第8話 この世界で生きる
「やだ~まなっちプルンプルンですべすべ~」
「ひぃ! アリスちゃんのすけべぇ!」
どこを触ってるんですかねぇ。
荷物を持って我が家へと到着したアリスは真奈美のスライムボディを思う存分堪能していた。
といってもこれはただ遊んでいるだけではない。
アリスは解析というパッシブスキルを持っており、それを真奈美で試しているところである。
敵の体力を見ることができたスキルなのだが、直接触れたものであればまた別の情報がでるのだ。
ちなみに私や兄の手を握っても何もわからなかったが、おばさんは水分不足という情報が見えたらしい。
そのため現在おばさんはソファに座りつつ、水を張った洗面器に足を突っ込んでいる。
植物のように水が吸収できるらしい。
アリスのステータスはこうだ。
======================
称号:セクシー天使アリスちゃん
名前:國兼 アリス(くにかね ありす)
種族:天使
職業:人気読者モデル/高校2年生
レベル:2
スキル:応急手当・魅了・キューピットアロー
======================
ちなみにステータスを書きだした紙を差し出されたとき、兄が頬を赤らめていたのでこっそり太ももをつねってやった。
肌が紫色でも頬は赤くなるんだな。
血もちゃんと赤かったもんな。
兄は小声で助かった、って言ってたので是非もっと感謝して欲しいと思う。
駅前であったときにはそれどころではなかったのだが、アリスの今日の服装が問題だ。
首元から胸にかけてがっつり開いているニットで、たゆんとした谷間がくっきりである。
しかも「これ見て~」と言いながら机を挟んで兄の正面から前かがみで紙を差し出していた。
でもあれ、アリスわざとじゃないんだよなぁ。
さすがに兄がちょっと可哀そうな気もしたが致し方なし。
それとアリスのレベルが2あるのはおそらく駅前で多くの人数に応援をしていた影響だと思われる。
戦闘に参加したとみなされて経験値がたまったのだろう。
そもそも経験値ってなんぞやというところもあるし、私も兄もあれだけ倒しててもレベルは上がらなかった。
私なんて称号に救済行動は経験値ブーストとあるんだが、モンスターを倒して一般人を助ける行為は救済ではないのか。
それとも経験値ブーストがかかっていてもレベルが上がらないだけなのだろうか。
そうだとしたらレベル1つ上がる恩恵が私の場合は大きいのだと思いたいものだ。
「それで、アリスどう?」
「んっふっふ~。もうちょっと~」
「んなー! ゼッタイたのしんでるだけでしょうー!」
アリスの手の中でプルンプルンと真奈美は揺れ続ける。
といっても机の上に置かれたスライムの体をぷにぷにと撫でまわしてるだけなのだが。
どうやら真奈美の体は人間だったときと重量が変わらないようで。
サイズ感はまるいのでそうでもないが、女子が持ち上げるには少々重たいのである。
ちなみに私も女のときと男のときで重量が変わらなくて知りたくなかった事実である。
「しっかし、世界大侵攻に亜人変化なぁ。そもそも侵攻つってるけど、これ異世界からの戦争行為なのかね」
テレビを見ながら独り言のように兄が呟く。
外出している間に世間では色々な呼び方や情報が続々と追加されているのだ。
アリスの解析のかたわら、私たちは新たな情報を仕入れている最中である。
「…………」
突如始まった地球規模での変化は人類に混乱をもたらしている。
人が変わり、土地が変わり、世界を構築する常識が覆る。
著名人から一般の人に至るまで、さまざまな憶測が飛び交った。
ウイルス疑惑からはじまり、どこぞの国の研究が暴走した、地球の防衛機構で淘汰が始まった、さらには宇宙人からの洗礼などである。
そのような状況でありながら大国と呼ばれる国すべてが「異世界からの侵攻である」と明言したのだ。
このような未曽有の事態でありながら名言するのだから、何かしら根拠があるのだと思うが。
「多分それが一番表現的に近いんだと思うよ」
「……けーちゃん?」
「えっ……と?」
全員の視線が私へと集まる。
一度大きく息を吸い、吐き出す。
なるべく感情的にならないように、静かに、だがしっかりと声が出るように。
「これはね。異世界とこの世界との生存競争なんだよ」
少し前から感じていたこと。
いや、そんな抽象的なことではない。
ハッキリとした事実であろうことを知っている。
「滅びかけた異世界の創造主が己の世界を助けるため、この星を土台に選んだ。それによって世界が混じったんだ」
「世界が……混じる」
「そう。ただ地球に生きる人が変化しただけじゃない。表立った情報は出てないみたいだけど、異世界人自体もこの星に降り立っている」
「……ケイ……どうして」
どうしてわかるのかって?
