第30話 我がダンジョンへようこそ
「ここが、ダンジョンなんですね……」
「地下空間が出来ていたことは知っていたのだが、ここまでとは。今まで見知ってきたダンジョンとはまったくの別物だな」
一通りの説明を受け、溝内さんはほえーと口をあけて周りを見渡している。
古太刀さんもあまり表情は変わらないが驚いている様子だ。
家前に到着後、そのまま車でダンジョンの地下駐車場へと入ってもらい、古太刀さんと溝内さんをリビングへと招き入れた。
会議室のような場所のほうがいいかは一応聞いたが、ここで構わないとのことで机の1つを陣取って会話をすることに。
自警団副団長ということで拠点待機していた兄と、ついでに頭の上にのってた真奈美を呼ぶ。
それと自警団の事務を統括してもらっているソウくんのお父さんと、私の母方の祖父にも同席してもらった。
話した内容はひとまず互いの顔合わせと、ここの空間は私たちが管理するダンジョンだということだ。
「ここから見えてるものだと、調理器具と食器以外は全部ダンジョンで作った内装とか設備かな。私たちにとってライフラインや家屋崩壊の心配がなく、かなり安心安全な拠点になってる」
私たちの口調に関しても古太刀さんから、敬語を使わずに対等に接してほしいと願われたので崩してる。
対等な関係とか、車の中で先程言われた運命共同体への布石な気が……。
「さて、圭くん。私としては今聞いた以上の話もしたいと思っているのだが、どうだろうか。世界大侵攻への対応権限は全面的に私が掌握しているので煩わしい思いはさせないよ」
今しがた考えてたことをいきなりぶっこまれたんだが。
これは言外に運命共同体どうですかって言われてるのか?!
てか対応権限を全面掌握ってすごいな。
諸々含めてだが、そんなにめちゃくちゃ良い笑顔で言わないで欲しい。
この人わりと顔の造形が整っててイケオジだから迫力もすごい。
イケオジの笑顔はプライスレス。
私は一度息を吐き、考えをまとめて口を開く。
「それだけど、条件次第としか。いきなり全部の情報と戦力を融通し合おうと言われても」
とくに戦力のほうが問題だ。
「私たちが一番重要視するのは身内の安全だ。これは自警団として表で戦う人も全員含めての話でね」
重要視する項目などはコミュニティの「今後の方針」ページにがっつり記載してることである。
自警団も身内の安全のために立ち上げた団体であると名言してるので誤解はないはずだ。
「なるほど。戦闘の強制を恐れていると」
「私たちはあくまで有志の集まりで、軍人じゃあないから」
これは自警団の活動でも気をつけてることの1つだ。
ここに所属してるからといって戦闘の強要はしない、己が危険に晒されたとき他人を置いて逃げることもいとわない、といったことだな。
「むろん私とて無理やり戦って欲しいとは言わないさ」
「だとしたらすべての戦力の融通なんて、大きな言い方をしなくても良いのでは?」
すごく純粋な疑問が残る。
古太刀さんがそのような言い方をするのは一体どのような意味があるのだろうか。
「君は魔王。そうだな?」
「え、いや、まあ。そうだけど」
いきなりの指摘にしどろもどろになってしまったが、間違ってないので肯定する。
「そして君とは別に、大々的に魔王を名乗る存在が居る」
「魔人の主、魔王ギアス」
「そう。ニュースで映像や話がたびたび流れている。今の所、あれ以来音沙汰はないが、今後やつがどう出てくるかは誰にもわかっていない」
魔王ギアスが居る古城は日本としては立地的にも無視できない存在だろう。
「ただ1つ言えることがある。やつにとって他の魔王の存在は、邪魔になる」
「それは……」
そうだろう。
なにせ人間に恐怖を与え、無条件に己へ仕えることを要求してきている奴なのだ。
同じ魔王という存在が判明したとき、人は自分たちを守ってくれるかもしれない優しい存在に流れようとする。
向こうからすれば自分のものになるはずの人間を、私が横から奪っているように見えるだろう。
