、でもね」
「怖いのか」
お出かけ嫌いの原因は外の世界が怖いからだ。
「どうしよう、私、ちゃんとできるのかな」
「平気だよ、お嬢なら。なんつったって世界最強の砦の魔女様だぜ?王様の直々のご指名がかかるんだ。そんじょそこらの魔女を凌駕してるってことだろ?自信持てよ」
「そんなこと言ったって。宿に泊まる時は?お店でご飯買う時は?知らない人と話すの絶対に無理だよ」
弱気なセシルの背中をバンバン叩いてサムは彼女を励ます。
ゲホゲホ言いながら大男を見上げたセシルは閃いた。
「そっか。私が出かけなくても、サムとか他の人を魔法で遠隔操作すればいいんだ」
不穏な眼差しにサムの頬が引き攣る。
「待て、お嬢。それは禁断の魔術なんじゃねえのか」
「リュシカのパイ、簡単に手に入りそうだよ」
ジュルジュルとヨダレが垂れてきているセシルから一歩下がって、サムは警戒心満載でどこからの攻撃でも対応できるように身構える。
「セシル」
その時、大声で彼女を呼ぶ声が廊下に響いた。途端にセシルがビクッと体を震わせる。
「お父様?」
「そこか」
大声の主が近付いてくる。
「セシル、お前、行くのを迷っているんだろう?安心しろ。付き人を用意してやる。それから星の雫のカヌレや竜宮城のマドレーヌなんかもたくさん持たせてやろうと思っているぞ。そう言えば、不知火の魔法使いはアンナガーレナの居場所を知っているとか」
「アンナガーレナの?」
セシルの目が輝く。
「お父様、早く出発の準備をしてください」
「出発の準備はお前がするんだろう、セシル。ほら、部屋で荷物をまとめてきなさい」
セシルを追い立てて、父親は小さな背中を見送った。
「さすがは旦那様。俺にはお嬢を上手いこと言いくるめる事はできません」
サムは警戒を解いて嘆息した。
「あれの力が強すぎるのがいけないのだ。こんな事なら封印してしまえば良かったな」
「しかし、それは……」
「今となっては無理な話だな。しかし、セシルの好物がたった一度食べただけのリュシカのパイだと言う情報が漏れている。国王のスパイが入り込んでいるのかも知れないぞ」
「もしくは、うちを覗くことが出来る力の強い魔術師が他にもいるかもしれないって事ですね」
神妙な顔でサムが答えると、セシルの父セレンティアは眉を上げる。
「あれよりも強いのならそっちに国防を任せれば良い。うちの娘は娘らしくここでのびのび暮らせば良いのだ。まったく、最強のはずの砦の魔女が食べ物に弱いことが知れ渡ってみろ。その辺の犬っころのように餌付けされてしまうぞ」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。その辺の料理ではお嬢はなびきませんから」
なぜか自信を持ってサムが受け合う。
「だといいがな」
セレンティアは大きなため息をついて娘の将来を憂うのだった。