「人知超越ってスキルのせいだと思うけど、目覚めてからさ、独り言みたいな声が頭の中に聞こえてくるんだ」
モンスターがダンジョンから溢れ出たとき。
もっと言えば意識を失った後、目が覚めたときから。
「無事に自分の世界をこの星に乗せることができたという喜び、言語も通じない自分の子らが生きにくいという嘆き、不可抗力でこの世界の住人に力を与えてしまったという憤り……色々ね」
最初は何の話なのかわからなかった。
理解したくもなかった。
「これは魔法の世界と、化学の世界。どちらを主軸にした生命が生き残るのか。どちらの領域が増えるのか。世界をかけた生存競争なんだよ」
ずっと気のせいだと思いたかった。
こんな状況で頭の中に響く声とか、私の妄想であれば。
あるいは私を騙すための虚言であれば良かったのに。
そう思ってずっと無視を決め込んでいたのだけど。
公的な機関が侵略戦争だ、っていうからには、私が得られている情報は間違っていないのだろう。
「ま、私たちにできることは1つだけ。異世界のあれこれに負けず、しっかり生きるってことだけだと思うよ!」
「お、おぅ……そりゃ、そうだよな」
「いつも通りでオッケーってことじゃん?」
「いやアリスちゃん、今の状況でいつも通りってのはさすがに無理だろ」
重苦しい空気を振り切りたくてへらりと笑いながら明るめの声で言葉を続ければ、兄もアリスものってくれる。
ただ、机上にのっている真奈美は少し体を縦に伸ばしながら真剣な声色で話かけてくる。
「ねぇ、ケイ。ケイはだいじょうぶ?」
「大丈夫って?」
「だって、アタマのナカ、コエがきこえるんでしょ? ジンチチョウエツってものでイセカイのナニかとつながってるんだよね? こわくない? わたしはそんなのこわい。カラダもこんなで」
「真奈美……」
「ケイだけじゃないよ。わたしは……わたしたちはどっちなの?」
皆が言葉に詰まる。
私たちはこの世界の住人なのか、異世界に取り込まれた異物なのか。
「私たちは地球人であり、日本人だ。異世界人じゃないんだから、当たり前じゃん?」
「そくとー!」
「言い切ったな」
「……そう、だよね」
「私たちはこの国の戸籍があって、家族がいて、友達がいる。色々なものが変わっていくかもしれないけど、私たちが育った街はここだよ」
「うん……うん……」
真奈美は体があまりに変わってしまい、人一倍不安だったのだろう。
「少し話戻るけどよ。圭の話だと、異世界人がどこかに居る……ってことになるのか?」
「そうだね。居るはず。異世界の人種とかがどうなってるのかまではわからないけど」
「じゃあその異世界人とせんそーになるのか~」
「え? そうなのケイ?」
異世界人と戦争……それはどうだろうか。
「そもそも言葉が通じないみたいだし、どうなるんだろうね。友好関係を築きにくいのは間違いないだろうけど」
「人種どうなってんのかもわかんねぇよな。亜人変化した俺らみたいな種族がいたりすんのかな」
「スライムなかまがいるかもってこと? なかよくできるかな」
「え~天使仲間もいるってことじゃん。一緒に空の散歩とかできたら楽しそうー」
「――ふふっ」
つい先ほどまで不安がっていたと思ったのに。
居るかもわからない相手を想像して仲良くできるかなど心配している様子がおかしくて、つい笑ってしまう。
「聞いてる限り、混ざり合った世界が元に戻ることはなさそうだからね。科学の発達した便利な暮らしを捨てるなんてサラサラごめんだけど、活用できるものは活用すればいいよ」
「魔法とかスキルってのも何がどこまでできるのかまだ何もわからねぇしなぁ」
下手したら魔法主軸の生活のほうが便利だったり?
いや、そうは思えない。
そもそも非武装で外を出歩くことができない世の中なんて、日本人からしたら生活レベルが悪化しすぎてるだろう。
「ねぇねぇけーちゃん。今の話パパとママにメールしといてもいーい?」
「ん。役に立つかわからないけどそれでも良ければ。アリスのご両親も向こうで無事に過ごせるといいけど」
「あはは、どーだろーねぇ? そもそも今向こうは深夜みたいだし。起きたら世界変わっててびっくりしちゃうよね~。あ、起きて体変わってるようなら自撮り送ってって言お」
不安がないわけではないだろうが、アリスはいつもと変わらない。
色々と考えてしまうことばかりだが、アリスのこの雰囲気には助けられるな。
私たちが今できることを考えるとしようではないか。