「もし君が狙われたとき、私たちは全力で君と、君が守りたい人たちを守ろう」
私が狙われる可能性は、少なくはない。
いかんせん、日本と魔王の古城が立地的に近めだ。
手近なやつから始末しようとするのはよくある話になるだろう。
魔王のしもべを見た限り、己の身すら守りきれるか定かではない力を差を感じてしまっている。
対策チームの戦力がどうなってるのかは知らない。
だが数は力だとも言うし、居ないより居たほうがずっと良いのは間違いない。
「その代わりこの国が狙われたとき、未曾有の事態に直面したとき、君たちの力を借りたい。力、知恵、情報。君たちが提供可能だと思う範囲の最大戦力でだ」
「確かに、そういった内容ならただの契約関係じゃあ成り立たない」
「そうだ。愛国心や自己犠牲を謳うつもりはないが、国を守ることは引いては君たちのためにもなるはずだ」
契約に縛られた関係は上下関係ができそうだし、契約だから出来る出来ないとか、柔軟性に欠けるにも程がある。
私たちが狙われた場合、日本は世界大侵攻を乗り切るための有力な関係団体を損失。
日本が狙われた場合、私たちは生活基盤を損失。
運命共同体とはよく言ったものだ。
「もちろんこちらからは君たちの活動に必要な金銭契約や物資も最大限に融通する。ここの拠点やメンバーの警備に人手が必要なら私たちから人手も貸そう」
至れり尽くせりだな。
しかし国にそこまでの余裕があるとは思えないのだが……。
「私たちは国にとって、そこまで重要なポジションに?」
「とてもね。ここのダンジョン1つとっても、国として現在の最重要人物として保護したいぐらいに」
対策チームにとっては、自警団というより魔王コミュニティの存在がでかいのだろうか。
それとももしかしてこれ、私たちというより、私か?
「簡単に言えば、私の機嫌をとって囲い込みたい、ってことで?」
「ふふ、身も蓋もない話をするならばそうとも言うな。だが、君たち全員の力に期待しているのも事実だ。この一週間、国内で発足している有志団体はいくつもある。その中で、君たちは抜きん出て評価が高い。世間からも、国からも」
「それは、どうも?」
どうやら自警団としても自分たちが認識してる以上に重要な団体になってしまっていたようだ。
パフォーマンスめいたこととか、何もしてないんだけどな。
これは悪い話ではないのだろうけど、なぜか踏ん切りがつかない。
「圭。俺は悪い話じゃないと思うぞ。お前にとっても、俺たちにとっても」
ここにきて今まで黙って聞いていた兄が口を挟んでくる。
私の迷いを感じているのだろう。
「誰に力を貸し、誰を助けるか選ぶのはお前だ。そのお前に協力するかは俺たち自身に委ねられている。だろ? 救済の魔王さま」
「ふは、そうだね」
そういえば私の称号、救済の魔王だったな。
助力を求めるものに力を貸すのだって、きっと救済のうちの1つだ。
私はコミュニティや自警団を通して他人の人生にまで影響を及ぼすのが怖かったのかも。
でもそれは私の驕りなんだな。
行く道を選ぶのは私でも、それに付いてくるかどうかは個人の判断か。
私1人で色々と責任を負おうとしすぎているのかもしれないな。
「あの魔王が人間に恐怖を与え服従を要求するならば、私は希望を与え協力を要求すればいいんだな」
偶然か、必然か。
そういう図式になるなら乗ってやろうじゃないか。
「では古太刀さん。私たちは国に対し、できる限りの情報や戦力の提供を約束します。その代わりそちらも誠心誠意よろしくお願いします」
「ああ、君たちと協力関係が得られて良かった。こちらこそ、これからよろしく頼む。より良い未来のために、互いに協力し合おう」
古太刀さんが明らかにホッとした表情で手を差し出してきたので、手を握り返す。
ここで私たちとの関係がこじれた場合、魔王VS国VS魔王とかいう地獄の関係図が出来上がる可能性もあったのか。
少なくとも目の前にいる古太刀さんと溝内さんとは手を取り合えると私は思っている。
古太刀さんが言うように、互いに良好な関係を得られれば良いと思う。




