第6話 モンスター初遭遇
「兄貴、そっちに行った!」
「任せろ! そらっ!!」
兄によって大きく振りかぶられたメイスは振りぬかれ風を切る。
風を切る音に続き、肉を殴る鈍い音と、太い骨が折れる音が同時に響く。
「これで最後か?」
「見た感じ他にはいなさそうだけど……あのでかい木の気配のせいで小物の気配がわからない」
「はぁー……そもそも気配とか俺まったくわからねぇけどな。まじでモンスターが居るとか、勘弁してほしいよなぁ」
そう、今まさに私たちはモンスターと戦闘をしていたのだ。
兄と2人で駅に向かう道中、すでに3回目のエンカウントである。
「でもさ、モンスターは死体が残らなくて安心する。道端に死体まみれとかにならなくて良かったじゃん」
「あぁ、死体じゃなくて石が残るんだよな。魔石つったか。圭の心臓もこれだって言われてもなぁ……」
モンスターは倒すと魔石というものを残して消滅するようなのだ。
兄は今しがた倒したモンスターの魔石を拾い上げ、日に照らす。
片手に握りこめる程度の大きさの石は光にあたると虹色に鈍く輝く。
「私のは巨大なって書かれてたし、多分人間の心臓サイズなんだと思うけどね」
すっかり平になった胸に手を当てる。
確かにここに、かつての肉の心臓とは違うものが存在しているということが感覚でわかる。
「もう少しで駅に着くけどよ、またモンスター出ると思うか?」
「出る。というか、明らかに3回とも駅のほうから走ってきたじゃん」
そう、敵とのエンカウントはすべて駅の方角から走ってきたやつらであった。
1回目はぴょんぴょんと跳ねる角付きウサギ。
2回目と3回目は中型犬ほどの大きさをした口裂けネコであった。
「鑑定でモンスターは種族に魔物って出てくれるから安心して戦えるけど、駅のほうですぐに乱戦とかになった場合、いちいち鑑定とかしてらんないよね。どうしようか」
「とりあえず多少の怪我は簡単に治るしよ、圭が攻撃したやつだけ俺も狙う、ってことでどうよ」
「ん、わかった。兄貴が鑑定使えないの不便だな。何度も試してくうちに鍛えられたりしないかな」
「どうなんだろうなぁ」
兄が他者のステータスを見るときに、わかるのが称号だけらしい。
どうやら真奈美を最初に見た時もその状態だったとか。
本人の同意を得た後に鑑定をしたら名前と種族もわかるようになったそうだ。
せめて相手の同意なしに名前が見えればモンスターか人かの判断ができそうなので、ぜひスキルは鍛えられる方向性であってほしいところだ。
ちなみに私は鑑定スキルのおかげで相手の同意なしにスキルまで見える。
鑑定にも詳細見たときに(大)と表記されていたので、同じ鑑定スキルでも人によって効果範囲などが変わりそうである。
「もう少しで駅に……」
『みんなーがんばー!』
『おー!!』
「な、なんだぁ?」
「今の声……」
めちゃくちゃ聞き覚えがある。
ため息をつきたくなるのを堪え、駅前広場に繋がる細い道を小走りに向かう。
「フレー! フレー!」
「天使ちゃんの応援だー! やるぞー!」
「うおおお力がみなぎるー!」
そこに広がる光景はなんとも言い難いものだった。
駅方面から空にのぞいていた木は、どうやら駅前広場にあったもののようだ。
駅前広場の半分ほどが木の幹や根で占領されている。
そして私たちが迎えにきたはずのアリスは、なぜか改札前に置かれている椅子の上に立って声援を飛ばしている。
応援対象は木の根に空いた穴から湧き出てくるモンスターと戦っている人々……戦っている……のだろう。
人を取り押さえるのに使うさすまたを手に、えいえいとモンスターを押しやっている人。
楽器ケースで殴っている人、消火器で応戦している人などである。
一番まともに戦えてそうなのは警棒を持った警備員さんである。
しかしどれも致命傷を与えるには至っておらず、中には完全に駅前の人々をスルーして街に出ていくモンスターたちまでいる。
「おいおい、これ無限沸きじゃねぇだろうな?」
