第5話 お隣さんいらっしゃい
「翠さんも真奈美ちゃんも、大変だったわねぇ……」
「ああ、まったくだ。しかしこんなにも姿が変わってしまう場合もあるんだな……」
小坂さん親子を我が家へと連れ帰り、両親に隣家の状況を共有。
逆に小坂さん親子には現状わかっている情勢を伝え終えたところである。
両親はすっかり姿が変わった2人を見て、ひとまずウチに居るといいと提案をした。
「シュンにい、ごめんね」
そしてなんと、ちょっとカタコトっぽいけど真奈美がなんとか話ができるようになった。
色々な情報を話している中で、魔力の話をしたことがきっかけだ。
魔力を利用して声を発する、ということができるらしい。
ただおばさんのほうは魔力というものが掴めないのか、未だ会話ができない状態である。
「気にすんなよ。殺しあうみたいなことが起きなくてほっとしたな」
「そうそう。兄貴の傷、もうすっかり治ってるしね」
真奈美が会話可能になったところで話を聞いてみれば2人は目覚めた後、自分たちの体の変化に驚き、まずはお互いに会話ができないことに気づいた。
真奈美はスマホを操作すらできず、ひとまずおばさんが自分の端末で文字を打ちつつ意思疎通を図ることに。
まずはおばさんのスマホで情報を仕入れようとしたそうだ。
だがまず最初に目に飛び込んできたのは、人でない姿をした生き物が殺されてる動画だったらしい。
それが元人間なのか、そうじゃないのかはわからないが、自分たちも殺されてしまうかもしれないと恐怖するのは当たり前のことだろう。
2人は、家から出ない、誰かが来ても隠れる、と決めたところに私たちが来たと。
しかし真奈美は私達の会話を聞き、兄が自分の部屋に入るかもしれないと思って焦って飛び出したのだという。
「真奈美ちゃんは昔っから俺のことは部屋に入れてくれないよなぁ」
「真奈美の部屋は男子禁制なんだから諦めなよ」
「こんどから、ケイもダメだよ」
「なん……だと……」
確かに私は現状イケてる男子の見た目をしているが、すでに何度も部屋に入ったことがあるというのに。
「しかしこれが平時なら私はこの見た目をフル活用してナンパとかしてみたかったな……」
「え? 男をか??」
「なんで!? 女の子をだよ! 単純に女の子にきゃあきゃあ言われてみたいとか思うじゃん」
「いやー……わかんねぇ。俺が絶世の美女になったとしたら……元男に騙される野郎どもを眺めるのは楽しそうだな」
兄のその楽しみ方、めちゃくちゃ性格悪いな。
「イマのケイがオトコのコをナンパ……ぐふふ」
「……真奈美、聞こえてんよ」
「はっ!?」
真奈美の見た目は黒髪清楚系女子といった感じだったのだが、中身は腐のつく女子であった。
堂々と本棚にそういう本置いてあったりするから真奈美の部屋は男子禁制なのである。
その趣味に関してはおばさんは知ってるらしいが、おじさんは知らないらしい。
真奈美が小学生のころからそういう趣味に目覚めていたことを知っている身としては、どこ経由でその趣味に目覚めたのかもなんとなく察している。
世の中知らないほうが幸せなこともあるだろう。
「えっと、そう、このアト! ケイとシュンにい、このアトはどうするの!?」
大変急な話題転換だが、確かにこの後のことも考えなくてはならない。
梅雨前の今の季節、日没は18時半から19時ごろ。
時計を見れば15時半すぎなのでまだまだ活動できる時間はある。
「できれば真奈美んとこのおじさんとか、うちらの知り合いの安全は確認したり、確保したりはしたいよね」
「おかあさん、おとうさんからメールのヘンジはあった?」
おばさんはスマホを確認し、小さく指でバツをつくる。
相手がどのような状態であるかわからないため、電話はなしにすると決めている。
そのためおじさんに対する対応は現状はできることなしである。
ふと自分のスマホを見るとチャットアプリでメッセージが届いていることが確認できた。
「……はぁ? アリスが今、駅前に居るって……写真ついてる。わざわざ家から向かったって、何やってんだあいつ」
「アリスちゃん相変わらずアクティブすぎないか?」