「だとしたら最悪だけど……とりあえずアリスを連れ帰るにしてもこれなんとかしなきゃダメか」
一番なのはモンスターが出てくる穴を塞ぐことなのだろうが、この木に直接手を出すのはまずいと本能が叫ぶんだよな……。
「ひとまず今モンスターと戦ってる人たちを助けよ。見えてるやつら全部エネミーなのは確認済み。木から湧いてくるのもそうだろ」
「だな。じゃあ手分けしてパパっと片すか」
抜き身のまま持ち運んでいた刀を握り直し、全身に魔力を巡らせ身体強化のスキルを発動させる。
私は刀を扱う技量などまったくないド素人だ。
それでも強化された脚力で速度を乗せ、腕力にまかせて首に刃を当てればあっけなくその首を落とすことが可能だった。
すでに何度かモンスターと戦い、倒して来てる私と兄は戸惑ったりなどしない。
動物の姿をしているからと手を抜けばこちらが痛い目を見るのはすでに経験済みなのである。
「す、すご……」
「えぇ、つよ」
「ネットでデミヒューマンとかって言われてたやつか」
デミヒューマン? 亜人ってやつだよね確か。
広場にいるモンスターを走り回りながら処理しつつ考える。
肌や瞳の色ががっつり変わってしまった兄は確かにそうだろう。
私自身も見た目だけは人間のままだけど、髪は白いし瞳は紫だ。
さらには女から男に性別が変わっているし、種族は魔人なので亜人といってもおかしくない。
しかしそうなると真奈美やおばさんはどうなのだろう。
亜人というには人の姿が残っていなさすぎる気がしなくもない。
そうこう考えているうちにモンスターすべて倒しきったようで、増援もない様子。
周りで見ていた人たちから歓声が上がった。
「無事終わったな。圭、怪我は?」
「してない。他の人たちに注意が向いてたから倒すの楽だったしね」
ただ目の前に居る人にしか注意を払わないモンスターを、横や後ろから切り捨てるだけの簡単な作業だ。
怪我のしようもなかった。
互いの無事を確認しあっていると改札のほうに居たアリスがこちらへと近づいてきた。
「ふたりともすご~! ひゃーすっごいイケメンー!」
「かっる……」
「あっはっは。俺ってば見た目変わっても相変わらずイケメンだろーアリスちゃん!」
「ええ?! アリスこんなイケメンのお兄さんたち知らないよ?」
褒められて速攻で調子に乗っている兄を軽くはたいて、スマホを取り出す。
そして私のスマホからアリスに電話をかけ、画面を見せながら説明を行う。
「ほら、電話の相手見て。私たち、如月兄妹だよ。2人とも見た目変わってわからないかもだけど」
「え? えええ? けーちゃんとしゅーちゃん?! あ、言われればしゅーちゃんは面影あるかも!?」
「そうだろう。俺は元からイケメンで――ぐふっ」
軽くはたく程度では懲らしめられなかったようなので今度は腹パンを入れておく。
「兄貴、そういうのいいから。それでアリスさ、なんで家から出るんだよ危ないだろ」
「え~けーちゃんってば、めちゃくちゃイケメンになっちゃって。そんな顔で彼ピみたいなこと言われたらキュン死しちゃいそ~!」
「ったく……本当に木が目当てで家出たの?」
「半分はそう。でも、もう半分はね、ほら。みんなの役に立てそうかな~って思ったから」
まったくもって反省してない態度だが、アリスにはどうにも強く叱れない雰囲気があるのだ。
アリスはその場でくるりと回る。
主張したいのはその背にある羽だろう。
先ほど誰かに言われてた通りに、アリスの背からは天使のような白い羽が生えているのだ。
「エンジェルっていったら回復系っしょ?」
「回復魔法みたいなの使える?」
「わっかんない。でもアリスが応援すると力が湧くんだって~。アリスただの読モなのにチアリーダーみたいでウケる」
「そう……」
なにがウケるポイントなのかはわからないがとりあえず肯定しておく。
アリスの感性は独特なのは昔からだ。
しかし回復が使えるとしても私や兄では試しようがない。
道中の戦闘で勝手がまだわからず怪我を負ってはいたのだが、傷自体はすでに治ってしまっているのだ。