「あれは猪突猛進なだけだわ。――家の窓からでっかい木が見えたからだって。アホだわ」
「アリスちゃんって……あのギャルっぽいカンジのヒトだよね?」
「そうだね。真奈美はアリスとは何回か顔合わせたことあったね」
アリスとは國兼アリスという同じ中学に通った同級生だ。
読者モデルをしている陽キャである。
髪は金からピンクのグラデーションカラーだし、服装も肩やら胸から何かと露出多めなファッションを好む。
彼女の興味は可愛い服に化粧やネイルだ。
私とは何故か馬が合うのか、昔から仲良くしている。
「アリスの両親、今は揃って海外赴任中だったかな……迎えにいってウチに連れてくるけど、いいよね?」
両親に同意を求めれば2人そろって頷いてくれる。
「アリスちゃん、よく泊まりで遊びにきてくれてたもの。何も問題ないわよねぇお父さん」
「うむ。小坂さん親子もいるから少々手狭かもしれないがね。このような情勢なのだから助け合わないとだろう」
そうと決まればと思い、兄に声をかけようとする。
しかし兄に顔を向けてみれば、兄は自身のスマホを見て眉根を寄せている。
「兄貴?」
「んぁ? あぁ、ソウとタケに連絡つかねぇなって。あいつら土日は基本昼夜逆転生活だし、まだ寝てるんだろうけどさ」
「ソウくんとタケくんか……夜になってから現状知るっていうのはまずくない?」
「だよなぁ……」
昼夜逆転生活の原因は、ソウくんはゲーマーで夜更かし、タケくんは深夜のコンビニバイトだったか。
最悪なのは本人の見た目が一切変わっておらず、今の状況を知らずに外へと出ることだろうか。
「二手に分かれようか?」
「あいつらのことも気になるが、とりあえずはアリスちゃん優先で動こうぜ。バイクでも30分以上かかる距離だしよ」
2人は兄が小学校からの付き合いで、家から出て大学近くのアパートで1人暮らしをしている。
といっても2人揃って同じアパートに入居してるらしく、同居してしまえばいいのにといつも思う。
兄とは違う大学に通う2人だが、いまだに大型連休などはこちらに戻ってきて一緒に遊んだりしている。
今は事故などで交通網がまともに機能してないことを考えると、離れた位置にいる2人と合流などは難しいかもしれないな。
「それじゃあ兄貴、行こうか。真奈美は家で皆の護衛をよろしく」
「うん。みんなのコトはまかせて!」
現在ニュースなどで言われている未確認生命体。
いわゆるモンスターがどの程度人間を襲うのかはわかならない。
本当に家に居れば安全なのかどうかすら定かではない。
そもそもトラック並みにでかいモンスターとか出たらただの一軒家なんて簡単に壊されてしまうのではないだろうか。
そんな中で、ステータスすら出ない両親の元に戦える人が居てくれるというのは安心感がある。
真奈美いわく、焦熱液という攻撃スキルは体力があるかぎり使える攻撃手段とのこと。
兄の顔面で攻撃力の強さは立証済みだ。
あの威力の攻撃を連発できるのはかなり強そうに思う。
ちなみに両親やおばさんのためにも何か武器を作って置いていこうかと思ったのだが、そうはいかなかった。
両親もおばさんも、私が作った武器を持とうとすると弾かれるのだ。
兄が使えたのは称号か、あるいは種族の問題なのか。
「何かあれば私たちには電話で連絡して。周り警戒しつつメール確認とか中々できないだろうから。急ぐ場合は兄貴置いて私だけ飛んで帰ってくる」
文字通りとまではいかないだろうが、私には身体強化というスキルがある。
なんとなくだが、ただ走って帰る倍ぐらいの速度は出せそうな気がしている。
「俺も肉壁ぐらいにはなれるだろうしな」
思考が攻撃ではなく防衛よりなのが兄らしい。
いくら傷の治りが早いといっても怪我するのは痛いだろう。
だが兄はなんだかんだと女性には優しくしてしまうタイプの男だ。
しっかりとアリスのことは守ってくれそうである。
「それじゃあ、行ってきます」
本日2度目の外出。
これがただのショッピングや買い出しなら良かったのに。
毎日学校に通うために使っている最寄駅への道を、兄と2人で警戒しながら向かっていく。